巻頭インタビュー

「健康長寿に向けた食生活」

健康寿命をのばすためには、どのような食生活を心がけたら良いのでしょうか。
東京都健康長寿医療センター研究所にて20年以上にわたり 健康長寿に向けた研究活動に尽力し、2020年からは女子栄養大学で教鞭をとる新開省二氏に、多様な食品を摂取する大切さ、低栄養のリスク、 高齢者の社会参加とフレイル予防の関係などについて、教えていただきました。

新開 省二 Shinkai Shoji

女子栄養大学 栄養学部 地域保健・老年学研究室 教授

1984年愛媛大学大学院医学研究科博士課程修了。愛媛大学医学部助教授(公衆衛生学)を経て1998年より東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター研究所)、2015年より同センター副所長、2020年より現職。日本応用老年学会理事長、日本老年医学会、日本老年社会科学会、日本公衆衛生学会、日本体力医学会などの理事・代議員や、厚生労働省「健康度評価・個別健康教育 WG」委員、同「健康日本21(第二次)策定委員会」専門委員などを歴任。専門は、老年学(ジェロントロジー)、公衆衛生学、疫学・予防医学など。著書に『元気ごはん 栄養素密度が高い食事のすすめ』(ベターホーム協会、2019)、『60歳を超えたらやせるな危険』(PHP研究所、2019)など。

日常的に多様な食品を食べることが大切

 健康長寿につながる食生活には、「ある特定の食品や栄養素を摂れば良い」といった決め手はありません。何よりも大切なポイントは、多様な食品をバランスよく食べることです。東京都健康長寿医療センター研究所では食品摂取の多様性を評価する指標として、20年ほど前からDVS(Dietary Variety Score)を用いてきました*1 。DVSとは、魚介類、肉類、卵、牛乳、大豆・大豆製品、緑黄色野菜、海藻類、いも類、果物および油脂類という10食品群の1週間の摂取頻度から多様性のスコアを求めるものです。このDVSをベースに私たちが提唱しているのが、図1に示した「いろいろ食べポ」です。これは、10の食品群を『さあにぎやか(に)いただく』*2 という合言葉でわかりやすく覚え、多様な食品摂取につなげようというもの。図2のようなチェックシートを用いれば、1日でいくつの食品群が摂れているか、どんな食品群が不足しがちか、簡単に確認することができます。「いろいろ食べポ」は、小さいお子さんから高齢者まで、健康づくりに活用していただけるようになっています。目安として、毎日7食品群以上を食べられるよう、心がけていただければと思います。

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 東京都健康長寿医療センター研究所は大田区と共同で、「大田区 元気シニア・プロジェクト」(フェーズ1:2016年〜2018年、フェーズ2:2019年〜2025年)を実施しています。その一環として、大田区の高齢者を対象にした「いろいろ食べポ」の効果を検証する試験を行いました*3 。これは、「食べポチェック表」のチラシを配り、チェック表を使った経験の有無とDVSの関係を調べるものです。チラシは地域行事で配布するほか、スーパーマーケットや商店街、シニアクラブなどにも設置していただき、総配布数は36,211枚に及びました。そして2016年と2018年に実施したアンケート調査の結果を分析すると、2年間のDVS平均値の変化は、チェック経験なし群で0.2ポイント上昇、チェック経験あり群で0.6ポイント上昇となり、有意差が見られました。同プロジェクトでは運動イベントなども並行して行いましたが、大田区の要介護認定率はプロジェクト開始から2年半で0.5ポイント減少し、多様な食品を食べる意識付けが、健康寿命延伸につながる可能性が示唆されました。
 「大田区 元気シニア・プロジェクト」では、ご家庭の冷蔵庫に貼られたチェック表を見たお子さんがご両親や祖父母に向けて、「最近この食品群が足りていないよ」と声かけしている微笑ましい話も聞きました。このように、ご家族で楽しく声をかけ合いながらご活用いただくと、より効果的ではないかと思います。

普段の食事でいろいろな食品群を摂るコツ

 多様な食品を食べるコツとしてはまず、主食・主菜・副菜を組み合わせた食事を摂ることが挙げられます。実際に、私たちが東京都板橋区の高齢者を対象に行った研究では、主食・主菜・副菜を組み合わせた食事が1日2食以上ある方は、DVSが高いことがわかっています*4 。なるべく1日のうち2食は主食・主菜・副菜を揃えた献立とし、それができない食事の際は、不足しがちな食品群をプラスすると良いでしょう。例えば、単調になりがちな朝食に乳・乳製品や果物を加えるなどすると、DVS値は上がってきます。それから、常備菜の活用もおすすめです。我が家でも日頃から何種類か常備菜をつくって冷蔵・冷凍保存し、食事の時に温めてテーブルに並べています。毎回おかずを何種類もつくるのは大変ですが、常備菜をうまく活用することで食卓が豊かになり、DVS値を上げることができます。普段あまり料理をせずに外食やお弁当が多いという方も、メインメニューを選んだあとに、足りない食品群を補う意識で副菜やデザートを選ぶと、食事の多様性が高まります。
 大切なのは、できる所から少しずつでも良いので、食生活を変えてみること。実行に移すことで多様な食事への意識が自然と高まり、健康づくりにつながっていくでしょう。

