巻頭インタビュー

「アンチエイジングでいつまでも健康に」

老化を防ぐアンチエイジング医学は、加齢関連疾患の発症率を下げ健康長寿を目指す医学として注目されています。アンチエイジング研究の第一人者で、2025年大阪・関西万博において大阪パビリオン推進委員会委員・ヘルスケア先端予防医療ディレクターを務める山田秀和氏に、最新の研究成果や抗加齢に効果的な生活習慣について教えていただきました。

山田 秀和 Yamada Hidekazu

日本抗加齢医学会 理事長
近畿大学医学部 客員教授
自由が丘クリニック アンチエイジング外来/皮膚科

1981年近畿大学医学部卒業。1985年オーストリア政府給費生(ウィーン大学皮膚科、米国ベセスダNIH免疫学)。1989年近畿大学医学部皮膚科講師。1996年近畿大学在外研究員(ウィーン大学)。1999年近畿大学医学部奈良病院皮膚科助教授。2005年近畿大学医学部奈良病院皮膚科教授。2007年近畿大学アンチエイジングセンター創設者。2014年大阪公立大学皮膚科客員教授。2021年日本抗加齢医学会理事長。2022年近畿大学客員教授、自由が丘クリニック非常勤。2023年大阪大学大学院医学研究所招聘教授。

アンチエイジング研究に取り組むきっかけ

 私は近畿大学の皮膚科に入局後、ウィーン大学の皮膚科や米国ベセスダNIH免疫学教室に留学し、主に免疫細胞の基礎研究を行いました。その後、これまでの基礎研究を活かしたいと考え、1989年に大学病院に戻り、アトピー性皮膚炎の治療に取り組みました。当時はアトピー性皮膚炎の原因や治療法が確立していない状況で、患者さんの症状がなかなか改善せず、試行錯誤の日々を送りました。さらに1990年代前半はマスメディアにおいて治療薬のステロイド外用薬の副作用を過剰に報道する動きがあり、そうした番組が放映された翌日には、患者さんが「なんてひどい薬を出すんだ」と怒鳴り込んでくることもあり、外来が止まってしまうこともありました。また「断食をしたら肌の調子が良くなった」という患者さんや「絶食療法を試したら効いた」という患者さんが出てくるなど、当時では医学的なエビデンスがないと考えられていた現象に、私自身も何が正しいのか混乱し始めました。
 そうした中、2001年に日本抗加齢医学研究会(2003年に日本抗加齢医学会へ改組)が発足し、私は2002年に開催された第2回学会に参加しました。すると、講演者が「抗酸化剤を飲んだら病気が良くなる」とか「絶食したら病気が良くなる」といった変な演題がいっぱいありました。「嘘っぱちのいい加減な話」と叩かれかねない内容ですが、講演者はベーシックリサーチも行っており、医学的にも奥が深いのです。私が現場で見聞きしている現象を説明することができる内容だったうえ、現象だけではなく本質的なことを話し合える場でした。このとき、私は抗加齢医学という新たな領域の医学が誕生したことを実感しました。その後、老化や寿命の制御に重要な役割を果たすサーチュイン遺伝子などが発表され、老化メカニズムの解明が進む中で、私自身もアンチエイジング研究に取り組むようになりました。

皮膚の老化メカニズムと脳・腸・皮膚相関

 シミやしわ、くすみといった肌の老化の原因としては、加齢によるターンオーバーの乱れや紫外線による光老化などが挙げられます。皮膚は外側から順に、表皮、真皮、皮下組織という層状の構造をしています。また、それらの中に血管、リンパ管や神経系、皮脂腺、汗腺などの付属器があり、それぞれが関わりあいながら機能しています(図1)。

