巻頭インタビュー

「緑茶飲用と健康:疫学研究からのエビデンスの現状」

緑茶の具体的な健康効果とは、どのようなものなのでしょうか。約30年間にわたって多目的コホート研究を主導し、日本人の健康と生活習慣についての分析を続けてきた津金昌一郎氏に、緑茶飲用の健康効果についての疫学研究データを教えていただきました。

津金 昌一郎 Tsugane Shoichiro

国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 理事
(※取材時。2023年4月より国際医療福祉大学大学院教授)

1981年慶應義塾大学医学部卒業、1985年同大学大学院医学研究科修了(医学博士)、1986年国立がんセンター研究所入職。2003年同センターがん予防・検診研究センター予防研究部長、2013年独立行政法人国立がん研究センターがん予防・検診研究センター長、2016年国立研究開発法人国立がん研究センター社会と健康研究センター長、2021年国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所理事。2023年4月より国際医療福祉大学大学院教授。昭和大学、山形大学、北海道医療大学客員教授。2010年度朝日がん大賞、2014年度高松宮妃癌研究基金学術賞、2018年度日本医師会医学賞、2020年度SGH特別賞などを受賞。『科学的根拠にもとづく最新がん予防法』(祥伝社、2015)、『生活習慣の改善でがんを予防する5つの法則』(日東書院本社、2017)など著書多数。

長期にわたる大規模コホート研究から得られたエビデンス

 日々の生活習慣は、病気の発生や寿命に大きく影響します。食事・運動・睡眠・喫煙・飲酒といった生活習慣と、各種疾病のリスク・寿命の関係性を解き明かすことは、日本人の健康向上のために重要です。そこで、私が以前所属していた国立がん研究センターでは、1990年から多目的コホート研究「JPHC Study*1 」をスタートし、健康的な生活習慣の解明に尽力してきました。このコホート研究は、調査開始時点に40〜69歳だった全国の男女約14万人を対象に、生活習慣に関するさまざまなアンケート調査を実施したり健診データや血液試料を提供していただき、その後30年以上にわたり生活習慣や疾病の罹患について、追跡調査を行うものです。2011年からは次世代多目的コホート研究「JPHC NEXT*2 」も始まり、JPHC Studyとは異なる世代を対象に、さらに詳細な調査項目を加えて調査・分析を続けています。私はJPHC Study開始当初から関わり1997年からは研究責任者を務め、調査方法の検討や膨大なデータの解析を進めてきました。
 このコホート研究のアンケート調査項目は実に幅広いものですが、その中の1つに緑茶飲用の頻度を問うものがあります。緑茶飲用と各種疾病の罹患・発症リスク、死亡リスクの関係を分析したところ、さまざまな緑茶の健康効果が見えてきて、論文にまとめることができました。なお、コホート研究において緑茶飲用習慣の影響を読み解くためには、交絡要因*3 の影響を取り除くことが必要になります。緑茶をたくさん飲んでいるグループと緑茶をあまり飲んでいないグループに分けたとしても、両者の違いは緑茶を飲む量だけではありません。「緑茶を多く飲む人は男女ともに年齢層が高い」「緑茶をよく飲む男性には喫煙者が多い」「緑茶をよく飲む女性には野菜や果物をたくさん食べている人が多い」といったように、他の背景が複雑に絡んでくるのです。私たちはデータの分析をする際、こういった交絡要因に目を向けて調整しながら、因果関係を追及していくことを心がけています。医学的な知識はもちろん、日本人の生活習慣についても深い洞察を持つことが必須となります。さらに「こういう結果が出て欲しい」「これは身体に良いはずだ」といったバイアスをかけず、冷静な目を持ち続けることが大切です。
 私たちは緑茶飲用の効果をさまざまな側面から分析しましたが、一番わかりやすいのは、死亡リスクとの関連でしょう。図1は緑茶を飲む頻度と総死亡リスクの関係を追った結果ですが、男女とも、緑茶をたくさん飲むほど死亡リスクが低いという結果が出ています*4 。他に関連が強かったのは、循環器疾患の発症です。図2のように、循環器疾患全体、脳卒中、脳梗塞、脳出血において、緑茶飲用習慣が発症リスクを低減するデータが得られました*5

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 また、がんについては全体的に緑茶の効果が見えにくかったのですが、女性の胃がんについては、緑茶飲用が罹患リスクを下げる結果が得られました*6 。男性の胃がんで関連が見られなかったのは、男性に喫煙者が多いことが影響しているのかもしれません。一方の男性においては、緑茶飲用が前立腺がん罹患リスクを低減するデータが出ています*7

国内外の疫学研究からのエビデンス

 私たちが取り組んだJPHC Studyでは、緑茶飲用が死亡リスクを下げたり、一部の病気を予防する効果が見られましたが、これはあくまでも日本で行われた1つのコホート研究の結果に過ぎません。緑茶の健康効果をより深く読み解くには、他の研究の結果にも広く目を向け、偶然の結果でないことを確かめることが必要です。そこで、国内外の多数の疫学研究の結果から、緑茶飲用の健康効果をあらためて見直してみます。
 まず、日本の6つのコホート研究のプール解析*8 からは、女性において緑茶を頻繁に飲む人の方が胃がん罹患リスクが低いというデータが得られています*9 。また、アジア各国の12のコホート研究のプール解析からは、男女ともに緑茶飲用が死亡リスクを低減することが示されました*10 。さらに、国内外の複数の論文のメタ解析*11 では、緑茶飲用による循環器疾患の予防効果が示されています*12
 JPHC Studyと国内外の疫学研究のデータ分析から、総死亡リスク、循環器疾患発症リスク、女性の胃がん罹患リスクに関しては、緑茶飲用による低減効果がかなりはっきり見えてきたといえるでしょう。