高齢者は低栄養のリスクに注意を

 高齢者の健康づくりを考えるときに、特に注意していただきたいのは、低栄養のリスクです。東京都健康長寿医療センター研究所では、東京都小金井市と秋田県南外村(合併により2005年から大仙市)の高齢者を対象に8年間の追跡調査を行い、その成果を長期プロジェクト研究報告書「中年からの老化予防総合的長期追跡研究」(略称 TMIG-LISA)にまとめました。この研究で、栄養状態の指標であるBMI、総コレステロールと生存率の関係を調べた結果が図3、図4です。

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 こちらを見ると、低栄養状態の人ほど、死亡リスクが高くなっていることがわかります。令和元年の国民健康・栄養調査によると、65歳以上でBMI 20以下の低栄養傾向の方の割合は17%程度。年齢が上がるとともに低栄養傾向の方は増加し、85歳以上の女性に至っては28%程度となっています。
 では、低栄養になるとなぜ死亡リスクが高まるのでしょうか。骨、筋肉はもちろん、さまざまな臓器の健康を維持するためには、しっかりと栄養を摂ることが大切です。栄養が不足すると、骨粗鬆症、サルコペニアなどになりやすく、要介護や寝たきり状態につながりやすくなります。また、TMIG-LISAの分析からは、低栄養傾向の方は脳卒中・心臓病といった循環器病で亡くなるリスクが高いというデータが得られています。一般的に、血管に関連する病気は太った人が罹りやすいというイメージがあるので少し意外に思われるかもしれませんが、これは低栄養状態により血管が弱ってしまうことが要因になっているのではないかと考えられています。また、認知症についても、低栄養状態の人が進行しやすいことがわかってきています。特に脳の血管障害が引き金となって起こる脳血管性認知症は、栄養の不足と関連が深いと推察されます。脳機能の維持という観点からも、しっかりと栄養を摂ることは大切なのです。

低栄養状態にどう気づき、改善していくか

 低栄養状態は、病気などで急に引き起こされる場合もありますが、その多くは年齢を重ねて食べる量が減ったり色々なものを食べなくなる中で、長期的に緩やかに進行します。怖いのは、自覚症状がほとんどなく、気がつかないうちに陥ってしまうことです。
 低栄養状態に気がつくための一番わかりやすい指標は、体重の減少です。普段から体重計に乗る習慣をつけ、体重の変化を確認すると良いでしょう。目安として、5%の体重減少が見られたら要注意です。また、栄養状態をよく反映する指標に「除脂肪体重指数(FFMI:ファット・フリー・マス・インデックス)*5 」というものがあります。これは、体重から脂肪を除いた、骨や筋肉、内臓などの臓器の重さを示すもので、体脂肪率がわかれば計算できます。最近は体脂肪率が表示される体重計も増えていますので、ぜひチェックしてみてください。FFMIの目標値は、男性が16以上、女性が14以上です。
 それから、筋肉量をチェックする簡単な方法としては、「指輪っかテスト」というものがあります。これは、ふくらはぎの一番太いところを両手の親指と人差し指で囲んでみるもので、指輪っかで囲めなければ筋肉がしっかりある、囲めて隙間ができると筋肉が少なくサルコペニアの可能性が高い、ということになります。
 それでは、低栄養状態を防ぐために、高齢者の食事内容で気をつけるべきことは何でしょうか。まず、高齢期になるとたんぱく質の摂取量が減ってくるので、意識して肉や魚をしっかり食べるようにしましょう。次に、「あぶらは体に悪い」という概念を持っている方もいますが、油脂類は生命活動に必要なエネルギー源であり、脳細胞にとっても大切な栄養です。高齢者はあぶらも不足しがちですので、あぶらを避けずに食事に取り入れるようにしてください。また、食が細くて一度にたくさんの量を食べるのが難しい方は、栄養を補うために間食を取り入れることも効果的です。おやつを食べて一息つく時間は、生活に潤いをもたらす効果もあるでしょう。

