研究・健康レポート

「食品の褐変とその制御」

リンゴやゴボウなどの皮をむいた後そのままにすると茶色く変色しますが、この変化を「褐変(かっぺん)」といいます。こうした変色を防ぐために、食材を食塩水や酢水につけるといった調理法も広く知られています。この褐変の詳しいメカニズムや制御方法について、長年、褐変の研究に取り組まれてきた村田容常氏に伺いました。

村田 容常 Murata Masatsune

東京農業大学 応用生物科学部 教授

1979年東京大学農学部農芸化学科卒業。1979年サッポロビール株式会社総合研究所勤務。1988年お茶の水女子大学家政学部講師、1992年より同大学生活科学部助教授、2004年より同学部教授。2007年同大学大学院人間文化創成科学研究科教授。2021年より現職。

食品の褐変とは

 褐変とは、食品が調理・加工・貯蔵などにより茶色っぽくくすんで褐色になる状態を指し、英語ではBrowningといいます。褐変は、酵素が関与する酵素的褐変と関与しない非酵素的褐変(メイラード反応)の2種類に分けられます(表1)。

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 野菜や果物など生鮮食品を加工・貯蔵した際に茶色くなるのが、植物の細胞内の酵素が働くことによる酵素的褐変で、リンゴ、カットレタス、紅茶などで見られます。それに対して、加熱や醸造などによって起こるのが非酵素的な褐変(メイラード反応)で、コーヒー、パン、肉類・魚類、味噌、醤油、ビールなどで見られます。
 褐変による影響としては、消費者の嗜好性によって制御が求められることが挙げられます。例えばリンゴはジュースにすると茶色くなるため、購入意欲の面から褐変の制御が必要になります。褐変自体は健康に影響ないのですが、鮮度が落ちて何もしなければ腐敗し、場合によっては健康被害が起きる可能性を経験的に知っているので、避ける心理が生まれるのでしょう。一方で、例えば紅茶のように、当初から褐変している状態の食品は影響ありません。リンゴジュースも紅茶も、起こっている化学反応は同じなのですが、消費者の受け取り方によって制御の必要性が変わってくるのです。一方、非酵素的褐変は、食品を加熱したり醸造したりすることで起きる反応で、その際に糖とアミノ酸やタンパク質が反応し複雑な工程を経て茶色に変色します。この時香りの形成を伴うことが多く、食品の付加価値を高める効果をもたらします。例えばパンをトーストすると茶色く褐変し、同時に香ばしい香りがします。私たちは色と香りを同時に認識するため、トーストしたパンを美味しいものだと感じます。こうした香りと同時に起こる褐変を美味しいと認識するのは、生物学的な反応ではありません。人間が経験に伴って獲得した嗜好性であり、食文化だといえるでしょう。

酵素的褐変とその制御

 ここからは、酵素的褐変について詳しく説明します。酵素的褐変とは、基質のポリフェノール類が、ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)などの酸化酵素によって酸化され、ポリフェノールがさらに重合して茶色くなる反応です。植物性食品はほぼポリフェノールを含み、通常はPPOも存在します。普段はポリフェノールと酵素は別々に存在しているため反応しないのですが、細胞が壊れると基質ポリフェノール類と酵素が接触し、さらに酸素の存在により反応が起き、茶色くなっていきます。これは植物が傷ついた時に起こる一種の防御反応のようなもので、人間が収穫したり皮をむいたりすると反応が起こるわけです。褐変の程度はポリフェノールの量や種類、酵素の強さ、さらに酸素との接触しやすさに影響されます。
 私は30年以上前から、酵素的褐変をテーマに研究を行ってきました。大学での研究をスタートしたときに、学生が興味をもって取り組めるように、目に見えるわかりやすいテーマを選ぼうと考えたためです。研究を始めてすぐに、リンゴの酵素がタンパク質として単離されていないことに気づき、リンゴ40kgを使って酵素タンパク質の単離に成功しました。これがきっかけとなり、酵素的褐変の研究を続けています。
 酵素的褐変の研究を進める中で、リンゴジュースはすぐに茶色くなるのに、カットレタスはカット後もなかなか茶色くならないことに気づきました。レタスジュースをつくってみましたが、やはり茶色くなりません。そこでレタスジュースに、リンゴと同量のポリフェノールを加えたところ、すぐに褐変しました。このことから、レタスには基質ポリフェノールがわずかしか存在せず、貯蔵中に新たにポリフェノールが合成されて褐変することがわかりました。レタスは、収穫やカットなどの障害が起こると防御反応を示しますが、その応答の一つとしてポリフェノールをつくることがあります。カットして貯蔵する間にポリフェノールがじわじわでき、反応していくわけです。
 酵素的褐変は、基質ポリフェノール、酵素、酸素の三者が反応する酸化反応なので、その反応を阻害することで褐変を制御できます。具体的には、加熱して酵素を失活させる、pHを下げて酵素反応を抑える、酸素を除く、ポリフェノールを除く、阻害剤を添加するなどの方法が知られています。pHを下げて酵素反応を抑える方法は、家庭では酢水やレモン水が使われています。阻害剤についてまとめたのが表2です。

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 こうした阻害剤は、家庭においてもアスコルビン酸(ビタミンC)による酸化反応阻害はレモン水、NaCl(塩化ナトリウム)による酵素阻害は食塩水といったように活用されています。また水につけるだけでも酸素が遮断されるため、一定の効果があります。工業的には、リンゴジュースを加熱殺菌すると同時にアスコルビン酸を添加する等により、褐変を制御しています。さらに海外では、PPO活性と褐変能を減少させたリンゴやジャガイモなどの遺伝子組み換え作物もつくられています。
 カットレタスなど遅延型の褐変を防ぐポイントは、ポリフェノール生合成系の制御にあります。私の研究室では、ポリフェノールの生合成を阻害する試薬でレタスを処理すると褐変を制御できること、さらに試薬を実用的なものに代える方法などを研究していました。簡単にできる実用的な制御法として、50~60度のお湯にレタスを30~60秒ほど浸けるヒートショックがあります。加熱は植物にとって大きな障害のため、ポリフェノールをつくる障害応答は止めて、主にヒートショックに対応します。これによってポリフェノールがつくられず褐変が制御されます。ただし、熱でダメージを受けているため、4、5日経つとひどく傷んでしまいます。家庭ではあまりお薦めできません。

バランスのとれた多様な食を大切に

 近年は、低pHまたは胃酸条件下での、クロロゲン酸の大腸菌とサルモネラ属菌に及ぼす殺菌効果について研究を進めています。クロロゲン酸の抗酸化作用はよく知られていますが、抗菌作用についてはわかっていることが少ないため、取り組んでいます。また、今後は学生の育成に注力したいと考えています。食品学の研究では幅広い視野に立つことが必要ですが、一方で研究は1点にフォーカスしないと成果は出ません。学生には、一つの成分について調べる場合も、人間は動的な状態の中で多様な成分を食べており、その中での健康な食生活のあり方を考える必要性を伝えています。
 栄養士・保健師といった健康づくりの専門職の方には、食品はまず安全性が大前提であり、安全性が保たれている前提でバランスのとれた食生活が大事だということをお伝えしたいと思います。私自身は、特定の食品に偏ることなく、多様な食品をバランス良く食べることが大切だと思っています。よく栄養面でバランスが大切だと言いますが、これは安全面についても同じです。危険分散を考えると、多様な物を食べている方がリスクは低くなります。栄養面、安全面いずれにとっても、幅広い食品を偏りなくとることが望ましいのです。

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