研究・健康レポート

「前向きに過ごして免疫力をアップ」

コロナ禍の影響により新たな生活様式が求められる中、日々の暮らしにおいて、どのようなことに気をつけるべきでしょうか。
花王株式会社の全社産業医として活動する清水智意氏に、生活面での変化と現状、それに対するケア・解決策等を伺いました。

清水 智意 Shimizu Chii

花王株式会社 全社産業医

1997年産業医科大学医学部卒業。内科臨床医として病院勤務を経て2000年よりJFEスチール株式会社東日本製鉄所京浜地区。専属産業医の経験を積む。2016年より花王株式会社 全社産業医として従事。日本産業衛生学会専門医・指導医、社会医学系指導医、労働衛生コンサルタント(保健衛生)、日測協認定オキュペイショナルハイジニスト(IOHA認証)。

日常生活の変化が及ぼす影響

 コロナ禍による日常生活の変化としては、外出自粛による身体活動面の低下、人と人とのつながりなどの社会的交流の減少が挙げられます。こうした状況に伴い、多くの人がこれまでの生活のパターンの変更を余儀なくされています。生活の変化にうまく適応できない場合、仕事面やメンタルヘルス面に悪影響を及ぼすことになるでしょう。
 花王株式会社のうち、私が産業医業務を担当している栃木事業場におけるコロナ禍での面談では、感染への不安や今後の感染状況が見通せないといった先行きが不透明なことへの悩みのほか、在宅時間が増えたことによる運動不足や生活が不規則になるという話を聞くことが増え、生活の変化に馴染めないことに困難を感じている方が多いようです。さらに、今年の健康診断の結果について、集計途中ではありますが、男性で約6割、女性で約7割に昨年と比較して体重の増加が見受けられました。平均してBMIでは約0.7、体重では約2kg増えており、これだけ高い数値が出ていることに、コロナ禍の影響の大きさを感じます。体重の増加は生活習慣病の悪化につながります。花王では、従来から社員の生活習慣病改善に向けて適正体重の維持・減量支援に取り組んできましたので、改めてコロナ禍による体重増加への対策として、運動の重要性をお伝えしています。
 仕事の面では、栃木事業場では3月から在宅勤務が本格的に始まりました。スタート時には、時間の管理、コミュニケーション方法、業務の評価方法などが確立していない状況だったこと、また社員の方も在宅勤務に適した環境が整っていなかったことから、在宅勤務の在り方を模索しながらの取り組みになりました。半年以上が経過した現在では、在宅勤務という環境に馴染めた方とそうでない方が出てきており、うまく適応できていない方は体調面や精神的な不調につながっている印象です。

規則正しい生活の重要性

 今回のコロナ禍をきっかけに、新しい情報をキャッチして積極的に生活に組み込める方と、情報をキャッチできない、あるいはキャッチしても自分の生活にスムーズに組み込みにくい方がいるように感じています。こうした状態が健康格差の広がりにつながらないためにも、産業医の立場からさまざまな機会を通して適切な情報を提供するよう心がけています。
 私は、従来から毎月1回、職場の代表者を対象とした「安全衛生委員会」で講話する機会をいただいています。今年はコロナに関連して、感染の予防、感染に対する不安への対処、インフルエンザの感染予防、運動のすすめなど、さまざまな角度からの内容を提供しました。こうした情報は、安全衛生委員会の出席者から各職場の方に伝えていただくほか、資料を会社のイントラネットに掲載することにより、社員がアクセスすることができます。
 私は、コロナ対策の特効薬のない現状において免疫力を高めるためには、規則正しい生活が大原則になると考えています。朝に起きて、日中はしっかり活動して、夜は睡眠をとる。在宅勤務で食事時間が不規則になりがちな方は、時間を決めて3食きちんと摂り、間食やアルコールについてはタイミングや量をあらかじめ決めておく。日中の活動には運動も必要ですから、ラジオ体操やウォーキングといった軽い運動を生活の中に組み込みましょうとお話ししています。日常的に運動している人は、生活習慣病リスクが低く、仕事のパフォーマンスが高いことがわかっています。コロナに関わらず、生活基盤を整えることはストレスを低減し免疫力を向上させ、メンタルヘルス面でも仕事面でもよい影響を及ぼすのです。

「笑い」がメンタルヘルスにもたらす効果

 職場のストレス対策としては、笑いを通して健康状態改善に取り組んだケースがあります。事例として栃木事業場では、ストレスチェックの結果、総合健康リスクが高く活気が低い職場を対象に「笑い体操」を取り入れてみたのです。「笑い体操」は、笑いとヨガの呼吸法を組み合わせた「ラフターヨガ」をベースにしたもので、身振り手振りとともに思いきり息を吸って「ワッハッハ」と笑うものです。「アロハ笑い」や「昆布笑い」など数種類の動きを組み合わせ、1回あたり約5分間行います(写真1)。身体がポカポカしてきますし、声を出すことによるスッキリ感があります。これを約3ヶ月間(2019年8月中旬~11月中旬)、朝のミーティング時に実施したところ、プレゼンティーズム*1 評価(WFun : Work functioning impairment scale)において統計的に有意な改善結果が認められました(図1)*2 。また、「職場の人と話しやすくなった」という感想も寄せられました。

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 心の底からの“可笑しさ”による笑いでなくとも、“笑う”という動作そのものが心身へ良い効果をもたらすことがわかっています。「笑い体操」は強制的に笑う動作を行うものですが、習慣化すると自然と笑顔が出やすくなり、「笑う門には福来る」のとおり、メンタルヘルス面も活発になりやすいと感じます。「笑い体操」は椅子に座ったままでもできますから、外出しづらい時期にこそ取り入れていただけるとよいのではないかと思います。
 私自身も、コロナ禍の日常生活において、プラス面に目を向けて楽しく笑って過ごすことを心がけています。例えば在宅時間が増えたことで家の中でやるべきことができる、自分を見つめ直す時間ができて課題に取り組めるなど、前向きに捉えることを大切にしています。
 栄養士や保健師のみなさまのように健康づくりに取り組む方々にとっては、コロナの影響によって、健康管理や保健指導の面でこれまでの方法が通用しなくなりご苦労されていることと思います。しかし、発想を転換すれば、今までやったことのない新しいことに挑戦しやすくなったと考えることもできます。そうすると、現在の状況を「チャンス」と捉えることもできるのではないでしょうか。企業における健康管理においても、産業保健スタッフのみならず多職種が連携して、これまでできなかった新しいことに前向きに取り組んでいければと思います。

  • * 1 プレゼンティーズム(presenteeism)
    従業員が職場に出勤している(present)ものの、何らかの健康問題によって、業務の効率が落ちている状況。
  • * 2 第93回 日本産業衛生学会(Web開催、2020年5月)にて発表。
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