映画にみるヘルスケア

「ペコロスの母に会いに行く」
(森﨑東監督、13年、日本)

「呆けるのも悪いことばかりじゃないかもな……」
  過去の記憶に生きる認知症の母、戸惑いつつも優しく支える息子

映画・健康エッセイスト 小守 ケイ

 「婆ちゃんが酒屋へ? 爺ちゃんに酒を買うと?」。夏の長崎。岡野ゆういちは85歳の母みつえ、息子まさきと暮らす60代会社員。禿げ頭が小玉葱“ペコロス”に似ているため“ペコロス岡野”の名で漫画描きと音楽活動にうつつを抜かし、今日も喫茶店でサボっていると息子から電話が来た。「またか! 親父は10年前に死んだのに……」。

「男ヤモメには無理か……」

 「昼飯のお握り、作ったよ。一人で外に出るなよ」。長崎港を見下ろす家の茶の間。ゆういち父子が出勤すると、みつえは終日一人で電話の前の籐椅子に座って過ごすのだが、最近は徘徊も増え、息子や孫を困らせている。
 「危ない! ここはダメ!」。会社を早帰りしたゆういちが車を停めようとすると、夕闇の中、駐車場隅のビール箱に母が座っている! 「もう、せんよ」。しかし、その後も母は杖を手に、日中から同じ所で居眠りしながら息子の帰りを待つ……。

 買っても買っても無くなる母の下着。「アッ、こんな所に!」。或る日、箪笥の引き出しから下着の山を発見したゆういち、ケアマネに相談すると、「汚れた下着を隠すのは、認知症が進行した典型的行動パターン。そろそろ施設に」。

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「あ〜、悪者が来た! 誰か、助けて〜」

 「みつえさん!」。グループホームに入所した母は当初、環境の違いから一層、混乱し、自室から出られず過去の記憶の世界へ。大酒呑みで苦労したが子煩悩だった夫、不幸にも亡くなった妹や親友、戦争、長崎原爆……。
 「ほら! 俺だよ」。やがてホームに慣れた頃、ゆういちが訪ねると、一瞬、怪訝な顔の後、帽子を脱いで禿げ頭を見せると、上機嫌で「さっき父ちゃんも来たとよ。死んだ後の方がよう来てくれる」。彼は困惑しつつ笑顔で応じるも、晩秋には息子の禿げ頭を見ても分からず、悪者扱い! 「息子も忘れてしまったのか……」。

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 翌春の「ランタンフェスティバル* 」。喜ばそうと連れ出すも母はぼんやり無表情。ちょっと目を離した隙にいなくなる! まさきと必死に捜すと、母は思い出深い眼鏡橋の上で脳裏の夫や妹、親友と再会したのか、嬉しそうに微笑んでいる……。

  • *  旧暦1月1日から1月15日に開催される長崎の冬の一大イベント

映画の見所

 長崎の美しい景観の下、温かな笑いと哀愁に満ちた介護喜劇。85歳の“喜劇映画の巨匠”森﨑東が自らも認知症初期ながら周囲の支えで撮った遺作で、映画各賞に輝いた優秀作! みつえ役の赤木春恵は88歳超で“世界最高齢の初主演女優”にギネス認定され、ゆういち役の岩松了はじめ助演陣も実力派揃い! 原作は岡野雄一の介護漫画。

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2025年には高齢者の5人にひとり、700万人が認知症

【監修】 公益財団法人結核予防会 理事 総合健診推進センター 所長 宮崎 滋
 認知症は脳神経細胞にアミロイドβ等が溜まり、神経機能が障害されて起こり、中核症状と行動・心理症状(周辺症状)を呈します。中核症状には直前のことをすっぽり忘れる記憶障害、料理手順等が分からなくなる実行機能障害、日付、場所が分からない失見当識等があります。行動・心理症状は、中核症状の進行に本人が強い不安や混乱を抱き、状況の変化や周囲の人との関わり等に「何とか対応しよう」と模索する結果生じます。自宅に居るのに他所と感じ家に帰ろうと徘徊したり、トイレの失敗に自尊心が傷つき汚れた下着を隠す等します。徐々に食事、着替え、入浴等ができなくなり、進行すると家族の顔も分からず、意思疎通ができず寝たきり状態になり亡くなります。
 現在認知症を改善させる薬はないので、若い頃から食事、運動等で良い生活習慣を保ち予防を心掛ける必要があります。

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