砂糖が入っていない飲料の有益性

 今、アメリカをはじめとする欧米では、肥満が大きな社会問題となっています。一方の日本は世界的に見ると、圧倒的に肥満者が少ない国です。OECD(経済協力開発機構)のデータによると、BMI30以上で肥満に分類される人の割合は、アメリカが38.2%、オーストラリアが27.9.%、ドイツが23.6%などとなっているのに比べて、日本は3.7%です*13 。私は国際学会などで海外の研究者たちと話す機会がありますが、「なぜ日本人はそんなに肥満が少ないのか」と羨望の質問をよく投げかけられます。そんな時は、「砂糖が入っていない飲料をよく飲むことが一因でしょう」と答えています。
 海外、特に欧米では、食中・食間を問わず、砂糖入り飲料=SSB(Sugar Sweetened Beverage)を良く飲みます。この日常的なSSBの摂取が、肥満の大きな要因になっていることは確かでしょう。一方日本では、食事にあわせる飲み物は緑茶が多く、休憩時などにもお茶をよく飲む習慣が根付いています。図3は、年代別に非アルコール性嗜好飲料の平均摂取量をみたデータですが、どの年代でも、一番よく飲んでいるのはお茶であることがわかります。特に高齢者になると、お茶が占める割合は高くなる傾向があります。

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 日本人の私たちからすると、食事中や休憩時にお茶を飲むことは当たり前の習慣ですが、実はこれが肥満防止につながる重要なポイントだというわけです。「最近の若い人は急須で淹れたお茶を飲まなくなった」などと言われることもありますが、図3を見ると、20〜40代も結構お茶を飲んでいることがわかります。ペットボトルのお茶や、飲食店で無料提供されるお茶などで、やはり日常的に親しんでいるのでしょう。
 日本に根付いた緑茶文化は、自然とSSBの摂取を遠ざけ、肥満を予防する素晴らしいものです。「美味しくて食事に合う」「水とは違う満足度が得られる」といった面も、緑茶の素晴らしさといえるでしょう。

健康的な食事習慣を広く社会に普及させるために

 私が緑茶のデータを長年にわたり検証する中で興味を持ったのが、ポリフェノールの働きです。緑茶の健康効果には、ポリフェノールである茶カテキンが影響していることがわかっていますが、その詳しいメカニズムには未だ多くの不明点が残ります。そこで、自然が生み出した成分であるポリフェノールの可能性について、より深い検証を重ねたいと考えるようになりました。現在、非常にたくさんの種類があるポリフェノールについて、データベースの作成を進めています。今後は、コホート研究において、各種ポリフェノールの摂取量を推定したり、血中の各種ポリフェノール濃度を測定したりして、健康への影響を解明していきたいと思っています。
 また、JPHC Studyのエビデンスなどが集まり、健康的な食事習慣について科学的な解明が進んだ今、その内容をわかりやすく社会に発信し、普及させる活動に力を入れたいと考えています。その際に留意したいのが、社会・経済的弱者の方々が置かれている状況です。現代社会を見ていると、健康意識が高くどんどん健康になる富裕層と、健康を意識する余裕がなく身体を壊してしまう貧困層の二極化が進んでいるのではないかと案じられるのです。こういった健康格差を解消すべく、わかりやすく取り入れやすい食事習慣を、誰一人取り残すことなく普及していくことが理想的です。身近で価格も高くない緑茶を飲むことは、誰もが日常的に取り入れやすい方法の1つだと思います。
 さまざまな情報が溢れる現代社会では、「これを食べれば健康になる」といった安易な発信もよく見かけます。しかし、健康的な食事の基本は、いろいろな食品をバランスよく食べることに他なりません。保健師や栄養士といった人々に食事指導をする立場の方々には、誤った情報に流されず、科学的エビデンスがしっかり確立した食事習慣を、自分の目で見極められるようになっていただきたいと思います。そして確かな情報を元に、周りの人々の食事指導を行ってください。緑茶飲用が健康増進に役立つことは、科学的にも解明されつつあることですので、ぜひ食事指導の一環に取り入れていただければ幸いです。

  • * 1・2 詳細や成果については、下記ホームページに掲載。
    JPHC Study:https://epi.ncc.go.jp/jphc/index.html
    JPHC NEXT:https://epi.ncc.go.jp/jphcnext/index.html
  • * 3 疫学研究において、調査対象の因子以外で、結果に影響を与える因子のこと。
  • * 4 Saito E. et al. Ann Epidemiol. 25(7), 512, 2015.
  • * 5 Kokubo Y. et al. Stroke. 44(5), 1369, 2013.
  • * 6 Sasazuki S. et al. Cancer Causes Control. 15(5), 483, 2004.
  • * 7 Kurahashi, N. et al. Am J Epidemiol. 167(1), 71, 2008.
  • * 8 複数の研究の元データを合算し、共通のルールに則って再解析する方法。
  • * 9 Inoue M. et al. GUT. 58(10), 1323, 2009.
  • * 10 Shin S. et al. Int J Epidemiol. 51(2), 626, 2022.
  • * 11 複数の論文の結果を統合解析する方法。
  • * 12 Abe SK. et al. Eur J Clin Nutr. 75(6), 865, 2021.
  • * 13 OECD Obesity Update 2017(https://www.oecd.org/els/health-systems/Obesity-Update-2017.pdf)
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