巻頭インタビュー

和歌山県北山村における高血圧改善の取り組み

2021年12月に日本高血圧学会の「高血圧ゼロのまちづくりモデルタウン*1 」に承認された和歌山県北山村は、22年から「高血圧ゼロのまちプロジェクト*2 」をスタート。NPO法人ヘルスプロモーション研究センターなどと連携し、高血圧対策を軸とした健康増進事業を展開してきました。同プロジェクトの成果発表が行われた「福祉のげんき祭り‼︎(2023年12月10日に北山村で開催)」を訪ね、取り組み内容と成果について有田幹雄氏と栗栖陽菜氏に伺いました。

有田 幹雄 Arita Mikio

栗栖 陽菜 Kurisu Haruna

高血圧ゼロを目指す自治体の取り組み

有田:私は2010年代初めから和歌山県下の複数の農業地域において定期的に動脈硬化健診*3 を行い、高血圧(収縮期血圧140mmHg以上)をはじめとする循環器疾患や生活習慣病の予防研究に取り組んできました。高血圧は多くの場合、無症状であるために軽視され治療を受けていない方も多くみられますが、高血圧だと心臓病や脳卒中などの循環器系疾患の罹患が3倍以上多いことが知られています。また和歌山県は高血圧の割合が全国と比較して全年代で高く、心疾患と脳血管疾患を併せた循環器系疾患での死亡割合はがんによる死亡と同様に高くなっています*4 。動脈硬化健診で早期の動脈硬化の危険因子や動脈硬化の程度を調べることにより、疾患の発症や進行のリスクを抑えることができます。
 自治体と連携した取り組みは、2011年にみなべ町で始まりました。みなべ町は同規模の町村に比べて1人あたりの医療費が安いことに注目し、健診データを分析して生活習慣改善に活かす研究に取り組み始めたのです。その後、かつらぎ町、高野町でも同様の取り組みを行い、北山村では2016年から動脈硬化健診を2年に1回行っています。
 こうした研究を続けるなかで、高野町が2019年に「高血圧ゼロのまちづくりモデルタウン」に承認され、「高血圧ゼロのまちプロジェクト」をスタートしました。高野町では年1回の動脈硬化健診の推進、血圧測定の習慣化、健康教育の実施などに取り組んでいます。次いで北山村が21年12月にモデルタウンに承認され、22年1月から「高血圧ゼロのまちプロジェクト」を開始しました。
栗栖:私は2021年4月に、保健師として北山村に着任しました。大学時代に北山村で保健師の研修をした際に、指導してくださった保健師と住民の方々との関わりに、小さな村だからこそのつながりの強さや信頼関係を感じました。また山間部の小さな村だからこそいろいろなことができるのではないかと思い、北山村の保健師になりました。「高血圧ゼロのまちプロジェクト」に関しては、21年11月の高野町への視察に始まり、約2年間継続的に事業に携わってきました。
 和歌山県で唯一の村である北山村は、人口410人で世帯数は257世帯、高齢化率は43.7%(22年6月末時点)で、少子高齢化と過疎化が進んでいます。かつては林業とその木材を筏に組み北山川を流す筏師の村として栄えましたが、現在の主要産業は観光筏下りと特産の柑橘類「じゃばら」の栽培や加工です。村民の健康状態を医療費の面からみると、国民健康保険では糖尿病と高血圧症が多く(19年度)、後期高齢者医療では高血圧性疾患が12.6%と最も多く、次が腎不全(11.6%)で、循環器系疾患が全体の23%を占めています(20年度)。また特定健診では女性のHbA1c*5 の有所見者が7割を超え、収縮期血圧は男女ともに県平均よりかなり高く(19年度)、後期高齢者健診では血圧、脂質が同規模の自治体と比べて高く、半数近くが高血圧です(21年度)。健康課題としては、塩分の多い食生活、運動習慣がないこと、健康情報に触れる機会の少なさや偏りが挙げられます。
 こうした状況を受け、北山村における「高血圧ゼロのまちプロジェクト」の1年目は、①家庭での血圧測定、②小中学生への健康教育、③健診を利用した健康状態の把握、④健康づくり教室への参加の4項目を柱としました。実施にあたっては、村で唯一の医療機関である診療所をはじめ、NPO法人ヘルスプロモーション研究センターや大学などの専門家、地域の小中学校と連携しています(図1)。また家族ぐるみで取り組んでいただけるように、事業対象者を小学5年生以上としました。

