研究・健康レポート1

週2〜3日の筋トレを健康づくりの習慣に

2022年、東北大学・早稲田大学・九州大学による研究グループは、筋力トレーニングの習慣が疾病・死亡リスクを低減するという研究結果を発表し、世界の研究者やメディアの注目を浴びました。この研究を主導した東北大学大学院医学系研究科の門間陽樹氏に、筋力トレーニングの健康増進効果や実施する際のポイントなどを伺いました。

門間 陽樹 Momma Haruki

東北大学大学院 医学系研究科 運動学分野 准教授

2011年東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻博士後期課程修了、博士(障害科学)取得。東北大学大学院医工学研究科健康維持増進医工学分野助教、同大学院医学系研究科運動学分野講師を経て、2022年から現職。専門分野は運動疫学。日本運動疫学会理事、日本体力医学会評議員。

筋トレの長期的な健康効果をひもとく試み

 WHO(世界保健機関)が2020年に発表した「WHO身体活動・座位行動ガイドライン」では、「成人であれば、筋力を強化する身体活動を少なくとも週2日実施すべきである」という推奨事項が明記されています。一方、厚生労働省から発表されている日本の身体活動ガイドラインでは、筋力を強化する身体活動、いわゆる筋力トレーニング(以下、筋トレ)は推奨されていません。その日本のガイドラインを10年ぶりに改定するにあたり、筋トレを推奨する内容が盛り込めないかと検討が始まりました。そこで私たちの研究グループ*1 では、筋トレの健康増進効果について分析を進めることとなりました。
 WHOが筋トレを推奨する根拠は、身体機能や骨密度を改善したり、高齢者の転倒や骨折のリスクを低減したりするなど、運動器に対する比較的短期的な健康効果が数多くの研究で示されたことです。それに比べて、筋トレの長期的な健康効果、つまり、疾病や死亡のリスクに対する影響は明確ではありませんでした。そこで私たちは、「筋トレをしている人は病気になりにくいのか」「筋トレをしている人の死亡リスクは下がるのか」を明らかにしたいと考えました。
 なお、筋トレとは、ある特定の筋肉に繰り返し負荷がかかる運動のことです。トレーニングマシンやダンベルなどを使う「ウエイトトレーニング」のほか、腕立て伏せやスクワットのように自分の体重を負荷にする「自重トレーニング」があります。

短時間の筋トレでも疾病・死亡リスクは下がる

 私たちは既存の追跡研究を1,252件集め、システマティックレビュー*2 とメタアナリシス*3 によって筋トレの長期的な効果を解析しました*4 。結果は図1の通りです。

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 総死亡、心血管疾患、全がんのリスクは週に30〜60分の筋トレで最も低くなり、糖尿病のリスクは筋トレ時間が長いほど低下しました。ところが、筋トレの実施時間が週に130〜140分を超えると、総死亡、心血管疾患、全がんのリスクが高くなっていました。この結果を2022年に発表すると、国内外から大きな反響が寄せられました。興味深かったのは、日本と海外のとらえ方の違いです。日本のニュースでは「筋トレのやりすぎは危険」などネガティブな見出しが多かったのに対し、海外のニュースでは「週にたった30分の筋トレで死亡リスクが下がる」などポジティブな見出しが多く見られました。
 本研究の結果を踏まえてお伝えしたいのは、「筋トレを全くやらないよりは少しでもやった方が良い」「筋トレの時間は週30分程度でも良い」というポイントです。また、130〜140分までは相対リスクが1以下ですので、時間にはあまりとらわれずにあくまでも目安として考え、身体を鍛えたい場合は長めにするなど、フレキシブルに考えるのが良いでしょう。
 時間が長くなるとリスクが上昇する理由については、私たちも頭を悩ませました。ひとつ推測されるのは、筋トレを長時間行う集団が持つ特異性です。見た目を重視するあまり食生活が偏っていたり、筋肉増強剤などを服薬していたりする可能性はあるかもしれません。長時間の筋トレの影響については、さらなる検討を重ねたいと思います。
また、本研究では筋トレと有酸素運動を組み合わせた場合の効果についても検証を行い、それぞれ単独で実施するよりも両方行った方が、総死亡、心血管疾患死亡、全がん死亡のリスクは大きく下がりました。こうした研究結果は、改定されたガイドライン「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023(案)」にも反映されています。

筋トレの裾野を広げ、健康づくりの普遍的な習慣に

 筋トレのポイントとしてまず留意していただきたいのは、誰かの真似ではなく自分に合った方法で行うことです。年齢や現状の体力によって適切な方法、負荷、回数は変わりますので、自身の身体と向き合いながら行うようにしてください。
それから、筋トレには休息して筋肉の修復を行う時間が必要ですので、同じ部分を鍛える場合、1日やったら2、3日休むようにしてください。一方で、負荷はしっかりとかけることが大切。楽々できる動きでは筋トレになりませんので、少しきついと感じる動きを繰り返し、できなくなるまで行うのが基本です。
 鍛える部分については、太ももや背中などの大きな筋群にアプローチすると効果も大きくなります。特に下半身の筋肉を鍛えることは、高齢になっても元気に歩き続ける上でとても大切です。足腰の大きな筋肉を鍛える運動としておすすめなのは、スクワットやランジ(図2)です。

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 有酸素運動との組み合わせも有効ですので、日頃から身体を動かす習慣を持ちつつ、筋トレもあわせて行うと良いでしょう。
 筋トレの良いところは、「できる回数が増えた」「ウエイトを増やすことができた」など、効果が目に見えやすいところです。回数やウエイトの重さを記録しながら、まずは2週間ほど続けてみてください。できる内容は着実にステップアップしていき、体力とやる気の好循環が生まれるでしょう。なお、高齢者の方は「今さら筋トレしても意味がない」と思うかもしれませんが、筋肉は何歳からでも鍛えることができます。歩行が困難だった方がスタスタと歩けるようになったケースもあります。年齢や運動の得意・不得意に関係なく、自分に合った筋トレを積み重ねて、健康増進につなげていただければと思います。
 筋トレの長期的な健康効果に関する研究は、有酸素運動と比べるとまだ草創期にあるといえます。今後も疫学研究を進めてエビデンスを示すとともに、筋トレが多くの人々の健康づくりにとって普遍的な習慣になるよう、啓発活動にも尽力していきます。
 今回の研究結果についてプレスリリースを出した際、私は「ムキムキを目指すだけが筋トレではない」というタイトルをつけました。これまでは「身体を引き締めたい人、筋肉をつけたい人がやるもの」というイメージが強かった筋トレについて、「どんな人の健康づくりにも役立つ」というメッセージを伝えたかったのです。保健師や栄養士など人々に運動指導を行う立場の方には、週2〜3日の筋トレで長期的な健康効果が得られるというデータをしっかり伝え、筋トレの裾野を広げていただければ幸いです。

  • * 1 共同研究者(所属・役職は2022年2月時点):川上諒子氏(早稲田大学スポーツ科学学術院・講師)、本田貴紀氏(九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生学分野・助教)、澤田亨氏(早稲田大学スポーツ科学学術院・教授)
  • * 2 ある研究課題について、明確に作られた基準・方法に基づいて既存の研究を選択、評価して論じるレビュー。客観性・再現性が高いとされる。
  • * 3 ある研究課題に関する既存の複数の研究結果を統合する統計手法。得られた結果は信頼性が高いとされる。
  • * 4 Momma H. et al. Br J Sports Med. 56(13), 755, 2022.
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