「孤食」ではなく「共食」を

 「大田区 元気シニア・プロジェクト」では、毎食一人で食べる人(孤食)と誰かと食べる機会がある人(共食)について、フレイルの出現リスクを調査しています。結果、孤食の方は共食の方に比べてフレイルの出現リスクが2倍程度になるというデータが得られています*6 。この要因に食事の栄養面や普段の生活習慣がどの程度関わっているかは解明できていませんが、誰かと食卓を囲むことで、食が進んだり、心理的に良い刺激が得られると考えられます。健康で生き生きとしたシニアライフを送るためには、ご家族や友人と食事をともにする機会を設けることが大切なのです。
 しかしながら、現代社会では一人暮らしの高齢者が増えていて、孤食になりがちな現状があります。そこで求められるのが、地域ぐるみの取り組みです。素敵な事例を一つご紹介しましょう。私たちが以前から高齢者の食事やフレイル予防の調査を行っている埼玉県の鳩山町という町は1970年代半ばに開発が進んだニュータウンで、地域の歴史が浅く、近所のつながりが希薄という面がありました。近年は高齢化が進み、会食の機会があまりない方も多くいらっしゃいました。そこで始めたのが、地域の高齢者が集まって特別感のある豪華なお弁当を食べる「高齢者ふれあい会食会」の取り組みです。会食会はとても好評で参加者同士で話が弾み、活発に情報交換をしたり、趣味の仲間を見つける場になっています。今はコロナ禍の影響で会食が難しい面もありますが、地域のつながりをつくるような取り組みは、ぜひ工夫をして続けていただきたいと考えています。

人生を豊かにする社会参加

 高齢者にとって、人との触れ合いや地域社会への参加があるかどうかは、フレイル予防と深く関係しています。私たちは2011年から兵庫県養父市において、フレイル予防を目的としたアクションリサーチ(社会問題の解決に向けて研究者と行政や地域住民等が協働して行う実践研究)を行いました*7 。これは、高齢者でも歩いて通いやすい身近な場所で週1回程度のフレイル予防教室を開催し、運動プログラム、栄養プログラム、社会プログラムを組み合わせて行うという取り組みです。教室の運営は研修を受けたシルバー人材センターの会員の方が担い、仕事として対価を得るようにしています。全20回のプログラムを終えた後は住民による自主運営に任せたのですが、開始から10年以上が経った今でも、市内154行政区のうち60行政区で続いていて、お互い元気かどうかを確認しあったり、外出の頻度が少ない人を連れ出す良い機会になっているそうです。2012年から5年間のフレイルの有病率は、非参加群が13.7%増加、参加群が6.8%増加となり、フレイルの改善率は非参加群が24.4%、参加群は52.8%となりました。地域に気軽に参加できる健康づくりの場があることがフレイル予防につながることが示唆されたケースで、他の地域にも参考にしていただけるモデルだと思っています。
 日本人の平均寿命は、男性81.47歳、女性87.57歳です(厚生労働省 2021年簡易生命表)。今の時代、仕事をリタイアしたり、子育てを終えた後も人生は長く続きます。フレイル予防のためだけではなく、高齢期の人生を豊かで楽しいものにするために、地域のつながりを大切にしていただきたいと思います。

健康長寿のための新ガイドライン

 私は東京都健康長寿医療センター研究所の副所長を務めていた際に、健康長寿のための新ガイドラインづくりに携わりました。「よりわかりやすく、より使いやすく」という思いで、各分野の専門家の先生と検討を重ね、約1年間の歳月をかけて完成させたのが、図5に示した「健康長寿のための12か条」です。

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 こちらには、いつまでも健やかに過ごすポイントがまとまっていますので、ぜひたくさんの方にご活用いただければと思います。また、私自身も年齢を重ねてきた今、健康づくりのために特に心がけているのは「年齢を意識しない」ということです。「もう年だから」と思うとやる気がなくなったり行動に制限をかけてしまいますので、気持ちを若く持ち、前向きに生きることが大切だと考えています。
 保健師や栄養士といった人々の健康づくりに携わる方には、食事や社会参加の観点から健康長寿のポイントをしっかり捉えていただき、地域の人々に伝えていただきたいと思います。私は、健康づくりをそばで支え、豊かな人生の手助けができるお仕事ができることは、とても幸せなことだと思っています。皆さんはとても重要な役割を持っていて地域の人々に頼られる存在です。それを自覚して、頑張っていただければ幸いです。

  • * 1 熊谷修ら. 日本公衆衛生雑誌. 50, 1117, 2003.
  • * 2 10の食品群の頭文字をとったもので、ロコモチャレンジ!推進協議会が考案した合言葉。
  • * 3 秦俊貴ら. 日本公衆衛生雑誌. 68, 477, 2021.
  • * 4 成田美紀ら. 日本公衆衛生雑誌. 67, 171, 2020.
  • * 5 除脂肪体重指数(FFMI)=除脂肪体重(kg)/身長(m)の二乗
    (除脂肪体重は「体重(kg)×(1−体脂肪率)」で求められる)
  • * 6 「大田区シニアの健康長寿に向けた実態調査2016」より
  • * 7 野藤悠ら. 日本公衆衛生雑誌. 66, 560, 2019.
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