映画にみるヘルスケア 第51回

「家へ帰ろう」
(P・ソラルス監督、17年、スペイン・アルゼンチン)

「残りの人生と向き合いたい。背広を故郷ポーランドに届けるんだ」
  閉塞性動脈硬化症の偏屈ジイサン、旅路の優しい女達のお陰で“命の恩人”と再会!

映画・健康エッセイスト 小守 ケイ

 ブエノスアイレスの秋。娘4人に財産を譲った88歳のユダヤ人仕立て屋アブラハム、家を売られ老人施設に入れられる前日。「パパ、脚は?」。益々悪化してきた右脚の切断も勧められる中、使用人が、彼が最後に仕立てた“青い背広”を見せると、一瞬、遠い目をした彼は「一人でこの家と別れを惜しみたい。明朝、迎えに来てくれ」。

「今夜の欧州便を! 帰国便は要らない」

 娘達が去るや急ぎ“青い背広”を手に旅支度した彼。口にし難い祖国“ポーランド”と書いた紙を旧友の孫娘に見せ、マドリード便と列車を予約して貰う。

 マドリードではパリ行き列車まで安ホテルで一休み。黒ずみ、上がらない右脚を両手で持ち上げ、横たわる。「大変! 乗り遅れたわよ」。呼びに来た女主人は腕のナチス刻印から迫害を悟り、夕食を奢るが、外出中に部屋に泥棒が入り、彼は無一文に!翌朝、女主人に「実は当地にも娘が。でも会えない・・」と娘との確執を明かすと、「仲直りの良い機会よ!」。彼は渋々、娘を訪れ借金し、パリ行き夜行列車に。

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「ドイツ人は今、恥じてるの。力になりたいわ」

 夜行での仮眠中、“1945年”が蘇る――家族全員がナチスに殺され、骨と皮の18歳の彼が右脚を引きずり実家の仕立て屋に帰るも、父の使用人に「もうお前の家じゃない!」と拒まれ、その息子ピオトレックが地下室で一人で必死に介抱してくれた・・。
 「ドイツを通らずワルシャワへ? 無理です」。朝のパリ駅案内所。嘲笑され切符を投げ捨てると、通り掛りの女性が拾ってイデッシュ語*1 で「貴方のよ」。彼は頬を緩めたが、ドイツ人文化人類学者と聞いてムカッとする!

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 「アンタの国を一歩も踏まない乗換法を!」。仕方なく乗ったドイツ乗換列車。彼を気遣う女性学者は自分の服をホームに敷き、その上を歩かせ、別れ際には固く抱き合った。だが、次のワルシャワ行きはドイツ人だらけ! 彼はナチスの幻影で胸痛に襲われ、倒れて意識を失った・・。
 「ここはワルシャワの病院よ。右脚は切断せず治療を続けることに」。担当看護婦の温かな言葉。彼は思わず「治ったら、実家に連れて行ってくれないか・・」。

映画の見所

 郷里の街。看護婦の押す車椅子で実家を探すがピオトレックの姿は無い。諦めかけた時、窓越しに老仕立て屋が! 70年ぶりの再会。約束の“青い背広”を渡すと「アブラハム、さあ家に帰ろう・・」。
 ホロコーストを題材に人生の総決算に挑む老人をユーモアも交えて温かに描く感涙のロードムービー。名優M・A・ソラが頑固だが愛嬌ある魅力的な老人を演じ、8つの国際映画祭で観客賞受賞!

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収容所時代の古傷に加え閉塞性動脈硬化症が進行

【監修】 公益財団法人結核予防会 理事 総合健診推進センター 所長 宮崎 滋
 閉塞性動脈硬化症とは、末梢動脈の内側にコレステロール等が沈着しプラークを形成し、徐々に血管腔を狭め血流が途絶する疾患で、特に下肢の動脈に多く見られます。50歳以上の男性に起こりやすく、基礎疾患に糖尿病や、高血圧、脂質異常症、肥満等があり、多くは喫煙者です。狭心症や心筋梗塞などの心血管疾患、或いは、脳梗塞などの脳血管疾患の合併がそれぞれ5人に一人はみられるため予後は不良で、重症者の半数は2年以内に亡くなります。
 初期症状は、血行不良による下肢の冷感、紫色変色や、歩行時に痛みを生じ長時間歩けない間欠性跛行などです。進行を予防するには運動が奨められ、食事療法を併行して行い、血糖、血圧、脂質を改善させます。喫煙者は禁煙が必須です。動脈の狭窄が進み症状が悪化すると、カテーテル治療やバイパス手術が行われますが、重症の場合下肢の切断を行わなければなりません。

  • * 1 東欧ユダヤ人の間で話される伝統的な言語
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