研究・健康レポート

「代謝からみた中年期の健康」

2021年8月、アメリカ科学振興協会が発行する学術雑誌『サイエンス』に、日常生活環境下における総エネルギー消費量に関する国際共同調査についての論文が発表されました。この論文の共同責任著者である山田陽介氏に、研究成果について伺うとともに、代謝の面からみた中年期の健康についてお話しいただきました。

山田 陽介 Yamada Yosuke

国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所
国立健康・栄養研究所 身体活動研究部 特別研究員
京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員

2003年京都大学総合人間学部卒業。2008年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程指導認定退学。2009年同博士(人間・環境学)。ウィスコンシン大学マディソン校農学部栄養学科、福岡大学、京都府立医科大学(日本学術振興会特別研究員SPD)を経て、2014年から国立健康・栄養研究所にて研究に従事。アメリカ老年学会65周年記念論文賞、生理人類学会優秀論文賞、国際サルコペニア学会若手最優秀発表賞、国際骨粗鬆症・骨密度学会若手最優秀発表賞、日本体力医学会学会賞などを受賞。アメリカ老年学会誌編集委員。

国際共同調査の手法と結果

 『サイエンス』誌に発表した国際共同調査*1 が始まったのは、2014年に日本で開催されたエネルギー代謝に関する国際学術会議「RACMEM2014*2 」がきっかけです。この会議で参集した各国の専門家との二重標識水法のワークショップを国立健康・栄養研究所で開催し、調査研究が始まったのです。中心となる9名の研究者が関係各位に働きかけ、2018年末に世界29カ国の生後8日から95歳までの6,600人以上の二重標識水法のデータベースが構築されました。その後、ヒトの生涯にわたる1日当たりの総エネルギー消費量について分析を行いました。
 二重標識水法は、水素と酸素の両方が安定同位体で標識された水を経口投与し、エネルギー代謝を測定する方法です。生体試料採取は尿サンプルなので難しくありませんが、安定同位体を分析する装置が世界でも限られた機関にしかないため、これまでデータベースが構築されてきませんでした。
 国際共同調査の結果から、1日あたりの総エネルギー消費量と年齢との関係性を見たものが図1です。誕生から10代後半まで数値が上昇した後、20代中盤から60歳頃まではほぼ変わらない値を示しました。これは、中年期になると代謝が落ちるという通説からすると予想外の現象かもしれません。60歳以降はある程度低下し、加齢にともなうエネルギー代謝の低下が明確に観察されました。60歳以降に総エネルギー消費量が低下するのは、活動量の低下やサルコペニアなどで筋肉量が低下することにより、代謝が落ちるためではないかと考えています。図2は、体格で調整した場合の総エネルギー消費量を示したものです。1〜2歳の間が体に対して最もエネルギーを必要とすることがわかりました。飢餓状態にある国や地域においては、この時期の栄養不足が死亡率に結びついているのではないかと考えています。また20代中盤から60歳頃までは体格で調整しても総エネルギー消費量の差は少なく、これは今回の調査分析で初めてわかったことです。

