巻頭インタビュー

「ポリフェノールの健康価値」

1990年代に赤ワインのポリフェノールがもつ抗酸化作用を明らかにし、ポリフェノール研究を先導してきた板倉弘重氏。
ポリフェノールの種類やさまざまな健康効果、食生活への摂り入れ方などについて、教えていただきました。

板倉 弘重 Itakura Hiroshige

茨城キリスト教大学 名誉教授
日本ポリフェノール学会 理事長

東京大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。同大学第三内科助手、講師を経て、1985年から1996年まで国立健康・栄養研究所の臨床栄養部長。2000年から2010年まで茨城キリスト教大学生活科学部食物健康科学科教授。日本臨床栄養学会理事長、日本栄養改善学会理事、日本栄養・食糧学会副会長、日本動脈硬化学会評議員名誉会員、日本病態栄養学会理事などを歴任。2006年「瑞宝双光章」受章。2009年度国際栄養科学連合(IUNS)のFellowに認定。2010年「動脈硬化疾患の予防と治療に関する栄養学的研究」により日本栄養・食糧学会功労賞を受賞。

植物が身を守るためにつくった成分

 六角形のベンゼン環に水酸基が一つ付いた化合物をフェノールといい、これが複数つながった化合物をポリフェノールと呼びます。ポリフェノールはほとんどの植物に含まれ、苦みや渋み、香り、色素の元となっています。そして、害虫や有害微生物、紫外線などの多様なストレスから身を守る働きをしています。特に多く含まれる部位は、実や種、皮です。その全容はまだ把握されていませんが、自然界には8,000種類を超えるポリフェノールが存在するといわれています。
 人間は野菜や果物、穀物やナッツ類を食べることで、植物がつくったポリフェノールを体に摂り込んでいます。特にポリフェノールが多く含まれる食品は、リンゴやブドウ、ベリー類、タマネギ、セロリ、ナス、大豆、クルミ、ピーナッツなどです。また、コーヒーや緑茶、ココアなどの飲料にも、ポリフェノールは豊富に含まれます。図1は、主なポリフェノールの種類と食品例をまとめたものです。

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現代人にうれしい多様な健康効果

 人間の体の中に活性酸素が増えると細胞を傷つけ、色々な病気を引き起こします。ポリフェノールには、この活性酸素の働きを抑える抗酸化作用があり、動脈硬化や糖尿病、肥満やメタボリックシンドロームを予防する働きが報告されています。さらに、骨粗鬆症、認知症、免疫力、肌状態など研究分野が広がっています。
 こういったポリフェノールの健康効果が注目されだしたのは、1990年前後のことです。私はその少し前から動脈硬化の研究に注力しており、動脈硬化の大きな要因が、活性酸素により血管中のコレステロールが酸化されることだと突き止めました。そして、抗酸化作用を持つ成分を探していた時に注目したのが赤ワインです。フランス人は高脂肪食を食べているのになぜか動脈硬化が少ないという「フレンチパラドックス」現象に目をつけ、フランス人がよく飲む赤ワインに鍵がひそんでいるのではないかと考えたのです。そして研究を進め、1994年に、赤ワインに含まれるポリフェノールの動脈硬化予防作用について、英国の医学雑誌に発表しました。
 ところが当初は、海外の先生方から懐疑的な意見が寄せられました。ポリフェノールは栄養素ではなく、非常に少量しか体内に吸収されないため、そんな効果は考えられない、というのです。しかしその後は一気にポリフェノールの健康効果についての検証が進み、その効果が確認されていきました。私自身も、カカオポリフェノールやカテキンの健康効果について研究を続けてきました。最近注目しているのは、腸内環境改善作用です。この分野の研究が進み、ポリフェノールの未知なる力が解明されることを期待しています。
 現代人が悩まされている生活習慣病は、脂質や糖質の摂りすぎ、食事バランスの乱れなどが誘因となっています。ポリフェノールは、飽食の時代を生きる皆さんにとって、体を整え守ってくれる強い味方なのです。

食べ物・飲み物を組み合わせ、こまめな摂取を

 1日のポリフェノール摂取の目安は、1,000〜1,500mg程度と言われていますが、まだよくわかっていません。しかし、エネルギーの摂りすぎや運動不足が指摘される現代人にとって、ポリフェノールは非常に重要な成分といえます。では、ポリフェノールを十分に摂るためには、どうしたらよいのでしょうか。
 まずは野菜や果物を積極的に食べ、食生活を整えることが大切です。ただ、生の野菜や果物に含まれるポリフェノールは100gあたり数十mg程度と少なく、野菜や果物だけで必要なポリフェノール量を補うことは困難です。そこで頼りになるのが、コーヒー、緑茶、ココア、赤ワインなどの飲料です。例えば、コーヒー100ccには200mg程度のポリフェノールが含まれています。食べ物と飲み物をうまく組み合わせ、楽しみながらポリフェノールを摂取してください。
 また、ポリフェノール摂取のポイントは、こまめに体に入れることです。ポリフェノールの抗酸化作用は摂取後数時間で失われていきますので、1日3回の食事の他に、10時頃や15時頃に一息つく時間を設け、コーヒーやお茶を飲んでいただくと良いでしょう。人間はポリフェノールの存在など知らなかった時代からコーヒーやお茶をこまめに飲んでいましたが、これは実に理にかなったことだといえます。
 それから、「赤ワインだけ」「コーヒーだけ」などと偏った摂り方ではなく、さまざまな食品から多様な種類のポリフェノールを摂取することも大切です。どんな食品でも、1種類に偏って摂ることは体に良くありませんし、アルコールやカフェインの過剰摂取による健康リスクも心配です。さらに注意を呼びかけたいのは、砂糖の添加です。ポリフェノールを摂るためにと、砂糖たっぷりのコーヒーやココアを飲んでしまっては活性酸素がかえって増えてしまい、動脈硬化や糖尿病を引き起こす恐れも出てきます。摂り方には十分気をつけてください。

ポリフェノールを活用して健康寿命の延伸を

 日本ポリフェノール学会は、ポリフェノール研究を推進し人々の健康づくりに寄与することを目的とした団体で、私はその理事長を務めております。同会は2020年に、11月26日を「ポリフェノールの日」に制定しました。「健康にいい(11)ポリフェ(2)ノー(6)」という語呂合わせからです。今後は、ポリフェノールの日にちなんだセミナーやシンポジウムを開催したいと考えています。また、ポリフェノールの研究者、食品メーカー、保健師や栄養士の方々とともにこの記念日を活用して、ポリフェノールの健康効果をわかりやすく発信していきたいと考えています。
 ポリフェノールは栄養素には分類されておらず、『日本人の食事摂取基準』(厚生労働省)にも出てきません。ですが、体の調整役として非常に重要な役割を持っています。食生活が乱れがちな現代人にとって、タンパク質やビタミンといった栄養素と同等に、意識して摂取したい成分です。保健師や栄養士といった人々の食生活を改善する立場の方には、ポリフェノールの役割をより詳しく知っていただき、一人ひとりの体質や生活習慣、食の好みと向き合い、きめの細かい食事指導をしていただきたいと思います。ポリフェノールの力で人々の健康寿命が延伸し、生き生きと過ごしていただくことを願っております。

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