研究・健康レポート

「認知症予防と睡眠ケア」

加齢とともに睡眠が浅くなる傾向があることは知られていますが、近年の研究により認知症と睡眠の関連についても新たな知見が得られつつあります。睡眠の分野の研究に長年取り組む三島和夫氏に認知症と睡眠について伺うとともに、高齢者全般の睡眠の質向上のための対策を教えていただきました。

三島 和夫 Mishima Kazuo

秋田大学大学院 医学系研究科 精神科学講座 教授

1987年秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究員も歴任。

加齢と睡眠について

 数多くのコホート研究から、健康な成人は加齢とともに睡眠時間が緩やかに減っていき、深い眠りのノンレム睡眠が徐々に短くなっていくことがわかっています。加齢とともに睡眠時間が減る原因としては、日中の活動性が乏しく基礎代謝が低いことや、精神的なストレスなどが考えられます。そして最も影響が大きいのが、糖尿病や高血圧などの基礎疾患です。40代以降の中高年になると何かしらの疾患を抱える人が多くなり、睡眠にもさまざまな変化が起きるのです。
 睡眠に関連した病気を総称して睡眠障害といい、不眠症、過眠症、睡眠時無呼吸症候群などの睡眠関連呼吸障害、昼夜が逆転するなどの概日リズム睡眠-覚醒障害、就床時に脚がむずむずして眠れないレストレスレッグス症候群など、70種類ほどが存在します。
 私が認知症患者を対象に行った調査では、50%以上の方に睡眠障害が見られました(図1)。

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 認知症患者はご自身で症状をうまく説明できないため、不眠症と診断され睡眠薬が処方されるケースが多くみられます。しかし、実際には不眠症はごく一部で、睡眠関連呼吸障害や概日リズム睡眠-覚醒障害、レストレスレッグス症候群など別の睡眠障害のことも多いのです。また、認知症患者の睡眠障害は介護と密接に関わっており、ご家族が介護施設入所を決断する最大の要因となっています。例えば認知症による徘徊も、睡眠障害によって夜間に徘徊するようになると負担が大きくなります。的確な診断に基づいた睡眠障害対策を行うことで症状が改善するケースもありますので、認知症患者の睡眠障害の診断には慎重さが求められます。

睡眠障害と認知症リスクの関係

 これまでの国内外の研究により、日中の活動量が少なく夜間の眠りの質が悪い高齢者は認知症になるリスクが高いことがわかっており、夜間の睡眠障害は認知症を発症する予兆ではないかと言われてきました。脳内には覚醒を促す神経と睡眠を促す神経があり、昼夜でパワーバランスが入れ替わります。生物は外敵から身を守るためにわずかなストレスでも目が覚めるようになっています。このため睡眠障害においても夜間に目覚めてしまう症状が主体で、認知症の方はこの症状が起こりやすいと言われてきました。
 しかし私は、長年認知症患者を診察する中で、夜間徘徊などの症状が見られる一方、昼間によく寝る方が多いことに気づきました。1日の睡眠時間を合計すると若い頃と同程度か、むしろやや増えている人も少なくないのです。なぜ認知症の人はこんなに眠るのだろうと考え、当初は夜間に睡眠時無呼吸症候群やレストレスレッグス症候群などの睡眠障害が出たり、加齢とともに睡眠時間が減少するために、夜間に眠れず昼寝してしまうのだろうと思いました。しかし、長く接するうちに、通説とは逆で、昼寝が長い人ほど認知症を発症しやすいのではないかと思うようになりました。
 こうした私の考えを裏付けるような研究結果が、2022年に入って相次いで発表されています。カリフォルニア大学の研究*1 では、認知症患者の生前の睡眠の質や眠気の状態を昼夜測定し、亡くなった後に解剖して脳神経の状態を調べました。その結果、覚醒を促す神経のダメージが大きいほど、日中の眠気が強いということがわかりました。要するに、認知症患者でしばしばみられる日中の眠気の原因は夜間睡眠の質の低下だけではなく、そもそも目覚める力が低下していることを示しています。さらにハーバード大学の14年間にわたる追跡研究*2 でも、昼寝が長い人ほど認知機能が低下しやすいことが報告されています。認知症の前段階のMCI(軽度認知障害)から既に眠気が始まっていることもわかりました。これらの研究により、夜間の睡眠時間などの影響を差し引いても、日中の眠気が強い方は覚醒を促す神経の障害が密かに進行していること、日中の眠気は認知症のソフトサイン(早期兆候)だということがわかったのです。

認知症患者の睡眠障害への対策とその効果

 日中の眠気が認知症のソフトサインだとわかったことは、認知症の早期発見には役立つでしょうが、予防については現状では特効策はありません。認知症患者の睡眠問題対策としては、表1にあるように日中活動量を増やす、体内時計の調整作用がある日光浴やレクリエーションなど日中の活動を通じて生活リズムを整える、昼寝をしすぎないなど、一般的な睡眠習慣指導をベースに、認知症の方に特有の問題を組み込んだものとなります。これらの対策によって認知症リスクを減らすことができるかについては実証されておらず、今後の研究が待たれます。ただし睡眠障害対策としては、認知症になっていない一般の方や高齢の方にも有効な対策ですので、参考にしていただければと思います。

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 不眠症については、高齢者に限らず、眠れない病気というよりは眠れないことを苦にする病気と言われています。不眠症の本質は、眠れないことがとにかく苦しいというもので、実際の睡眠時間は関係ありません。そう考えると、寝床に長いこと横になっているのは実に不合理です。眠れず、寝床で悶々として過ごす時間が長いほど、不眠症が悪化することも明らかになっています。今の不眠治療は必ずしも8時間睡眠を目指さず、自分の睡眠パターンや年齢に合った時間をコンパクトに眠る、そうした睡眠習慣が一番良いのです。
 保健師・栄養士といった人々の健康づくりを支える立場の方々には、睡眠は適切な日中の疲労に対する休息であるという点を認識していただければと思います。基本的には昼間を活発に過ごさないと、夜間の良質な睡眠は訪れませんので、昼間を活発に過ごすサポートをお願いしたいと思います。病院などで高齢の入院患者さんに接する場合は、昼間に起きているかなど昼夜を通した視点で見ていただき、睡眠障害を予防していただければと思います。

  • * 1 Oh JY. et al. JAMA Neurol. 79(5), 498, 2022.
  • * 2 Peng Li. et al. doi: 10.1002/alz.12636. Online ahead of print. 2022.
     https://alz-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/alz.12636
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