研究・健康レポート1

「アレルギー疾患の現状と対策」

特定の異物に対して免疫が過剰に反応し、発疹、くしゃみ、呼吸困難などの症状が引き起こされるアレルギー疾患。近年、謎が多かったそのメカニズムについての解明が進んでいます。長年にわたりアレルギーの研究を先導し、多くの患者を快方に導いてきた大矢幸弘氏に、最新の知見や対処法について教えていただきました。

大矢 幸弘 Ohya Yukihiro

国立研究開発法人 国立成育医療研究センター アレルギーセンター センター長

1985年名古屋大学医学部卒業。名古屋大学医学部附属病院小児科、国立名古屋病院小児科、国立小児病院アレルギー科などを経て、2002年国立成育医療センター(現・国立成育医療研究センター)第一専門診療部アレルギー科医長。2015年に国立研究開発法人への改組を経て現在に至る。専門は小児科学、アレルギー学。『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021』をはじめ、小児アレルギー疾患(アトピー性皮膚炎、気管支喘息、食物アレルギー、消化管アレルギー)のガイドライン作成に委員として携わる。日本小児科学会指導医、日本アレルギー学会専門医指導医、日本心身医学学会専門医。著書に『最新版 アトピー性皮膚炎をしっかり治す本』(法研、2021)など。

現代文明とアレルギー疾患の深い関係

 アレルギー疾患は、欧米の先進国で第二次世界大戦後の1950年代から増え始め*1 、日本はやや遅れて1960年代から増えました。つまり、経済が発展して現代的なライフスタイルに変わるとともに、喘息やアトピー性皮膚炎などの症状に苦しむ方が多くなったのです。この背景には、少子化・核家族化や、住宅から土間がなくなり電化された生活に変化したことがあると考えられます。昔の伝統的な暮らしでは、さまざまな微生物と共生するライフスタイルのなかで、免疫のシステムが正常に働いていたのですが、それが失われてしまったのです。これまでの研究では、大気汚染、化学物質、偏った食事などもアレルギーのリスクファクターに挙げられています。自然の摂理から離れる暮らしをするほど、アレルギー疾患が増えるというわけです。最近は、家の中で暮らすペットの犬にもアレルギー疾患が出ています。一方で、電気も車もない昔ながらの暮らしをするアメリカの「アーミッシュ」とよばれる人々には、アレルギー疾患がほとんどないことがわかっています。

この数十年で大きく変わった認識

 アレルギー疾患の発症メカニズムについては謎が多かったのですが、この数十年で少しずつ解明が進んできました。食物アレルギーを例に挙げると、以前は原因となる食物を食べ始めるのをなるべく遅らせた方が良いと考えられていましたが、今は反対に早い時期から少しずつ食べることで予防につながることがわかっています。当センターでも、生後6カ月より固ゆで卵粉末を少量ずつ摂取させることにより鶏卵アレルギーを8割予防できることをランダム化比較試験*2 で実証しています*3 。人間には異物を上手く受け入れる「免疫寛容」という力が備わっており、それを誘導することが重要だということがわかってきたのです。
 今の子育て世代とその親世代、さらにその上の世代では、アレルギーに対する認識がずれていることもしばしばあります。アレルギー疾患は現代を生きる私たちにとって身近な病気ですので、皆さんの知識をアップデートすることが大切です。厚生労働省と日本アレルギー学会は「アレルギーポータル*4 」というWEBサイトにてアレルギーの症状や治療方法をわかりやすく解説しています。同サイトは医療機関や専門医の検索もできるようになっていますので、ぜひご活用いただければと思います。

早期介入でアレルギーマーチを抑制

 アレルギー疾患は単独ではなく連鎖的に現れることがあり、これを「アレルギーマーチ」とよびます(図1)。

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 よくあるのが、乳児期にアトピー性皮膚炎を発症し、離乳食が始まると食物アレルギーが判明し、幼児・学童期になると気管支喘息やアレルギー性鼻炎・結膜炎(花粉症)に悩まされるケースです。子供自身はもちろん親にとっても苦労が多いアレルギーマーチですが、最初にアトピー性皮膚炎が出た段階でしっかりと治療をすることで、その後の進展を抑制し、重症化を防ぐことができることが期待されています。私は多くの子供の診療にあたってきましたが、初期段階で徹底的に治療すると、その後の日常を元気に送っていただけるようになります。
 幼少期に併発することが多いアトピー性皮膚炎と食物アレルギーについて、以前は食物アレルギーがアトピー性皮膚炎の原因と考える方が少なくありませんでした。しかし近年の研究により、乳児期にアトピー性皮膚炎があると食物アレルギーになりやすいという逆の関係が判明してきました*5 。この背景には、「経口免疫寛容」と「経皮感作」という働きが関係しています(図2)。