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1年目:家庭血圧の測定と健康教育の実施

有田:血圧の測定に関しては、健診時の計測だけでなく、家庭血圧を重視しています。血圧は体調や時間帯などによって変動します。健診時など医療環境下で測定すると低いものの家庭などでは高血圧を示す「仮面高血圧」や、医療環境下で測定すると緊張から高血圧を示すものの家庭などでは正常血圧を示す「白衣高血圧」などもあります。「仮面高血圧」の方の心血管疾患の発症リスクは通常の高血圧と同程度もしくはそれ以上といわれています。こうしたことから、正確な血圧情報を得るために、毎日朝と夜に測定する家庭での血圧測定が重要なのです。
栗栖:家庭での血圧測定を習慣づけるために、事業開始後に村民と村内就業者を対象に血圧計を貸し出し、2週間にわたって家庭で血圧測定をしていただきました。測定結果は配布した記録用紙に記入・提出していただき、分析結果をお返しします。また家庭での血圧測定に際し、小学5・6年生と中学生を対象に「血圧ってなんだろう」というテーマで健康教育を実施しました。子どもが学んだことを家族に伝えたり、家族と子どもが毎日一緒に血圧を測定したりすることで、家庭内で健康に関する会話が生まれることを目標としたものです。
有田:北山村の特定健診受診率は57.7%(20年度)で、県下で一番高いのです。なぜなら村の役場の人が各戸をまわって会場まで連れてきてくれるからで、人口が少ない村ならではといえます。2年に1回行われる動脈硬化健診を受けるのは130人ほどで、動脈硬化に関する検査に加え、筋肉量測定や認知機能検査などを行い、検査結果に基づく助言を行っています。
栗栖:本日開催の「福祉のげんき祭り‼︎」においても、有田先生による健康相談を実施しました。動脈硬化健診の結果について、医師など専門家に気軽に相談できるよう、フォロー体制を充実させています。動脈硬化健診以外の特定健診などについては、保健師が全員分の結果を見て、気になる方については訪問して説明しています。健康づくり教室に関しては、血圧の基本知識のほか、酢や減塩味噌を活用する減塩教育などを行いました。
有田:和歌山は醤油・味噌の発祥地でもあり、高血圧の原因となる塩分の多い食文化が根付いています。食文化と病気は密接に関連しており、だからこそ生活習慣病改善には食を見直すことが重要です。しかしながら食生活は文化ですから、高血圧の方に「食生活を見直して減塩しましょう」と言っても、なかなか変わりません。若い子育て世代に健康教育を行い、子どもの食生活から変えていくことが必要です。
栗栖:高血圧や慢性腎臓病の重症化を予防するための塩分量は1日6g未満ですが、北山村の推定塩分摂取量をみると93.8%以上の方が6g以上を摂取しています。土地柄としても、スーパーマーケットまで車で40分ほどかかることもあり、保存食文化が根強く残っています。減塩に関する正しい知識と工夫を学ぶ機会が必要です。

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第2期:高血圧+内臓脂肪の改善に取り組む

栗栖:こうしたプロジェクト1年目の取り組みにより、普段の生活でも血圧に意識が向くようになり、毎日血圧を測ったり減塩味噌を買ったりと行動にも変化が見られるようになりました。そこで2年目となる23年は血圧に加えて内臓脂肪の改善にも取り組むこととし、花王株式会社の協力を得て、2月から6月にかけて4回にわたって健康イベント・健康測定会を実施しました。毎回血圧と内臓脂肪、体脂肪を測定し、2月は「食習慣を見直そう」、4月は「春だ! 体を動かそう」、5月は「睡眠、休息」をテーマにイベントを開催しました。イベントでは、医師や専門家による講演や、生活習慣改善に向けた機能性食品の活用法などが示されました。
有田:4回にわたって血圧と内臓脂肪、体脂肪を計測したところ、血圧、内臓脂肪、体脂肪ともに有意に改善されました(図2、図3)。血圧については、受診当日の血圧と家庭血圧の両方が下がりました。内臓脂肪が下がることと血圧が下がることには相関関係がありますから、内臓脂肪が多い人は血圧も下がったということです。

