研究・健康レポート2

「肌の老化に関わる糖化と生活習慣予防」

肌の老化をはじめさまざまな健康リスクを高める原因として、AGEs(Advanced Glycation End Products:終末糖化産物)が注目されています。AGEs研究の第一人者である山岸昌一氏に、AGEs生成のメカニズムや健康への影響、さらにAGEsの体内への蓄積を抑える生活習慣についてお話しいただきました。

山岸 昌一 Yamagishi Sho-ichi

昭和大学医学部 内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌内科学部門 教授

1989年金沢大学医学部卒業。同大学医学部講師、米国留学等を経て、2008年より久留米大学医学部教授。2019年より現職。AGEsの研究で米国心臓協会最優秀賞、日本糖尿病学会学会賞、日本抗加齢医学会学会賞などを受賞。総合内科専門医、糖尿病学会専門医、循環器学会専門医、高血圧学会専門医。医学博士。

老化や疾患のリスクを高めるAGEs

 糖とタンパク質が熱によって結合すると、AGEs(Advanced Glycation End Products:終末糖化産物)という物質がつくられます。この現象を糖化反応(メイラード反応)といいます。メイラード反応は1912年に発見され、食品を加熱するとこんがりと焼き色がつくといった、食品加工や調理における現象として知られてきました。ヒトの36〜37℃程度の体温でも糖化反応が起きAGEsが生成されることがわかったのは、今から約40年前のことです。人体での糖化は体温の熱が関わることから「体がこげる」反応ともいわれ、肌や髪、骨など全身の老化を進行させ、糖尿病やがんなどさまざまな疾患リスクを高めます(図1)。

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 私がAGEsの研究に取り組むきっかけは、診療を行う中で「糖尿病の患者さんでは、老化が促進しているかもしれない」と考えたからです。私が医師になった35年前は、現在に比べ糖尿病の患者数はそう多くはありませんでした。教科書にも「糖尿病になると血管に障害が起き、網膜症から失明に至ったり、心筋梗塞や透析になる」といった記載はありましたが、それ以外の合併症に関してはほとんど記載されていませんでした。また、血管障害の原因に本当に高血糖が関わっているかどうかについても科学的な証拠(エビデンス)はなかったのです。そんな中、私は、糖尿病患者で病歴が長い方にがんや認知症が出てくること、骨がもろくて骨折する人が現れてくることに気がついたわけです。「なぜだろう」と思い、研究をスタートさせました。まず、糖尿病に特徴的な網膜症に関して、牛の眼から採取した周皮細胞*1 を高血糖状態におく実験から始めました。すると、不思議なことに障害を受けるはずの周皮細胞はすぐには死滅せず、高血糖状態が10日ほど続かないと死滅しないことがわかりました。この実験により、血管障害の原因が高血糖であること、さらに障害には一定の時間がかかることがわかりました。この結果から私は、高血糖から一定の時間かけてつくられる物質があり、その物質が血管障害やがん、認知症、骨粗鬆症などの広範な老年病に関与しているのではないかと考えたわけです。そこで論文を調べ、その物質がAGEsではないかとの仮説をたて、周皮細胞にAGEsを投与すると、わずか1日で細胞が障害されることがわかりました。以来、30年以上にわたりAGEsの研究を続けています。

