研究・健康レポート1

「緑茶と感染予防   新型コロナウイルス不活化効果の検証」

2020年11月、奈良県立医科大学は世界で初めて緑茶が新型コロナウイルスを不活化することを発表し、世間の関心を集めました。この研究を主導した矢野寿一氏に、未知のウイルスに対峙してきた経緯、緑茶の不活化効果検証実験の詳細、感染症対策において人々が心がけるべきことなどを教えていただきました。

矢野 寿一 Yano Hisakazu

奈良県立医科大学 微生物感染症学講座 教授

1994年長崎大学医学部卒業。1998年北里大学医学部微生物学教室、2002年東北労災病院耳鼻咽喉科医長、2006年仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター医員、2008年東北大学大学院医学系研究科感染制御・検査診断学分野講師、2013年同准教授などを経て、2014年5月から現職。微生物学や感染症学について長年研究を続ける。2020年の新型コロナウイルスの世界的な流行後は、新型コロナウイルスを不活化する気体や水溶液、化合物などの検証を進め、世界で初めてオゾンによる新型コロナウイルス不活化を確認。茶や柿渋など自然由来の物質の新型コロナウイルス不活化効果も確認する。

新型コロナウイルスを不活化する物質を求めて

 奈良県立医科大学が新型コロナウイルス感染症対策に乗り出したのは、中国・武漢で正体不明の肺炎が広がり、世の中が混乱に包まれていた2020年初頭のことです。1月に、武漢からのツアー旅行客を乗せた奈良県在住のバスの運転手さんの感染が疑われ、その方を大学病院が受け入れたことがきっかけとなり、全学をあげて新型コロナウイルス感染症対策に積極的に取り組む気運が生まれました。
 私は長年、微生物学や感染症学を専門とし、SARSや新型インフルエンザなどが流行した際には、予防啓発活動に携わってきました。また、人類の歴史上で感染症のパンデミックが何度も繰り返されてきたことから、10年に一度くらいは世界規模の感染症が広がる可能性があると考えていました。新型コロナウイルス感染症の広がりも「来るべき時が来た」と受け止め、専門家としてしっかり対峙しようと思いました。
 そして、私が教授を務める微生物感染症学講座の研究者たちとともに始めたのが、新型コロナウイルスを不活化する物質の検証です。本講座は元々、抗菌薬が効かない「薬剤耐性菌」を専門に扱っており、病原体の封じ込め操作*1 を徹底するなど、病原微生物の取り扱いには慣れていました。また、大学にはさらにリスクの高い微生物を扱うことができるバイオセーフティレベル3の実験室があり、病原体を適切に封じ込めながら、実験者や環境が汚染されないように実験を進めることが可能でした。そのような環境で実験に邁進する中で、2020年11月に緑茶の新型コロナウイルス不活化効果を確認することができました。

実験を通して明らかになった緑茶の力

 私たちが緑茶に着目した理由は2つあります。1つ目は、茶カテキンによるインフルエンザ感染の抑制効果がすでに明らかになっていたことです。新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの構造はとてもよく似ているため、インフルエンザに効くなら新型コロナウイルスにも効くだろうと予測を立てました。この2つのウイルスに対する茶カテキンの作用を表したのが図1です。

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 ウイルスにはスパイクと呼ばれる突起物があり、これが宿主細胞のレセプターに結合することで、感染が成立します。ところが、茶カテキンはスパイクに吸着して宿主細胞のレセプターへの結合を阻害するため、感染防止の作用が生まれるのと考えています。2つ目の着目理由は、奈良県が全国有数の緑茶の産地であったことです。地域と連携する県立大学として、お茶のパワーを明らかにすることで県を盛り立てたいと考えました。
 検証実験ではまず、一般的な濃度(2g/100ml)で抽出した緑茶と紅茶を用意して、それぞれをウイルス液と混ぜ、その後のウイルスの減少率を測定しました。その結果を示したのが図2です。

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 横軸は接触時間を、縦軸は感染価(ウイルスが感染する力)を示しています。緑茶、紅茶ともに、接触時間が長くなるにつれて感染価は低下し、紅茶の方がそのスピードが早くなりました。ウイルスの減少率をみると、1分後に緑茶は91.678%、紅茶は99.814%となり、30分後に緑茶は99.814%、紅茶は99.998%となりました。紅茶の方が効果は高いものの、緑茶も十分にウイルスを不活化させていることがわかります。
 続いて私たちが着目したのは、カテキンの種類です。どのカテキン種が新型コロナウイルスに有効であるかを知るために、茶葉から淹れた緑茶に含まれる天然型カテキン4種、加熱処理したペットボトルの緑茶に含まれる非天然型カテキン4種の計8種を用意し、それぞれのカテキン溶液とウイルス液を混ぜて、ウイルスの減少率を確認しました。カテキン溶液の濃度は、1mMと10mMの2パターンとしました。結果、天然型カテキンであるEGCG(エピガロカテキンガレート)とECG(エピカテキンガレート)、非天然型カテキンであるCG(カテキンガレート)の3種において、ウイルスの減少効果が認められました。また、いずれのカテキンも1mMでは効果がなく、10mMの濃さで初めて効果が見られました。
 この2つの実験を比べると、興味深い事象が見えてきます。実は、実際に緑茶に含まれている各種カテキンの濃度は1mM程度かそれ以下なのです。つまり、緑茶中ではカテキンが1mM程度でもウイルス不活化効果を発揮するのに、カテキン種別に分けると、かなり濃い濃度にしないとウイルスに効かなくなるのです。背景には、カテキン種同士の相乗効果、カテキン以外の成分の効果などがあると考えられます。この事象については現在も検証を続けており、結論がまとまったら発表する予定です。
 私たちの実験では緑茶の新型コロナウイルス不活化作用が確認されましたが、これはまだ試験管の中の話です。実際に日常生活の中で緑茶を新型コロナウイルス対策に活用するためには、さらなる臨床研究が必要です。お茶は新型コロナウイルス感染を防ぐ可能性を秘めた飲み物ですので、今後も積極的にさらなる検証を進めていきたいと考えています。

リスク低減を目指し、臨機応変な感染症対策を

 感染症対策には、「これをしていれば必ず防げる」という特効策はありません。ワクチン接種、咳エチケット、マスク、手洗い、換気、十分な睡眠、バランスの良い食事などから自身ができることを組み合わせ、できるだけ多くのフィルターをかけてリスクを低減していくことが大切です。一人ひとりの環境や体質を踏まえ、可能な部分を取り入れていただければと思います。また、流行の程度などに応じて、臨機応変に対策を変えていくことも重要です。
 現在、新型コロナウイルスの感染状況はやや落ち着いてきましたが、新しい感染症は、いつかまた必ず人類に襲いかかります。私は研究者として、いずれ来る感染症に備え、ウイルスや細菌の研究に邁進し続けたいと考えています。
 保健師や栄養士といった健康指導の専門家の仕事は、非常に意義深いものです。医師は主に病気の人と接しますが、皆さんは健康な人からさまざまな疾患を抱える人までを相手に、幅広く健康指導を行う役割を担っています。私たち研究者が出した成果を社会で役立てる際にも、最前線に立つ皆さんの力が欠かせません。ますますのご活躍を期待しています。

  • * 1 病原体を扱う際に、実験者を感染から守るために病原体を封じ込める取扱い手技のこと。適切な実験設備が必要。
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