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 全4回の健康イベント・健康測定会に参加したのは46人です。参加者のアンケートによると、90%以上の人が「勉強になった」「学んだことを生活に取り入れたい」と回答しており、非常に満足感が高いのが特徴です。
栗栖:本日の「福祉のげんき祭り‼︎」で、村民のみなさんに全4回の測定結果の発表を行い、取り組みの成果がしっかりと出たことを報告しました。私も全4回の健康イベント・健康測定会に参加した1人ですが、これほど改善されるとは予想していませんでした。参加した皆さんが健康イベント・健康測定会を通して学んだ知識を生活に取り入れたことが、体重が落ちて内臓脂肪が減り、さらに血圧も下がるという良い効果につながったのではないかと思います。

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専門職の連携が地域の健康を支える

栗栖:「高血圧ゼロのまちプロジェクト」の約2年間の取り組みにより高まった健康意識を維持するためにも、健診のフォローや健康教育を継続していきたいと考えています。今回のプロジェクトは、大学やNPOなど村外の機関との連携により健康教育の質が向上し、住民の皆さんが健康への関心を深めることにつながりました。プロジェクトを通して生まれた村外の方との関係性が、今後も北山村の健康増進の力になってくれると考えています。
有田:今後も北山村唯一の医療機関である診療所との連携をより一層深めつつ、高血圧の改善や生活習慣病予防に取り組んでいきたいと考えています。自治体と連携した健康増進の取り組みを進めていて感じるのは、私たち医師ができることには限りがあるということです。看護師をはじめとするコメディカルスタッフや、保健師、栄養士といった専門職が一人ひとり自立して、住民の健康のために何ができるか考え努力することが、地域の健康増進を支えているのです。
栗栖:私たち保健師の目標は、村民の皆さんに住み慣れた北山村でいつまでも健康で暮らしていただくことです。この目標を達成するためには、保健師だけではなく、診療所の医師や看護師、介護を担う社会福祉協議会の皆さん、理学療法士、保育所の先生といった方々と協力し、情報を共有していくことが大切だと考えています。北山村では23年4月から、診療所の看護師が村内を全戸訪問して、レスキューポット*6 という救急情報用紙を入れた筒を確認しています。

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 看護師は全戸訪問で情報を更新しながら健康相談に乗り、気になる人がいたら保健師や福祉につないだり、医師に相談したりしています。戸別訪問をきっかけに健診を受ける人もいて、村民の健康状態を把握する良いきっかけになっています。今後も健康づくりに携わる職種がチームとして情報を共有し、皆で村の健康増進に取り組んでいけたらと思っています。

着衣のまま内臓脂肪を測定できる「モニタリングヘルス」

  • * 1 日本高血圧学会が2019年7月に開始した「高血圧ゼロのまちづくりモデルタウン」には、2023年4月時点で全国17自治体が承認されている。
  • * 2 https://www.vill.kitayama.wakayama.jp/jumin/2024-0408-0832-20.html
  • * 3 動脈硬化健診では、血液検査や血圧の計測、心電図やABI検査(足関節上腕血圧比)、PWV検査(脈波伝播速度)、頚動脈エコー検査などを行う。
  • * 4 https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/041200/h_kenkou/d00154225_d/fil/1_2_genjo.pdf
  • * 5 糖化ヘモグロビンがどのくらいの割合で存在しているかを%で表したもので、HbA1c値が6.5%以上の場合には糖尿病と診断される。
  • * 6 緊急連絡先、かかりつけ医、薬の服用情報等を記入した救急情報用紙を入れるプラスチックの筒。玄関などに置いておくことにより、救急活動が迅速かつ的確に行われる。
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