画像

 表皮は角層、顆粒層、有棘層(ゆうきょくそう)、基底層の4層に分かれており、基底層では細胞分裂によって毎日新しい細胞が生まれ、徐々に上の層へ移行し、最後は自然に剥がれ落ちます。このサイクルを「ターンオーバー」といい、およそ4週間以上の周期で繰り返されます。また真皮は、その大部分を占めるコラーゲンやエラスチンなどにより、皮膚を支えその形や弾力を保つ働きがあります。紫外線を浴び続けることでコラーゲンやエラスチンが変化すると、しわやたるみの原因となります。
 私はアトピー性皮膚炎の患者さんを診察していたとき、重症の方にはうつ病や精神症状をもつ方が多く、症状が改善するとそれら精神症状も改善することに気づきました。このことから、脳と腸、皮膚が密接に関連しているのではないかと考えました。当時から脳腸相関については知られていましたから、腸をコントロールすることで脳や皮膚もコントロールできるのではないかと考えてアトピー性腸炎という概念を発表して、研究を続けました。現在では、ニキビやじんましんなども、脳や腸に深く関わっていることがわかっています。つまり、精神的なストレスが腸を介して皮膚に伝わったり、逆に腸内フローラが関与して腸や皮膚の刺激が精神状態を悪化させることがあるのです。皮膚はレセプターの塊ですから、マッサージやタッチングなども効果があるでしょうし、お年寄りにメイクをすると認知症が改善することも報告されています。

見た目のアンチエイジングとは

 日本抗加齢医学会の分科会として、2008年に「見た目のアンチエイジング研究会*1 」が発足しました。同会は、加齢徴候として重要な「見た目」を科学的に研究し検討するものです。見た目には生物学的な面のほかに、メッセージ性があり、ノンバーバルコミュニケーション*2 に影響する面があります。見た目のアンチエイジング研究会では、2015年頃から見た目の科学という領域に注目し、皮膚・容貌・体形に分けて考えることを提案しています。
 さらに、見た目のアンチエイジングとは何かをまとめたのが図2です。

画像

 アンチエイジング医学においては、老化をどのように遅らせるかという点で、運動・食事・精神(脳・睡眠)・環境からアプローチすることが重要視されています。後ほど詳しく述べますが、近年、老化のメカニズムにおいて最も重要なのは環境因子の働きかけだということがわかってきました。つまりライフスタイルによって老化を遅らせることができるということです。適度な運動、食生活の改善、睡眠をしっかりとるなどの生活習慣が、アンチエイジングに役立ちます。2024年度から適用される「健康日本21(第3次)*3 」においても、「栄養・食生活」「身体活動・運動」「睡眠」の3分野についてアクションプランが策定されています。こうした最新の情報なども参考にしつつ、生活習慣を見直すことでアンチエイジングにつなげていただければと思います。
 さらに、がんや認知症などの老化関連疾患の予防は、老化の進行をいかに阻止するかが重要になります。アンチエイジングの立場では、老化は機能低下と病気を引き起こすことから、“老化は病”ととらえ、さまざまな薬の開発が進んでいます。老化関連疾患の予防と治療のためには、国際的な統計基準「疾病、傷害及び死因の統計分類」において統計をとることが必要です。「疾病、傷害及び死因の統計分類」のベースとなるのが、WHO(世界保健機関)による国際疾病分類(ICD)*4 です。2018年にICD10からICD11に約30年ぶりに改訂され「免疫系疾患」や「睡眠・覚醒障害」が新たに追加されました(日本での発効は2023年)。私はこのICDに「老化系疾患」が加われば、老化による病気の統計がとれるようになり、治療法を作っていけると考えています。次回の改訂に向け、日本抗加齢医学会でも準備を行っています。