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 経口で食物を摂取する場合、危険なアレルゲンと認識されず排除する免疫反応が起こりにくいのですが、炎症を起こした皮膚から食物が取り込まれると、危険なアレルゲンと認識されてIgE抗体という免疫物質がつくられ、食物アレルギーの準備状態になるのです。そしてその食物を口にした時、IgE抗体が働いてアレルギー症状が出てしまいます。なお、私たちが寝具の埃を調べたところ、100%の家庭において鶏卵アレルゲンが検出されました*6 。つまり、家族が食べているものは気がつかないうちに寝具などに付着し、湿疹がある赤ちゃんが触れると、食物アレルギー発症につながる恐れがあるのです。
 さらに、当センターでは乳児期のアトピー性皮膚炎への早期治療介入が鶏卵アレルギーの発症予防につながるかを調べるランダム化比較試験を行いましたが、早期に積極的な治療を行うことで鶏卵アレルギーの発症を25%削減できるという結果を得ています(図3)*7

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 これは、皮膚への早期の治療介入が食物アレルギーの抑制につながることを実証する世界で初めての研究成果となりました。なお、試験後は協力いただいた皆さんに鶏卵粉末のパックを配って少しずつ摂取してもらったのですが、両群の赤ちゃんとも1歳になる頃にはほぼ卵アレルギーがなくなりました。

アトピー性皮膚炎は必ず良くなる

 アレルギー疾患の一種であるアトピー性皮膚炎は、長期にわたって強いかゆみや皮疹に悩まされる病気です。繰り返し搔きむしることで、皮膚が厚くなったり色素沈着が引き起こされたりもします。直接的な症状だけでなく、「夜眠れなくなる」「学校や仕事に行けなくなる」「成績が下がる」「外見にコンプレックスを抱える」「肌を出す行事に参加できない」と言った連鎖的な悩みが多く現れ、QOLが著しく低下してしまうこともあります。原因はさまざまですが、まず現代人は、遺伝子と環境の相互作用でアレルギー体質になりやすい生活をしていることが挙げられます。多様な日常生活用品には界面活性剤が含まれ皮膚のバリア機能低下をもたらしていることがあります。ダニ・カビ・ハウスダスト・花粉などのアレルゲン、汗や汚れなどの外部からの刺激で悪化することもあります。思春期以降はストレスが大きな要因の一つになり、人間関係や仕事の悩みが誘因となって、急に発症する方も多くいらっしゃいます。いくら気をつけても完璧な予防策はなく、誰でも発症する可能性があります。
 アトピー性皮膚炎は良くなったり悪くなったりを繰り返す慢性的な病気で、適切な治療をしないと長年にわたって苦しめられます。中には「もう治らない」と投げやりになってしまう患者さんもいらっしゃいますが、しっかりと適切な治療をすれば必ず快方に向かいますので、あきらめないで前を向いていただきたいと思います。治療に大切なのは、①ステロイド剤などの薬をきちんと使って皮膚の炎症を治すこと、②スキンケアをしっかりして肌を清潔にして保湿すること、③居住空間や生活習慣を見直して悪化要因を除去することの3本柱です。日本アレルギー学会と日本皮膚科学会は最新の情報を盛り込んだ『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021*8 』を公開していますので、医療従事者はもちろん、一般の方にも参照いただければと思います。

正しい知識を持って対策を

 アレルギー疾患を予防したり改善したりするためには、健康的な生活習慣を心がけることが大切です。食事面では、砂糖や人工甘味料入りの食品、肉類を摂り過ぎず、野菜や発酵食品、魚を多く食べるようにしましょう。しっかり睡眠をとること、日常的に運動をすること、喫煙や飲酒を控えること、ストレスをためないことも重要です。それから住環境では、ダニやカビなどが少ない清潔な環境を整えることがポイントです。毎日ていねいに布団の掃除や洗濯をするのは現実的ではありませんので買ったばかりの清潔な布団や枕にダニを通さない高密度織のカバーをかけ、カバーだけを週に1回ほど洗濯するのが手軽で効果的です。
 保健師や栄養士といった人々の健康を支える立場の方には、アレルギー疾患について正しい知識を身につけ、適切な対策をすれば必ず改善する病気だということを認識していただきたいと思います。そして、アレルギー疾患でお悩みの方に対して、生活面のアドバイスをしていただければ幸いです。
 アレルギー疾患のメカニズムが解明されてきた今、次に取り組むべきなのは、アレルギー疾患を発症しにくい世の中をつくることです。健康づくりをサポートする専門職の方の力も借りながら、研究を進めていきたいと考えています。

  • * 1 Taylor B. et al. Lancet. 324, 1255, 1984.
  • * 2 治療法などの効果を検証するにあたり、信頼性が高いとされる試験方法。対象者を第三者が無作為にグループに分け、試験者も被験者も誰がどのグループに属しているかわからない状態で、心理的バイアスやプラセボ(偽薬)効果を防ぎながら検証を行う。
  • * 3 Natsume O. et al. Lancet. 389, 276, 2017.
  • * 4 https://allergyportal.jp
  • * 5 Flohr C. et al. J Invest Dermatol. 134, 345, 2014.
  • * 6 Kitazawa H. et al. Allergol Int. 68, 391, 2019.
  • * 7 Yamamoto-Hanada K. et al. J Allergy Clin Immunol. 152, 126, 2023.
  • * 8 https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/ADGL2021.pdf
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