研究・健康レポート3

座位行動や身体活動と内臓脂肪の関連

青森県の短命県返上に向けた取り組みである弘前大学COI*1 。産官学の積極的な連携が特徴で、花王は2015年から参画して共同研究を進めています。2019年から弘前大学COIにおいて主に内臓脂肪に関する研究を行ってきた木下佳大氏に、座位行動や身体活動と内臓脂肪との関連についてお話を伺いました。

木下 佳大 Kinoshita Keita

花王株式会社 ヒューマンヘルスケア研究所

2012年名古屋工業大学工学部生命・物質工学科卒業。2014年名古屋大学大学院医学系研究科医科学専攻修了。同年花王株式会社入社。2023年弘前大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。入社以降、ヘルスケア食品研究所において特定保健用食品の開発業務に従事。2019年から弘前大学大学院医学研究科アクティブライフプロモーション学研究講座客員研究員として内臓脂肪蓄積要因の解明を目指した研究に取り組み、岩木健康増進プロジェクトのビッグデータ解析により座位行動・身体活動と内臓脂肪の関係を明らかにしてきた。令和5年度弘前大学学術特別賞(若手優秀論文賞)をCOVID-19と座位行動に関する論文「Association of the COVID-19 pandemic with changes in objectively measured sedentary behaviour and adiposity」で受賞。

 2005年度から弘前市岩木地区で行われている「岩木健康増進プロジェクト(大規模住民合同健診)」において、花王は2015年から内臓脂肪測定を、2017年から歩行測定を行ってきました。さらに2018年からは活動量計を用いた活動量計測、2019年からは肌状態や毛髪状態の測定を行っています。

座位行動時間を減らすことが内臓脂肪蓄積を防ぐ

 2019年10月に研究に参画した際、当初は身体活動と内臓脂肪の関係を明らかにしたいと考えていました。ところが3〜4カ月後に新型コロナウイルスが流行して、行動制限などにより世界的に「動かないこと」が社会課題として注目されるようになりました。そこで私は、内臓脂肪と座位行動の関係についての研究を始めました。一般的には両者の関係はイメージされているものの、エビデンスとしてきちんと報告されている研究は、実は多くありませんでした。
 2018年度に青森県弘前市岩木地区の住民健診参加者(20〜88歳、758名)において、活動量計により座位行動時間(図1)を、内臓脂肪計*2 により内臓脂肪面積を精密に測定して、両者の関係性を検討しました。

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 その結果、座位行動時間が長いほど内臓脂肪面積が大きいという関係性があることが明らかになりました。座位行動に関しては、これまでの研究は欧米の方を対象としたものが多かったため、日本人を対象として精密に内臓脂肪面積と座位行動の時間を測った研究は初めてのものとなります。
 さらに、統計モデル*3 を用いて、座位行動時間を30分減らし、家事などの低強度身体活動時間へと置き換えた場合の内臓脂肪面積への影響を推定したところ、置き換え前よりも2.4㎠小さい値が算出されました(図2)。

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 以上の結果から、内臓脂肪をためないためには、 座っている時間を減らすように心がけることが、対策のひとつになると考えられます。

歩行習慣の見直しが内臓脂肪を低減させる

 弘前大学COIの一環として行っている民間企業同士の連携による研究において、歩行習慣の改善が内臓脂肪にどのような影響を与えるかを弘前大学の先生主導で調べていただきました。具体的には、タクシー会社に勤務する25〜74歳の173名に圧力センサーを導入したマットの上を約10m歩いていただくことで歩容(歩行パターン)・バランス力・筋持久力・筋力・敏捷性・将来の自立度などを測定(花王歩行モニタリング技術)し、それをもとに歩行速度や身体のバランスなど、より健康的な歩き方になるようにアドバイスを行いました。
 その後、 3カ月間活動量計を着用してその歩き方を実践していただき、活動量計から得られた歩数や日常歩行速度などのモニタリングデータを、参加者本人が日々確認できるようにしました。その結果、1 日の歩数および日常歩行速度は有意に増加しました。また、内臓脂肪面積の平均値は3カ月間で 5.5㎠減少しました(図3)。

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 以上の結果から、歩行習慣を見直すことで、よりたくさん、速く歩くようになり、内臓脂肪も低減することがわかりました。参加者からは「自分の歩き方を知ることができてよかった」「歩数を見ながら歩くようになった」といった感想をいただきました。

座位行動時間を減らすための取り組み

 これらの研究以外にも、岩木健康増進プロジェクトの健診データをもとに、さまざまな研究に取り組みました。そのうちの一つが、COVID-19の流行が座位行動と内臓脂肪に与えた影響についての研究です。2018年実施の健診と、コロナ禍での2020年実施の健診の両方に参加された方のデータを分析したところ、コロナの流行により座位行動が増え、さらに内臓脂肪も増えたことをエビデンスとして明らかにできました。具体的には、座位行動1時間の増加は内臓脂肪面積3.9㎠の増加と有意に関連しました。この研究が実現したのは、コロナ禍においても岩木健康増進プロジェクトの健診が毎年欠かさず実施されてきたことによります。コロナ禍での健診の実施は、先生方・関係者のみなさまの大変なご苦労のもとで実現しましたが、弘前大学と住民のみなさまとの長年にわたる信頼関係があってこそですし、さらに参加するみなさまが、健診がご自身の健康づくりに与えるメリットをしっかりと認識されていることも大きいと思います。
 座位行動の研究はまだまだ発展途上であり、特に内臓脂肪との関係についての研究は不足しています。私は今後の研究で、座位行動時間を減らすことが健康状態を改善することを、エビデンスとともにお伝えしていくことを目指しています。また、座位行動時間を減らすための解決策となるサービスを開発・提供できたらという思いもあります。
 座位行動の研究をする中で、私自身も、生活習慣を見直すことの重要性を学ばせていただきました。
 栄養士や保健師といった専門職の方は、保健指導の際にいきなり運動をすすめるのは難しい面もあると思いますので、座位行動の改善をきっかけにアドバイスをされてみてはいかがでしょうか。例えば仕事中に30分に1回立ち上がってみるといった、すぐに実践できることなら、多くの方が取り組みやすいのではないかと思います。

  • * 1 2005年に青森県弘前市岩木地区の「岩木健康増進プロジェクト(大規模住民合同健診)」から始まった短命県返上に向けた取り組み。2013年からは文部科学省の「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」の採択を受け、産官学が連携した取り組みを行っている。「KAO HEALTH CARE REPORT」 NO.53(https://www.kao.com/content/dam/sites/kao/www-kao-com/jp/ja/healthscience/pdf/report_53c.pdf)参照。
  • * 2 花王が開発した、腹部生体インピーダンス法の測定原理に基づく医療機器。立位のまま腹部にベルトを巻くだけで手軽に内臓脂肪面積の測定が可能。腹部生体インピーダンス法を採用しているためX線を使わず身体への負担がない。
  • * 3 等時間置き換えモデル(Isotemporal Substitution Model):ある行動を等量の別の行動に置き換えたときの目的変数への影響を推定する手法。古くから栄養疫学分野で使われ、2009年に初めて運動疫学分野に導入。
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