映画にみるヘルスケア 第54回

「ぼくたちの家族」
(石井裕也監督、14年、日本)

「1週間、何とか乗り切った! これからのことも俺らで考えよう」
  母の悪性リンパ腫を機に固く団結! “真の家族”になった若菜家

映画・健康エッセイスト 小守 ケイ

 東京近郊の冬。若菜玲子は零細企業社長の妻で、2人の息子―新婚の長男、浩介は頼りになる会社員、二男の俊平は時に小遣いをせびるチャラい大学生―の母。「何の話だっけ?」。或る日、旧友とのお喋りで話題を忘れ、帰宅後もコートのまま座り込む。「居たのか! 電灯も点けずに」。夫の克明の帰宅で慌てて夕食準備を始めると、浩介から“妻の深雪が妊娠”の報!「嬉しいわ~」。

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“余命1週間の脳腫瘍”の母、息子に「貴方、どなた?」

 「初孫ですね!」。浩介夫婦と両家父母のお祝い食事会。和気藹藹の中、玲子はブツブツ独り言。深雪の名を“ミチル”と誤り、浩介に注意されると奇声をあげて顰蹙を買う。父は帰路、浩介に「明日、病院へ」と告げた。
 翌日、頭部CTで“多発性脳腫瘍”と診断された玲子、“認知異常は症状”と説明され、検査のため入院へ。浩介が医師に治療法を尋ねると、「治療は不可能。1週間がヤマ」。父は取り乱し、浩介は弟に電話!「俊平、すぐ来い!」。
 その夜の病室。玲子は俊平には「良く来たね」だが、浩介は判らず、近づくと怯えて身を引く! 父子3人、絶句し立ち尽くすも、今は治療費を工面して助けるしかない。“会社と自宅に借金6500万円”の父、病室隅で浩介に「スマン! 入院費を・・」。さらに翌日、実家に荷物整理に寄った俊平が玲子のサラ金カードを発見!「兄貴、オフクロも借金300万だ!」。家族の現実に直面した兄弟、「何とか俺らで!」。

「脳原発の中枢神経性悪性リンパ腫かも・・」

 余命宣告から4日目の朝、玲子が夜中に騒ぎ、退院を迫られる。止むを得ず兄弟は紹介状とカルテ、CT写真を貰うが、母に残された時間は少ない。兄は仕事の傍ら病院検索、弟はその情報に沿って各病院へ!「俊平、頼むぞ!」。

 5日目、6軒目の病院。「君、今から都心に行ける?」。俊平は、診断を疑い悪性リンパ腫の可能性を抱く医師に、専門医のいる病院を紹介される! 担当の女医に入院許可を貰うと、兄に報告!「俊平、有難う! まだ間に合うな」。
 その後、転院した玲子は側頭部に針を刺されて生検術へ。「悪性リンパ腫で治療の余地あります」。喜ぶ父子! 嬉し涙の浩介も「俊平が居て良かったって初めて思った・・」。

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映画の見所

 1か月後の桜が満開の頃、外資系への転職で借金返済に目途をつけた浩介、大学をやめて父の会社を手伝う俊平、父、深雪の見舞い。玲子は深雪の腹の子に優しく話しかける。「おばあちゃんよ!」。
 誰もが自分の家族を想い共感するリアルな家族ドラマ。原田美枝子(母)、長塚京三(父)、妻夫木聡(長男)の名演に加え、池松壮亮(二男)の“若者独特の空気感”ある演技が秀逸だ!「舟を編む」の石井裕也作。

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正確な診断が治療の決め手

【監修】 公益財団法人結核予防会 理事 総合健診推進センター 所長 宮崎 滋
 脳や脊髄などに発生する中枢神経性原発悪性リンパ腫は、全脳腫瘍の2~6%を占め、症状には頭痛、嘔吐等の頭蓋内圧亢進症状や痙攣発作等に加え、記憶障害、注意障害等の認知機能低下や、失語、麻痺等の神経・精神症状が多く見られます。多発性の場合は転移性脳腫瘍等との鑑別が困難なため、診断には定位脳腫瘍生検術* を行い、病理検査で確定します。
 治療法はリンパ腫の存在が中枢神経だけか全身性かで異なるため、治療前に全身の検索が必要です。理由は、血液と脳との間には脳を有害物質から守るバリアがあるためで、リンパ腫が脳だけであれば、治療にはバリアを通過する薬が選択されます。通常、化学療法終了後に放射線照射が行われます。
 現在、5年生存率は30~50%とされていますが、治療法の進歩による改善が期待されています。

  • *  定位脳腫瘍生検術:頭蓋骨に穴を開け、ごく一部の脳腫瘍を採取する手術法。
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