研究・健康レポート

「腸内環境を整えていつまでも元気に」

腸内環境についての研究が進む中で、老化と腸の関係「老腸相関」が注目されています。この分野の第一人者である内藤裕二氏に腸内環境と抗老化について伺うとともに、2017年から取り組む「京丹後長寿コホート研究」を通じてわかってきたことなど、最新の知見についてお話しいただきました。

内藤 裕二 Naito Yuji

京都府立医科大学大学院 医学研究科 生体免疫栄養学講座 教授

1983年京都府立医科大学卒業。同大学附属病院研修医(第1内科学教室)を経て、2001年米国ルイジアナ州立大学医学部分子細胞生理学教室客員教授。2005年独立行政法人科学技術振興機構科学技術振興調整費研究領域主幹。2009年京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学准教授。2015年京都府立医科大学附属病院内視鏡・超音波診療部部長。2021年より現職。専門は腸内微生物叢、抗加齢医学、消化器病学。

老化と腸の関係「老腸相関」

 加齢関連疾患についての研究が進む中で、体内の慢性炎症が老化のベースにあるのではないかと言われるようになりました。腸内環境や腸内細菌に関する私たちの研究においても、内視鏡で見て腸に異常がない人でも、腸内では微細な炎症が起きており、それが全身の炎症のスタートになっていること、また軽い炎症でも慢性的に続くことによって老化を促進することがわかってきました。
 私は長らく消化管を専門として研究してきましたが、2017年に「京丹後長寿コホート研究*1 」がスタートしたことをきっかけに、健康長寿に向けて腸の研究に取り組むようになりました。京丹後長寿コホート研究は、長寿で有名な京丹後市と京都府立医科大学が協同で健康長寿の秘訣を探る疫学調査です。京丹後市は少し前まではコンビニエンスストアもなかった地域で、今ご高齢の方々は、自ら田畑で作物をつくり、山や海から食糧を調達する生活を続けていらっしゃいました。そうした方々の活動と、運動や認知機能、口腔領域など多岐にわたる身体機能への影響を明らかにし、健康長寿に活かそうと研究が行われています。

健康長寿と腸内細菌叢、食生活の関係

 京丹後長寿コホート研究の一環として行った調査で、京丹後市は京都市に比べ、大腸がんの罹患率が2分の1以下であることがわかりました。これには腸内環境の違いが影響しているのではないかと考え、京都市と京丹後市の65歳以上の高齢者各51人について、腸内細菌叢を調べた結果が図1です。

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 門レベルでの比較(図1の左側)では、京丹後市の高齢者の腸内はファーミキューテス門の細菌が多く、バクテロイデス門の細菌が少ないことがわかります。さらにより細かく属レベルで分類したところ(図1の右側)、京丹後市において占有率が高い上位四つがファーミキューテス門の細菌であり、酪酸菌であることがわかりました。京丹後市の高齢者の腸内に酪酸菌が多いことが長寿の原因と言えるかどうかは、現在解析を進めている段階です。しかし、線虫を用いた研究では、酪酸菌の1種であるクロストリジウム・ブチリカムを食べさせると寿命がのびることがわかっています。今後はマウスや人レベルでの研究が待たれます。
 私は、京丹後市の高齢者の腸内に酪酸菌が多いのは、伝統的な食生活によるものだろうと考えています。その食生活の特徴としては、肉を食べる人は少なく、魚や海藻類、豆やイモ、根菜、玄米、大麦などが中心で、食物繊維の摂取量が多いことです。こうした食事が、腸内環境を整え健康につながっているのではないかと考えています。
 さらに、私たちは酪酸菌とサルコペニア予防との関係についても研究を進めています。私たちが京丹後地域の高齢者のデータを分析したところ、酪酸菌が多いほど筋肉量が多いということがわかりました。私は老化においてサルコペニアやフレイルは重要なマーカーだと考えており、老化予防としてのサルコペニア・フレイル対策に注力する必要を感じています。

腸内細菌叢の五つのタイプと抗老化食

 京都府立医科大学に通院していた14~101歳の男女1,803人(肝疾患、機能性胃腸障害、糖尿病などの患者1,520人と健康な人283人)の糞便を人工知能(AI)を用いて遺伝子解析した結果、腸内細菌叢が五つのタイプに分類されました*2 。従来の海外の研究では四つに分類されることが多かったのですが、今回の研究では日本人の腸内細菌叢が既存のタイプに分類できず、新たに五つ目のタイプが加わりました。
 五つのタイプによる健康度や疾患の割合を見ると、二つのタイプで健康な人の割合が多く、一つのタイプは心臓や血圧の疾患リスクが高いグループだとわかりました。さらに食生活について分析すると、健康な二つのタイプのうち、一方は京丹後市のような伝統的な食事を多くとっているグループで、もう一方は現代風の食事をバランスよくとっているグループだとわかってきました。ただし、この五つのタイプは生まれつき決まっているわけではなく、食生活やライフスタイルによって変化します。疾患リスクの高いタイプでも、食事指導で健康なタイプに変わることもあるのです。そこで注目されているのが、自分の腸内細菌叢のタイプを知ることのできる検査です。2021年には、民間の検査サービス事業*3 がスタートしています。こうしたことから、今後は自らの腸内環境を知り、改善しようという考え方が増えてくるでしょう。

腸内環境の状況をわかりやすく示す「腸年齢」

 これからの抗加齢医療については、DNAや血液、腸内細菌といった生物学的データを指標にして、より安全で持続性のあるアプローチができるような環境づくりを進めたいと考えています。その一つとして取り組んでいるのが、腸内環境を年齢で表す「腸年齢」の計算方法です。実年齢との差によって腸内環境の良し悪しを示すもので、例えば60歳の患者さんが「あなたの血管年齢は70歳です」と言われたら動脈硬化が進んでいるのかなと思うように、腸内環境データを臨床や健康指導に活かせる指標を作りたいと思っています。
 健康長寿に向けての取り組みが広がる中で、保健師や栄養士といった専門職の方の活躍の場は広がっています。京丹後長寿コホート研究においても多くの保健師さんや栄養士さんが協力してくださっており、今年7月には皆さんの尽力で京丹後の百寿者の方が食べている食材やメニューを紹介する本*4 が出版されました。保健師や栄養士といった専門職の方には、どんどん新しい分野で活躍していただきたいと思っています。

  • * 1 京丹後長寿コホート研究
     100歳以上の方が全国平均の2.7倍いる京丹後市の65歳以上の方を対象に健康診断を行い、健康長寿の秘訣を探る疫学調査。平成29年度から、文部科学省・科学技術振興機構のセンター・オブ・イノベーションプログラムの一環として、青森県の弘前大学とも協同で実施。
  • * 2 Takagi T. et al. Microorganisms. 10, 664, 2022.
  • * 3 https://www.kpu-m.ac.jp/doc/news/2021/files/29030.pdf
  • * 4 「〜今に活きる〜京丹後百寿人生レシピ(第4版)」
     https://www.city.kyotango.lg.jp/material/files/group/1/20220810_n144.pdf
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