「1日1個のリンゴは医者を遠ざける」と西洋のことわざにあるように、人間は古くからリンゴを食べ、健康づくりに役立ててきました。
生産地の人々に寄り添い、リンゴの健康有効性の研究を続ける庄司俊彦氏に、リンゴポリフェノールの特徴や健康効果、リンゴの機能性表示食品の開発などについて、教えていただきました。
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
食品研究部門 食品健康機能研究領域 食品・感覚機能グループ 主席研究員
1990年北海道大学農学部農芸化学科卒業。食品メーカー勤務、農林水産省食品総合研究所食品機能部機能成分研究室出向等を経て、2010年独立行政法人(2015年からは国立研究開発法人)農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所、2016年同機構果樹茶部門 生産・流通研究領域 流通利用・機能性ユニット ユニット長。2018年同機構 食品研究部門 食品健康機能研究領域食品機能評価ユニット ユニット長。2021年4月から現職。農学博士(2003年北海道大学)。2004年日本果汁協会技術賞、2009年日本食品化学会奨励賞、2021年園芸振興奨励賞(リンゴの機能性表示食品の開発)。
リンゴには約50種類のポリフェノールが含まれていますが、その6割以上を占めるのがプロシアニジン類です(図1)。プロシアニジン類は、カテキンが2〜15個結合した複雑な構造をしています(図2)。
プロシアニジン類には、高血圧・動脈硬化・糖尿病といった生活習慣病や肥満の予防、抗アレルギー作用、老化予防、紫外線による炎症抑制などの健康効果があることが確認されています。
日本人にとって身近な果物で、赤ちゃんからお年寄りまで、年間を通して頻繁に食べているリンゴには、体を守ってくれるパワーが備わっているのです。
こうしたリンゴポリフェノールの健康効果は、人に対する試験でも証明されています。私たちが静岡県掛川市で行った二重盲検ヒト介入試験*1 をご紹介しましょう*2 。糖尿病予備軍(空腹時血糖値が100〜125mg/dl)に属する30歳以上60歳未満の男女88名を、1日あたり600mgのリンゴポリフェノールを摂取する群とプラセボ群に分け、12週間の試験を行いました。そして12週間後に、空腹時血糖値およびブドウ糖負荷*3 後30分、2時間の血糖値を測定しました。すると、リンゴポリフェノール摂取群は、30分後の血糖値上昇が有意に抑制されていたのです。試験に参加した方からは、ぜひリンゴポリフェノールを摂取し続けたいという声も聞かれました。
プロシアニジン類はポリフェノール類の中でも分子量が大きく、摂取した量の1%程度しか吸収されません。動物実験でプロシアニジン類を投与すると、カテキンが2〜4個結合した低分子のプロシアニジン類は血液からわずかに検出できますが、5個以上結合した高分子のものは検出できません。高分子のプロシアニジン類は、いくら食べても排出されてしまうのです。それにも関わらず先述したようなさまざまな生体調節機能があるのはなぜなのか、そのメカニズムは謎に包まれていました。
そこで私たちは、マウスを使った実験を行いました*4 。肥満させたマウスに、高脂肪・高ショ糖食のみ、高脂肪・高ショ糖食+低分子プロシアニジン類、高脂肪・高ショ糖食+高分子プロシアニジン類をそれぞれ与え、体重の変化を観察したのです。すると、プロシアニジン類を与えた群はどちらも、体重増加が有意に抑制されていました。
次に私たちは、腸内細菌の解析を行いました。まず結果が現れたのが、F/B比です。F/B比とは、Firmicutes門とBacteroidetes門に属する細菌の割合のことで、これが高いと肥満になりやすいことが報告されています。解析の結果、高分子プロシアニジン類群ではF/B比の増加が有意に抑制されていました。興味深いことに、この現象は低分子プロシアニジン類群では認められませんでした。また、プロシアニジン類の摂取は、腸内細菌の種類別の数にも大きな影響を及ぼしていました。特に興味深かったのが、高分子プロシアニジン類群で、Akkermansia菌が有意に増加していたことです。この菌は肥満者に少なく、腸管バリア機能を向上させることが知られています。
これらの結果から、高分子のプロシアニジン類を摂取することで腸内環境や腸管バリア機能が整い、肥満が抑制されていると考えられます。これは非常に興味深い結果です。今後も研究を続け、Akkermansia菌の詳しい働き、プロシアニジン類が腸内細菌を経由するとどのような代謝物が生まれるのかなどを解明していきたいと思います。
2015年に機能性表示食品*5 の制度が出来た時、私たちはぜひともリンゴを機能性表示食品にしたいと考え、弘前市、JAつがる弘前、弘前大学、地域公設試験研究機関などと連携したプロジェクトをスタートしました。サイズや成分が不安定である生鮮食品について、科学的エビデンスを明らかにして機能性を表示するのは困難です。ですが、消費者の方にもっとリンゴを食べてもらうきっかけとなるよう、また、リンゴ生産に携わる農家やJAつがる弘前の方のモチベーションアップにつながるようにと思い、尽力しました。
何よりも大変だったのは、リンゴにどれくらいプロシアニジン類が含まれているかのデータ収集です。さまざまな品種、産地、栽培法、収穫期のリンゴを集め、年次変動を鑑みて3年間にわたって分析を行いました。趣旨に賛同したJAつがる弘前からは5,000〜6,000個のリンゴをご提供いただき、トータル1万個弱のリンゴを分析しました。その他、機能性に関する文献調査や安全性試験なども進め、2018年1月に消費者庁へ届出、同年3月に無事に受理されました。
こうして可食部300g以上の大きくて立派なリンゴの機能性表示食品が誕生しました。価格は相場よりも2〜3割高く設定されています。販売開始から今年で4年目になりますが、消費者の方からはご好評をいただき、販売数は順調に伸びています。生産者の収益増加にもつながり、リンゴ農家の方から「苦労が多い栽培の励みになる」という声を聞くと、とてもうれしく思います。今後は「松阪牛」のように地域の名を冠したブランドリンゴなどを発信していけたら、地域がより盛り上がっていくのではないかと考えています。
青森県などリンゴの産地では、秋に収穫したリンゴをCA貯蔵庫*6 で長期保存することで、年間を通してリンゴを出荷しています。旬のリンゴと貯蔵リンゴのポリフェノール量にはあまり差は見られませんので、ぜひ年間を通してリンゴを食べて、リンゴポリフェノールの力を取り入れていただければと思います。
また、ポリフェノールは皮や芯の部分に特に多く含まれています。そこでおすすめしたいのが、青森県りんご対策協議会が推奨するリンゴの「スターカット」です(図3)。
これは水平に輪切りにして皮ごと食べる方法で、可食部が増え無駄が少なくなりますので、ポリフェノールをよりたくさん摂取できます。
リンゴを始めとする果物には、ポリフェノール、ビタミン、ミネラルなどが豊富に含まれ、体の健康を保つ手助けをしてくれます。しかし日本人の果物摂取量は欧米やアジア諸国と比べると少なく、特に若い世代は「フルーツ離れ」が深刻です。保健師や栄養士といった食生活の指導をする立場の方には、果物の健康効果を正しく人々に伝えていただき、果物の力を見直すきっかけをつくっていただければ幸いです。