エピジェネティック時計という新たな概念

 私が現在興味をもっているのが、老化の原因として遺伝的背景は2〜3割で、残りの7〜8割は環境因子であるという立場からの研究です。この分野では一卵性双生児の研究が世界中で行われています。遺伝子的にDNAの配列が同じとされている一卵性双生児が、幼い頃はそっくりな姿形なのに、加齢に伴う老化の度合いにより見た目が異なってくるのはなぜかという研究で、環境因子が大きな影響を与えるということがわかってきています。
 これらの研究からは、特に見た目に関して、年齢に対する一般的な概念である「暦年齢(chronological age)」と合わなくなることから、「エピジェネティック時計(epigenetic clock)」という概念が提唱されるようになりました。エピジェネティック時計は、細胞の老化度から求める「生物学的年齢(biological age)」の基準となるものです。エピジェネティック時計を用いた研究により、食事・運動・精神・環境といった広い環境因子が、どの程度老化に関与しているかも明らかになりつつあります。
 我々が120歳位まで生きると仮定した場合、亡くなる直前まで元気に活動する「ピンピンコロリ」が一番いいですよね。ピンピンコロリを目指すためには、できるだけ生物学的年齢が進むのを遅くすればいいわけです。先述したとおり、がんや認知症などの老化関連疾患については、老化関連のシグナルを発現しないようにすることで、発症を遅らせられると考えられています。疾患が発症してからではなく、疾患が発症する前に予防に取り組むことができるわけで、私はここに抗加齢やアンチエイジングの意味があると考えています。0歳の胎児の状態からエクスポソーム(ヒトが生涯曝露する環境因子の総体)を考慮して老化のレギュレーション(制限)を行うことで、老化速度を遅くすることができるのです。アンチエイジング医学では、老化速度を遅くする治療だけでなく、さらにリプログラミングという手法での若返りもネズミではできるようになりました。老化を治療する時代がやってきます。

暦年齢から生物学的年齢へ

 私は2025年に開催される大阪・関西万博において、大阪パビリオン推進委員会委員・ヘルスケア先端予防医療ディレクターを務めます。大阪ヘルスケアパビリオン*5 は2050年頃に実現が想定される未来の都市生活を体験する内容となっています。来館者はまず身体をスキャンして自身の健康に関するデータを取得します。その後未来都市のスペースへ向かうと、データから導き出した2050年の自分のアバターに迎えられるというものです。取得したデータに基づいた食やヘルスケアを体験するとアバターも生まれ変わるなど、栄養・運動・精神・環境と未来の自分との関わりも知ることができます。
 私がこの大阪ヘルスケアパビリオンで提案するのは、「暦年齢ではなく、生物学的年齢で考えましょう」ということです。そう遠くない将来、私たちの子孫は地球を出て惑星間移動ができるようになるでしょう。その際には冬眠状態で移動する可能性が高いので、彼らの暦年齢と生物学的年齢は全く合わなくなります。そうした将来も視野に入れ、アンチエイジングを考える必要があるのです。実は私は1970年に開催された大阪万博に行った経験があり、アメリカ館に展示された「月の石」が強く印象に残っています。大阪・関西万博に来場する子どもたちにとって、大阪ヘルスケアパビリオンが、未来について考えるきっかけとなってくれればと願っています。
 保健師や栄養士といった健康づくりを支える立場の方々には、老化速度を遅くする予防医学の面で重要な運動・栄養・精神(脳・睡眠)・環境について指導していただければと思います。適度な運動や、腹八分目の食事、過不足のない睡眠、紫外線への注意などに加えて、前向きな気持ち(ポジティブシンキング)も効果があると考えられています。目指すところは、健康な状態で可能な限り生きる「ピンピンコロリ」です。保健師の方々の場合は、地域住民の方々の保健指導や健康管理の際に、どのようなライフスタイルがよいかを含めて指導していただければと思います。栄養士の方々には、運動や精神といった他領域も含めてご理解いただいた上で、食生活の改善など栄養面についてお伝えいただければと思います。

  • * 1 http://mitame-aa.jp/
  • * 2 言語以外で行うコミュニケーション方法。
  • * 3 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon21_00006.html
  • * 4 International Classification of Diseases
     https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000211217.html
  • * 5 https://2025osaka-pavilion.jp
Page Top