AGEs蓄積の仕組みとそれを防ぐ生活習慣

 人におけるAGEsの蓄積には、2つの経路―体内で作られる経路と、食事など体外から取り込まれる経路―が関わっています。前者は高血糖状態が続くと体内のタンパク質に余剰な糖が結びついてAGEsが生成されるもので、全体の約3分の2を占めます。後者は食材を炒める、焼く、揚げるなどで生成されたAGEsを摂取することなどによって起こります。体内に蓄積されたAGEsは、老化やそれに伴うさまざまな疾患の原因となります。オランダで行われた7万人以上を対象とした研究では、AGEsの蓄積が多いグループは、糖尿病や心臓病に3倍かかりやすく、死亡リスクが5倍で、寿命が短いことが明らかになっています*2 。肌に対する影響としては、皮膚を構成するタンパク質で最も量が多いコラーゲンと糖が結合することでAGEsが形成され、コラーゲンの弾力性が阻害されて、たるみやシワの原因となります。また、AGEsがメラノサイトを刺激することにより、シミもできてきます。AGEsが血管の機能を悪化させることで、肌のくすみなどにつながる可能性もあります。
 誰でも加齢に伴いAGEsは蓄積されますが、その度合いには個人差があります。私たちが全国約1万1000人を対象に皮膚のAGEs量と生活習慣の関係を調べた研究では、喫煙、運動不足、精神的ストレス、睡眠不足、朝食抜き、甘い物の食べ過ぎといった生活習慣のゆがみがAGEsの蓄積量を増すことがわかりました*3 。食事については、食後の高血糖を予防することと、食品からのAGEs摂取量をできるだけ減らすことが重要です。食物繊維を多く含む野菜から先によくかんで食べることや、緑茶など糖分を含まない飲み物をとることを心がけましょう。調理法としては高温で揚げたり焼いたりするとAGEsが多く発生するので、煮る・蒸すといった方法がおすすめです。また血糖値の上昇がゆるやかな低GI値食品*4 を選ぶこと、体内のAGEsの蓄積を抑えてくれるブロッコリースプラウトやマイタケなどを食事に取り入れることも効果的です。

AGEs対策でウェルエイジングを

 こうした研究結果を踏まえ、AGEsの蓄積を抑える食事法や生活習慣の普及啓発に力を入れています。表1に挙げた全てを実践するのは難しくても、「運動ならできる」「甘いものは食べなくていい」という方もいるでしょう。多くの選択肢から、それぞれのライフスタイルに応じてできることから実践し、少しでもAGEs蓄積を抑えていただければと考えています。

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 現在では、皮膚に光をあてることにより数十秒で体内のAGEs蓄積レベルを測定できる機器(AGEsリーダー)が開発されています。AGEsの蓄積度を測ることで、体の老化度や疾患リスクがわかり、生活習慣の改善を促す動機につながるでしょう*5
 私は10年ほど前から、体内に蓄積されたAGEsを取り除く医薬品の研究に取り組んできました。その結果、2017年にAGEsを無毒化し、体内へ排出する医薬品の開発に成功しました。まだ動物実験の段階ですが、動脈硬化や心臓病、がん、メタボリックシンドローム、腎臓病などに効果があることが確認されています。今後5年以内に、ヒトへの応用を目指したいと考えています。
 栄養士や保健師といった食事指導をする立場の方には、AGEsについてより一層知っていただきたいと思っています。2005年の米国栄養士学会誌には、アメリカ人がよく食べる約500種類の食品中のAGEs量が掲載されています。私もこれにならって日本人がよく食べる200品目の食べ物についてAGEs値を示したデータブックを作成しました*6 。ぜひ活用していただければと思います。AGEsの蓄積を抑えることで老化のスピードを緩やかにし、より良く年をとる「ウェルエイジング」をともに目指していきたいものです。

  • * 1 毛細血管などの内皮細胞を囲うように存在し、血管形成や毛細血管の構造維持等に関与する細胞、壁細胞とも呼ばれている。
  • * 2 van Waateringe RP. et al. Diabetologia. 62(2), 269, 2019.
  • * 3 Isami F. et al. J Int Med Res. 46(3), 1043, 2018.
  • * 4 GI値とは、グリセミック・インデックス(Glycemic Index)の略で、食後血糖値の上昇度を示す指数。GI値が高い食材を食べると血糖値が急上昇し、GI値が低い食材を食べると血糖値は緩やかに上昇する。
  • * 5 AGEリーダー導入施設(https://www.ages.jp/導入施設)
  • * 6 山岸昌一『数字でわかる老けない食事 AGEデータブック』万来舎、2019年 1-136ページ掲載
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