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中年太りの原因とコロナ禍の影響

 1日あたりの総エネルギー消費量が20代中盤から60歳頃までほぼ変わらないという結果をふまえ、中年期になぜ太るのかについて考える必要性を感じました。現時点で考えられる原因の一つは、知らず知らずのうちにエネルギー摂取量が増えているのではないかということです。なかでも結婚や仕事など人生の転機や環境変化が、食べる量に影響を与えている可能性があります。また近年の研究により、睡眠が不足するとより多く食べる傾向が示されています。日本人は昔に比べて睡眠時間が減っている上に慢性的に睡眠不足の傾向にありますので、エネルギー摂取に睡眠が影響している可能性もあるのではないかと思います。さらに運動面では、国民健康・栄養調査で中年期に差しかかると20代に比べて歩数が下がり、活動量が減ることが示されています。人間の体はエネルギー摂取量と消費量をコントロールしてバランスを整えようとしますが、運動量が下がった場合に痩せにくい状態になる、あるいは痩せた後にリバウンドしやすくなるといわれています。活動量が減る中年期は、リバウンドの可能性が高いといえます。
 さらに、中年期に注意すべき現象としてホリデー・ウェイトゲインがあります。クリスマスから正月の日常と異なる食習慣や休暇に伴う活動量の減少により体重が増える現象のことで、日本の場合は冬季休暇に加えてゴールデンウィークも該当するでしょう。活動量が減る中年期は体重が戻りにくく、仮に1年で1kgずつ増えるだけでも、10年経てば10kg太ってしまいます。また女性の場合、閉経後に更年期太りが起こりやすくなったり、肥満に伴う疾病リスクが高まるのは、皮下脂肪を蓄える働きがある女性ホルモンの作用が弱くなるためです。余剰な脂肪が内臓脂肪や血中脂質になり脂肪の分布が変わることにより、見た目の違いが出たり、生活習慣病を発症しやすくなります。
 太りにくい体をつくるためには、バランスのよい食生活を基本として十分な睡眠をとり、運動時間を増やすことが必要です。とくに中年期の肥満解消ではまずは食事療法から始めますが、痩せた後のリバウンドを防ぐ意味では運動や睡眠へのアプローチが重要です。痩せるフェーズとリバウンドしないフェーズに分けて対策を講じることが必要です。
 私は全国の日本人の活動量に関する研究*3 を行っていますが、新型コロナウイルス感染症の発生前後の2019年と2020年を比較したところ、首都圏の大都市において有意に歩数が減少しており、コロナ禍により通勤行動が変わった集団において活動量が明らかに減る事象が認められました。テレワークなどによりエネルギー消費量が少ない状態が続く一方でエネルギー摂取量は変わらないことが、コロナ太りの要因となっています。意識的に散歩するなど、活動量を増やすことが求められます。

運動・食事・睡眠の重要性を発信

 国際共同調査に関しては、今後は世界に目を向け、肥満と飢餓という栄養障害の二重負荷の問題について解決策を示していきたいと考えています。現在、29カ国のデータを社会的な特徴の違う国に層別し、発展途上国にはどのようなエネルギー代謝の問題があるのかを調べ始めています。データベースも拡張しつつありますので、今後の成果に期待しています。
 国内では、私が勤務する国立健康・栄養研究所の役割の一つが、運動・食事・睡眠という三つの要素の重要性を社会に発信することであることに鑑み、社会に実装した際に実現可能で、効果が出る研究をしていきたいと考えています。2011年に共同研究者と京都府亀岡市で立ち上げた「亀岡スタディ*4 」では高齢者に対して歩数を2000歩増やす、食事バランスを整える、口腔体操指導などの介入を行っています。亀岡市の2001年度と2018年度の高齢者一人あたりの介護給付費を比較したところ3.7%減となっており、介入の効果ではないかと嬉しく思っています。
 平均寿命の延伸においては、メタボやフレイルなどの問題をいかに啓蒙し予防するかが重要です。保健師や栄養士といった専門職は、予防段階から関わることができる貴重な職業ですので、食事・運動・睡眠などについての正しい知識を多くの方々に伝えていただけたらと思います。

  • * 1 Pontzer H. et al. Science. 373, 808, 2021.
  • * 2 RACMEM2014
     3rd International Conference on ‘Recent Advances and Controversies in the Measurement of Energy Metabolism.’
     https://www.racmem.org/2014-tokyo
  • * 3 Yamada Y. et al. J Nutr Health Aging. 25, 1032, 2021.
  • * 4 亀岡市、京都学園大学(現:京都先端科学大学)、京都府、京都府立医科大学、国立健康・栄養研究所を中心として実施。
     https://www.nibiohn.go.jp/eiken/info/kameoka_study.html
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