研究・健康レポート2

愛知県豊田市における官民連携の介護予防事業

愛知県豊田市では、ソーシャル・インパクト・ボンドという新しい仕組みを活用して、高齢者に向けた官民連携の大規模な介護予防プロジェクトを展開しています。
介護予防に力を入れる背景、民間事業者が多数参画するプロジェクトの詳細、今後の可能性などについて、市役所で企画政策に携わる播磨有希子氏に伺いました。

播磨 有希子 Harima Yukiko

先進的な仕組みを活用した新しい挑戦

 自動車産業が盛んで、「クルマのまち」「ものづくりのまち」として発展してきた豊田市。市の人口は416,146人(2024年1月1日現在)で、20代後半から50代の働き盛りの男性が多いという特徴があります。現状の高齢化率は24.7%(同)と全国平均より低いのですが、高度経済成長期に市に流入してきた団塊の世代の方たちが後期高齢者となる時期にさしかかり、今後は全国や県内の他市と比べて急速に後期高齢者数が増加することが見込まれています。
 豊田市の総合計画では、来たる超高齢社会への適応を重点政策の一つに掲げ、高齢者が社会と関わりを持ちながら健やかに暮らしていけるまちづくりを目指してきました。ところが新型コロナウイルス感染症の流行により市の職員が予防接種や感染者対応に追われ、介護予防まで手が回らない状況が訪れます。さらに長引くコロナ禍によって高齢者が外出したり社会参加したりする機会が激減し、将来的に要介護になるリスクが急上昇してしまいました。
 そこで豊田市では、従来の手法に捉われずに民間事業者のノウハウやアイデアを積極的に活用して介護予防に取り組もうと考え、ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)という手法を導入することにしました(図1)。

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 SIBとは、行政・民間事業者・資金提供者等が連携して社会課題を解決する新しい官民連携の仕組みで、従来は行政が担ってきた公共性の高い事業を民間の取りまとめ組織*1 に委ねること、資金を民間から募ること、成果に応じた報酬を行政が後払いすることが特徴です。期間は2021年7月から2026年6月までの5年間で、予算は5億円規模。これだけ規模が大きいSIB事業に自治体が取り組むのは過去に例がないことで、市役所内からは不安の声もありましたが、挑戦の心で事業を推進してきました。

多彩なプログラムで高齢者の社会参加を促進

 豊田市が取り組むSIB事業の名称は「ずっと元気!プロジェクト」。さまざまな民間事業者の方に参画いただき、高齢者を対象とした多彩な社会参加プログラムを提供していただくものです。参加人数の目標は年間5,000人、5年間で延べ25,000人です。
 いざプロジェクトを始めると、豊田市内の企業やNPOはもちろん、全国で事業を展開する企業にもご参加いただいたことは、うれしい驚きでした。提供プログラムも運動系にとどまらず、ピアノや歌のレッスン、ゲームや手芸などの趣味を楽しむ集い、スマートフォンやパソコン教室、短時間でできる仕事紹介など、多彩な内容が集まりました。コロナ禍の実情を踏まえ、オンラインで参加できるプログラムも盛り込まれました。2023年11月末時点で、50以上の民間事業者により60以上のプログラムが提供されており、参加事業者数、プログラム数ともに増え続けています。
 なお、本プロジェクトの狙いは、普段あまり出かけない方や健康無関心層も巻き込み、社会参加の機会を増やすことです。そこで、新聞の折り込み広告、地域の回覧板といったアナログながら目に触れやすい方法で周知活動を行いました。1年目の参加者数は約2,600人にとどまりましたが、2年目は約5,800人が参加し、目標としていた5,000人を上回りました。また、年に3回ほど体験イベントも開催しており、入場無料、出入自由、事前申し込み不要で、約20のプログラムを楽しくお試しいただいています(写真1)。
 現在、5年間の事業の折り返し地点を迎えたところですが、どのプログラムにも固定ファンがついて盛り上がりを見せています。さまざまなジャンルがあるからこそ、幅広い層の高齢者が参加してくださっているのだと感じています(写真2、3)。

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官民連携により生まれた無限の可能性

 「ずっと元気! プロジェクト」に参画いただいている企業の一つに花王株式会社があり、「歩行力改善プログラム」を提供していただいています。多数のプログラムの中でも人気は指折りで、これまでに600名以上の高齢者が参加しています。特長は、歩行力測定会で自身の歩行速度や歩行の質を詳しく解析してもらえる点や、専用の歩行計「ホコタッチ®」をつけて生活する中で自然と歩数や歩行速度に気をつけるようになる点。参加者は意欲的に取り組み、「プログラムを通じてよく歩くようになった」という声が聞かれます。なお、この盛況ぶりの背景には、地元企業との協力体制があります。豊田市で市民交流・地域活性化事業を展開する株式会社こいけやクリエイトが、豊田市駅前広場での参加呼びかけ、参加者との定期的なやりとりなどを担い、気軽に楽しく参加できる雰囲気をつくっているのです。全国的なヘルスケア企業と地元に根付いた企業が協働することで、波及的な健康づくりの効果が生まれています。
 今回、たくさんの民間事業者の方と協働してプロジェクトを進めることで、行政だけでは成し得なかった“選べて楽しいプログラム”を高齢者の方に提供することができました。SIB事業自体は2026年6月で終了となりますが、このプロジェクトを通じてできた多くの方との繋がりを大切にして、今後も健康づくりの輪を広げてまいります。介護予防の取り組みはすぐに成果が表れるものではありませんので、ご参加いただいた高齢者の方々には社会参加を習慣づけていただいて、事業終了後も社会参加やコミュニケーションの機会を持ち続けていただけたらと思います。
 最後になりますが、豊田市は引き続き多くの皆様にお力添えいただきながら、地域の健康づくりに取り組んでまいります。

  • * 1 豊田市のSIB事業の取りまとめは「合同会社Next Rise ソーシャルインパクト推進機構」が担当。
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