巻頭インタビュー

健康づくり実践に向けた身体活動への取り組み

スポーツ疫学とは、「スポーツが人々の健康や幸福に貢献しているのかどうか」を比較の手法(疫学的研究手法)でデータを分析する、応用医学のひとつです。1990年代からスポーツ疫学に取り組んできた澤田亨氏に、スポーツ疫学の研究成果や、スポーツ疫学が社会にもたらす効果についてお話しいただきました。合わせて、厚生労働省が改訂に取り組む「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」について、検討会構成員の立場から概要について教えていただきました。

澤田 亨 Sawada Susumu

早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授

1983年福岡大学体育学部体育学科卒業。1985年順天堂大学大学院体育学研究科修了、体育学修士。同年東京ガス入社、人事部安全健康・福利室。1999年順天堂大学博士(医学)。2008年順天堂大学スポーツ健康科学部客員准教授。2012年国立健康・栄養研究所健康増進研究部身体活動評価研究室室長。2015年東京大学大学院総合文化研究科客員教授。2016年順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科客員教授。2018年より現職。研究分野はスポーツ疫学、公衆衛生学。

 私は子どもの頃からスポーツが好きで、小学校の頃に野球、中学校から大学まではサッカーを楽しんできました。そこで、スポーツを通じて人々の健康や幸せに貢献したいと考え、そのための実践的な学問としてスポーツ疫学を研究テーマに選びました。当時の日本ではスポーツ疫学が学問として確立しておらず、海外の研究者の指導を受けながら研究を続けてきました。
 私が取り組んだスポーツ疫学研究は、主に身体活動量の客観的な指標である体力(心肺体力)と健康(疾病罹患や寿命)の関係を明らかにするものです。具体的には、心肺体力が高い人は低い人と比較して、総死亡率*1 やがん死亡率*2 が低く、また2型糖尿病罹患率*3 が低いことを確認しています。そして、これらの研究に関連するものとして、20歳の体重を維持している人はそうでない人と比較して、脂質異常症罹患率が低い*4 こと、身体活動量が多く、座位行動時間が短い高齢者はそうでない高齢者と比較して、要介護認定率が低い*5 ことなどを報告しています。

スポーツ疫学が社会にもたらすもの

 スポーツ疫学では、「する」スポーツが人々の健康や生活の質・幸福感にどのように貢献できるかを明らかにします。さらに、「する」スポーツだけでなく、「みる」「ささえる」「知る」スポーツが人々の健康や幸せに貢献しているかどうかを明らかにする役割も担います。
 わかりやすい例としては、メジャーリーグの大谷翔平選手の活躍がどれだけ人々を元気にしたり、楽しみを与えているかが挙げられます。こうした「みる」「ささえる」「知る」スポーツの効果については、まだ科学的に検証されていません。そこで、私たちは「応援する」という行為が、認知機能、抑うつ、幸福感、抗ストレスなどの効果をもたらすかどうかを調査しています。例えば、高齢者を対象に、定期的にスタジアムで野球観戦ができる環境をつくったグループとそうでないグループを比較したところ、野球観戦したグループの認知機能が高まり、抑うつ症状が改善される*6 ことを確認しました。

「健康づくりのための身体活動基準」

 スポーツ疫学の研究発表は、身体活動・運動分野における健康政策のエビデンスとして採用されてきました。もともと日本でスポーツ疫学が普及するきっかけとなったのが、2000年にスタートした「健康日本21」でした。「健康日本21」の特徴は数値目標を掲げることでしたが、当時の日本には参照できる研究事例が少なかったのです。そこで「運動疫学研究会*7 」を発足させて研究に取り組んだ経緯があります。公衆衛生や身体活動の奨励を進める上で、数値目標の指針となるスポーツ疫学研究は欠くことのできない重要な分野なのです。
 私は現在、「健康日本21(第三次)」における身体活動・運動分野の目標達成のためのツールとなる「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」の作成に取り組んでいます。これは「健康日本21(第二次)」の開始に伴い策定された「健康づくりのための身体活動基準2013」の約10年ぶりの改訂版となり、「健康日本21(第二次)」の最終評価で「日常生活における歩数」「運動習慣者の割合」が横ばいから減少傾向だったことを踏まえ、身体活動・運動分野の取り組みをさらに推進することを目的としています。2023年11月27日の第3回の検討会では、身体活動・運動の推奨事項一覧の案(図1)が示されました。今回の改訂の特徴は、ライフステージ別(成人、こども、高齢者)の身体活動・運動の推奨値を示していること、「座位行動」を取り上げていること、「筋トレ」を推奨していることです。

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 今後は厚生労働省が推進に向けての委員会を立ち上げ、さらなる検討が進められます。推奨値とともに、身体活動を少しでも増やしていこうという方向性を、国民の皆さんに丁寧に伝えていくことが必要になります。また厚生労働科学研究の研究班が、ガイドラインを認知している人の身体活動量が多いことを確認しています。新たなガイドラインの認知度が向上することによって、多くの方の身体活動量が増加することが期待されます。

スポーツを通じて人々の健康や幸福感に貢献

 今後は引き続き、スポーツを通じて人々の健康や幸福感に貢献するための科学的エビデンスを蓄積していきたいと考えています。精神的な生活の質や幸福感など広義のブレインヘルスと「する」「みる」「ささえる」「知る」スポーツが関連しているかどうかを明らかにし、スポーツがブレインヘルスに貢献する方法を明らかにしていきたいと考えています。
 保健師・栄養士をはじめ、健康教育を担当されている方と、健康政策を担当されている方それぞれにお伝えしたいことがあります。前提として、私たちを含む、全ての生き物の本能(遺伝子)は、生きていくために無駄にエネルギーを消費しないこと、すなわち「無駄な動き」を避けるようにプログラムされています。しかし、現在は健康にとっての許容範囲を超えた「楽」社会に突入してしまっています。そのことを踏まえた上で、健康教育を担当されている方には、「一見無駄な動き」は「実は無駄ではない」と啓発していただきたいと思います。身体活動の奨励は本能との闘いですので、意識しないとすぐに「楽」に向かってしまいます。繰り返し意識づけを行う忍耐強さが求められます。また、健康政策を担当されている方には、私たちの本能(遺伝子)は「無駄な動き」を避ける一方で「楽しみ」を求めていることに着目していただき、スポーツを「する」「みる」「ささえる」「知る」ことによって人生を楽しめる環境づくりや企画づくりに取り組んでいただきたいと思います。

  • * 1 澤田 亨ら. 日本公衆衛生雑誌. 46(2), 113, 1999.
  • * 2 Sawada S. et al. Med Sci Sports Exerc. 35(9), 1546, 2003.
  • * 3 Sawada S. et al. Diabetes Care. 26(10), 2918, 2003.
  • * 4 Sogabe N. et al. J Public Health (Oxf). 38(2), e77, 2016.
  • * 5 Sato S. et al. BMJ open. 12(3), e056642, 2022.
  • * 6 Kawakami R. et al. Geriatr Gerontol Int. 19(8), 717, 2019.
  • * 7 1998年に設立され、2013年に日本運動疫学会となった。
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