研究・健康レポート

「老年期の健康 ―心と身体をほぐす生活習慣―」

新型コロナウイルス感染症対策の長期化により運動不足の高齢者が増え、「サルコペニア」や「フレイル」などの健康リスクが高まっています。リスクの軽減のために、どのような予防・対策を行えばよいのでしょうか。高齢者の運動機能改善の第一人者である金 憲経氏にお話を伺いました。

金 憲経 Kim Hunkyung

地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター 研究部長
(※取材時)

1994年筑波大学大学院スポーツ科学研究科修了後、1996年同大学体育科学系講師就任。1998年より財団法人東京都老人総合研究所(現:地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター)、2022年3月同退職。体育科学博士。「アクティブシニア『食と栄養』研究会」の運営委員。フレイルと筋骨格系の健康テーマに取り組んでいる。

サルコペニアの危険性と肥満との関係

 「サルコペニア」とは、ギリシャ語で筋肉を意味する「サルコ(sarx/sarco)」と喪失を意味する「ペニア(penia)」を合わせた造語です。1989年にアメリカの研究者・Rosenbergにより提唱され、それ以来加齢による筋肉量の低下を表す現象として定義されてきました。現在は筋肉量の低下に加え、筋力の低下あるいは身体機能の低下(歩行速度が1.0m/秒以下)のいずれかが見られる場合にサルコペニアと診断されています。さらに筋肉量・筋力・身体機能の全てが低下している場合は「重症サルコペニア」と分類されます。サルコペニアの原因は加齢のほか、活動量の減少、栄養素の不足、疾病などが考えられ、高齢者だけではなく若い方もサルコペニアになる可能性があります。
 サルコペニアによって筋肉量や筋力が低下することで気をつけなければいけないのは、転倒・骨折リスクの増大です。特にサルコペニアの高齢者に非常に多く見られる転倒による大腿骨頸部骨折は、活動量の大幅な減少につながり、要介護状態の前段階である「フレイル」に進む可能性が高まります。
 また近年では、サルコペニアと肥満が重なった状態である「サルコペニア肥満」が深刻な問題となっています。サルコペニア肥満の定義は非常に難しく、現時点では世界的に統一された診断基準は定められていませんが、一般的には加齢によって筋肉量が減少し、体脂肪量が増加した状態をサルコペニア肥満と呼んでいます。しかし、その基準だけでは実態を把握するのは難しいと考え、私たち東京都健康長寿医療センターでは、「体脂肪率32%以上かつ握力が男性28kg未満・女性18kg未満」と「体脂肪率32%以上かつ歩行速度1.0m/秒以下」の2パターンを、サルコペニア肥満の診断基準として設定しています。サルコペニア肥満は、通常の肥満と比較して尿失禁が起こりやすいことが調査によって明らかになっています。さらに高血圧や糖尿病、高脂血症などの生活習慣病に加えて、腰痛、膝痛、変形性膝関節症などに罹る方も多くいらっしゃいます。そのため、通常の肥満とサルコペニア肥満は分けて扱う必要があります。

要介護リスクを高めるフレイル

 身体機能や社会・心理・精神機能の脆弱により、健康障害が起こりやすい状態をフレイルと呼びます。前述のとおり、要介護状態の前段階に位置しますが、生活習慣を整えたり適切な治療を受けることにより、要介護状態に進まずに、健康な状態に戻ることができます。フレイルには、低栄養やサルコペニアを起因とする運動機能の低下を中心とした「身体的フレイル」、独居や孤食、人との交流頻度の低下による地域からの孤立状態を指す「社会的フレイル」、身体的フレイルにMCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)を伴う「認知的フレイル」などがあります。フレイルの予防には、これらを総合的にみて対応する必要があります。身体的フレイルの診断には、世界的に広く使われているCHS(Cardiovascular Health Study)基準をもとに、2020年に国立長寿医療研究センターが改訂した日本版フレイル基準(J-CHS基準)*1 を用います。評価基準は以下の5つの項目です。このうち、3項目以上に該当する場合にフレイルと診断されます。

 1.体重減少
  6か月で、2kg以上の(意図しない)体重減少
 2.筋力低下
  握力が男性28kg未満、女性18kg未満
 3.疲労感
  (ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがする
 4.歩行速度
  通常歩行速度1.0m/秒未満
 5.活動量の減少
  ①軽い運動・体操をしていますか?
  ②定期的な運動・スポーツをしていますか?
  上記2つのいずれも「週に1回もしていない」と回答

