「小さな命が呼ぶとき」
(トム・ヴォーン監督、10年、アメリカ)
映画・健康エッセイスト 小守 ケイ
「パパ、有難う!」。今世紀初頭の米国。“若き管理職”ジョンが贈物を手に娘の8歳の誕生日会へ。娘は大勢の友達や母、長男、6歳の二男に囲まれご機嫌だが、娘と二男は生来のポンぺ病で“9年の命”のため、彼は必死に治療法を探す。「ネブラスカ大教授ストーンヒル博士? 酵素研究の先駆者?」。だが、翌朝、娘が緊急入院!「心臓マッサージも反応無い」。しかし、なんとか持ち直した・・。

「先生の理論で薬を! 経費は持つ」。翌週、彼は遠路ネブラスカへ。博士は「奇跡を追うな! 子供達と一緒に過ごせ」と諭すも、薄給の大学教員の身、「実験費だけで50万$」と口を滑らすと、彼は即、「OK! 分割でも必ず!」。
翌月、博士がジョン宅を初訪問。娘が車椅子で疾走してみせる中、彼は家族を紹介。約束の“実験費の初回分”10万$弱の小切手を渡すと、博士は彼の真剣さを認め、“ベンチャー設立”を提案。「成功すれば病気に効く酵素が出来る」。
早速、彼は高給の会社を辞めてベンチャーを興す。だが、共同作業が苦手な博士は、研究員の異論に対し“個人攻撃“と怒っては揉め、研究が進まない! 焦るジョン、「資金が潤沢な製薬大手Z社に“身売り”しよう!」。
「理論は立派だが創薬実績が無い」。Z社へのプレゼン。博士はカチンと来るも「私は“理論屋”。だから御社と組みたい」と無難に応じ、契約成立! 創薬研究は誰の酵素かを伏せた色別4チームの“競争体制”で始まった。
その頃、ジョンの子供達の診断は「心臓肥大が深刻。娘はあと1年、二男はあと1年以下」。彼は社内で“患者親子の会”を催し窮状を訴え、社長に4チーム“協力体制”を呑ませたが、“トラブルメーカー”の博士はリーダーを外された・・。
「出てけッ!」。その後、4つの酵素の研究結果が出た朝、彼は博士に判定を頼むが拒否される。しかし深夜、「緑だ! 私の酵素じゃないが・・」。彼は感涙! だが、Z社方針は“対象は幼児だけ”。絶望し、緑の酵素を盗みに研究室へ! 警備員に銃を向けられた時、博士が現れ、「私が頼んだ」。その上、“同胞研究* ”の提案も! 「君の為じゃない。お子さん達の為だ」。

「“社員の子に投薬”は利益相反。悪いが解雇だ!」。ジョンのZ社退職後、娘と二男は晴れて緑チームの薬を投与され、元気に! 見舞う博士は破顔一笑、「薬が効いた!」。そして後年、博士の理論の正当性も証明された・・。
薬開発の実話に感動した名優H・フォードの製作&主演(博士)作。ジョン役は「レンタル・ファミリー」(日本で撮影、26年公開)で“売れない俳優”を演じたオスカー俳優B・フレイザー。不屈な男2人の人間ドラマ!
【監修】 公益財団法人結核予防会 理事 総合健診推進センター 所長 宮崎 滋
ポンペ病とは全身の筋肉が萎縮する常染色体潜性(劣性)の遺伝性疾患です。発症の原因は、エネルギー源であるグリコーゲンを分解しブドウ糖に変える酵素が、先天的に欠損し細胞内にグリコーゲンがたまる為です。日本での罹患率は約20万人に一人で、難病に指定されています。
幼児型は進行が速く、2歳前後で死亡しますが、小児型は手足の筋力が徐々に低下し歩行困難になる為、車椅子生活になります。患児は、グリコーゲンが心筋に蓄積すると心肥大や心不全を起こし、呼吸筋に及ぶと呼吸困難から気管切開が必要になり、10歳前後で死亡します。
治療法は酵素補充療法です。2週間に1回の点滴で、筋力が改善し生命予後も改善しますが、車椅子生活は免れません。治療薬は日本では2007年に認可されました。