 また、身体的フレイルをはじめとするフレイル状態は、さまざまな疾病要因が互いに作用し合う「フレイル・サイクル」と呼ばれる悪循環に陥ることで、より悪化します。例えば、加齢などにより活動量が低下すると、エネルギー消費量が減少します。そして食欲低下および栄養不足の状態に陥り、サルコペニアが進行し、やがて要介護状態に至るといったケースです。健康状態を維持するためには、このフレイル・サイクルを断ち切るための適切な予防を行う必要があります。

サルコペニア・フレイル予防の要は運動と栄養

 新型コロナウイルス感染症対策の長期化により、高齢者の健康への悪影響が懸念されています。外出を控えることにより活動量が低下しがちな今、高齢者のサルコペニア・フレイル予防においては、適切な栄養素の摂取と適度な運動が大切です。
 栄養面に関しては、特に必須アミノ酸の摂取が重視されています。筋肉の量は、筋タンパク質の構成成分である必須アミノ酸が分解と合成を繰り返すことによって維持されます。しかし、加齢に伴い分解・合成のバランスが崩れ、合成より分解が促進されると、筋肉量減少につながります。したがって、筋タンパク質の合成力を高める必須アミノ酸の補充が、筋肉量維持に非常に効果的です。フレイルの高齢者の食習慣を調査したところ、フレイルではない方と比較して肉や魚、大豆製品、乳製品などタンパク質を含む食品の摂取量が少ない、かつ摂取する食品の種類が少ないことがわかりました。つまり、フレイル予防においては日頃から多様な食品をバランスよく摂取することが重要だと考えられます。
 私たちは、高齢期の健康維持のためにはどのような取り組みが有効かを検討するために、75歳以上のサルコペニアの女性155名を対象とした調査を実施しました*2 。調査では、対象者を運動指導+アミノ酸補充、運動指導のみ、アミノ酸補充のみの3グループに分け、3カ月間、運動指導とアミノ酸補充の介入を実施しました。なお、アミノ酸は、筋肉の合成に重要な役割を担うロイシンが42%含まれる錠剤を1日6g補充しました。その結果、脚の筋肉量と膝伸展力ともに有意な増加が認められたのは、運動指導+アミノ酸補充のグループのみでした(図1)。

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 なお、脚の筋肉量では運動指導のみのグループも有意な増加が認められました。以上の結果から、高齢者の健康維持には運動だけ、栄養だけではなく、運動と栄養の組み合わせが重要であることがわかりました。調査に参加していただいた方の中には、当初は付き添いがなければ会場に来られない方もいらっしゃいました。しかし、3カ月の運動指導+栄養補充の介入が終わる頃には、1人で会場に来て、帰りに友人と食事ができるまでの健康な状態に戻りました。際立ったケースではありますが、フレイル状態から健康状態に戻ることができるという一例です。
 運動に関しては、自分の体に合った適度な運動をすることが大切です。高齢者の場合、体の状態の個人差が非常に大きいため、痛みや筋肉の衰えを感じる部位を中心に鍛える運動を行いましょう。図2は歩き方のポイントを示したものです。

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 私たちは、普段の歩幅よりも10cm大股に歩くことを意識したウォーキングをおすすめしています。歩幅を広げることで自然にスピードが上がり、筋肉に刺激が与えられます。はじめは難しいかもしれませんが、歩幅+10cmを維持できるような体づくりを目指すことで、歩行機能に関わるさまざまな筋肉が鍛えられます*3

SNSの活用もフレイル予防につながる

 コロナ禍においては、社会活動の制限を起因とする社会的フレイルのリスクも危惧されています。人とのつながりが希薄になることで、フレイルのリスクも高まります。そうした中でも社会活動を促進させる対策の一つがSNSです。老人クラブ活動など対面での活発な交流ができないコロナ禍においては、SNSを通じて家族や友人と日々の出来事を共有したりコメントしあうことで、社会的孤立を防ぐことができます。実際、SNSで積極的な発信を行う高齢者も増えています。
 一方、情報を上手くキャッチできず、健康維持のためにどのような取り組みをすればいいかわからないという高齢者は依然として多くいらっしゃいます。保健師や栄養士といった健康づくりをサポートする立場の方には、ぜひ積極的に情報を発信していただければと思います。

  • * 1 2020年改定 日本版CHS基準(J-CHS基準)
     詳細はhttps://www.ncgg.go.jp/ri/lab/cgss/department/frailty/documents/J-CHS2020.pdfよりご覧いただけます。
  • * 2 Kim H. et al. JAGS. 60, 16, 2012.
  • * 3 その他の運動についてはWebサイト(https://www.kao.co.jp/lifei/support/95/)にて詳しく紹介しています。
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