研究・健康レポート

「感染症予防における衛生習慣の重要性」

感染症・感染制御の専門家として、感染症分野に関する幅広い研究に携わっている國島広之先生。例年流行するインフルエンザや、現在も感染拡大が続く新型コロナウイルスなど、さまざまな感染症の予防として、手指消毒をはじめとする衛生習慣の重要性について伺いました。

國島 広之 Kunishima Hiroyuki

聖マリアンナ医科大学 感染症学講座 教授

1995年5月聖マリアンナ医科大学附属病院第一内科。2001年4月聖マリアンナ医科大学内科学 (呼吸器・感染症内科) 助手。2002年4月東北大学医学部附属病院検査部、感染管理室医員。2003年4月東北大学病院検査部、感染管理室助手。2009年12月東北大学病院検査部講師。2010年4月東北大学大学院感染症診療地域連携講座講師。2012年4月東北大学大学院感染症診療地域連携講座准教授。2013年4月聖マリアンナ医科大学内科学総合診療内科准教授、2014年4月より川崎市立多摩病院(指定管理者聖マリアンナ医科大学) 総合診療内科部長を兼務。2016年9月聖マリアンナ医科大学感染症学講座教授、2017年4月より聖マリアンナ医科大学病院感染症センター長を兼務。

感染経路と予防策

 世界各地で感染拡大を続ける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のほか、日本では例年、インフルエンザやノロウイルスによる感染性胃腸炎など感染症の流行が冬季にみられます。日頃からの感染予防が大切です。
 感染予防をするうえで、感染経路を知ることは大切です。新型コロナウイルスやインフルエンザは主に飛沫感染、また接触感染により伝播すると考えられています(図1)。

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 飛沫感染とは、感染者の咳やくしゃみなどに含まれるウイルスを吸い込むことにより感染することです。接触感染には、感染者と握手をするなど直接触れることで伝播がおこる場合(直接接触感染)と、感染者が咳やくしゃみなどをした際に生じた飛沫がドアノブなど環境表面に付着し、他の人がその場所を触れることで伝播がおこる場合(間接接触感染)があります。その結果、ウイルスが付着した手指で口・目・鼻に触れることで粘膜などを通じてウイルスが体内に入り感染します。また、新型コロナウイルス感染症では、換気の悪い密閉空間では、5マイクロメートル未満の粒子が数時間、空気中を漂い、2メートル以上離れた距離に届く、マイクロ飛沫感染による感染経路が言われています。
 インフルエンザの場合は、最も感染性が強いのは発症後と言われています。一方、新型コロナウイルスの場合は、約4割の人が発症前に感染させていることが報告されています*1 。これは、発症に気が付いたときには、すでに他の人にうつしている可能性があるということです。そのために、熱や症状の有無に関わらず、日頃からのマスク着用(ユニバーサルマスキング)が推奨されています。
 新型コロナウイルスに関して、クラスター解析により、感染リスクが高まる「5つの場面」が提言されています*2

  ・場面1 飲酒を伴う懇親会等
  ・場面2 大人数や長時間におよぶ飲食
  ・場面3 マスクなしでの会話
  ・場面4 狭い空間での共同生活
  ・場面5 居場所の切り替わり

 外出時には、このような場面を避けて行動することが大切です。
 一方、インフルエンザも、家庭内での感染が多く、全体では10%程度と考えられており、特に小児間の感染が多いことが知られています。そこで、家庭内での感染症対策を講じることが重要です。

感染症と手指衛生

 家庭内に感染症を持ち込まない・拡げないためには「手洗い」が有効な手段です。米国疾病管理予防センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)のガイドラインでは「多くの場合、病原体を取り除く最良の方法は水と石けんで手を洗うこと」とあります*3 。手洗いのタイミングは、外出から戻った後、多くの人が触れたと思われる場所を触った時、咳・くしゃみ、鼻をかんだ後、調理の前、食事の前、トイレの後などです。指先や爪と指の間、手首など、洗い残しがないように行います。流水と石けんを用いた手洗いでは、15秒で約1/10、30秒で1/100~1/1000程度に手指の微生物が減少するため、30秒ほどかけて指先や指間を含めてきちんと手洗いをするのが良いでしょう(図2)。

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 石けんによる手洗いの効果については、インフルエンザの場合、手指衛生の励行によって家庭内での二次感染が58%減少するという報告があります*4 。また1日の手洗いの頻度が多いほど、感染のリスクが減少することが報告されています*5 。さらに、不十分な手洗いでは感染リスクが増加し、日常的に手洗いを行っている場合では感染リスクが低下するという報告もあります*6 。このような科学的エビデンスにより、家庭や職場、学校における感染対策は手指衛生が基本とされています。コロナウイルスにおいても、手指衛生の励行により感染リスクが1/3程度になるとの報告*7 があります。今後のさらなる研究の進展が望まれます。
 外出時など水道や石けんが使用できないときは、アルコールの手指消毒液を使うこともできます。しかし、アルコールは、病原体の種類によっては殺滅できない場合もあります。新型コロナウイルスはアルコールだけでなく、石けんに含まれている界面活性剤でも殺滅されることが示されています*8 。感染症対策として、手すりやドアノブなどの高頻度接触面は定期的に消毒することも有効ですが、これらに触れた場合によく手を洗うことを心がけていただきたいと考えています。

これからの感染症対策

 感染症は地域で伝播・拡散するため、社会全体で対応するべき共通課題です。そのため、感染症対策においては日頃からの情報共有が最も大切です。今年の4月に東北医科薬科大学医学部感染症学教室特任教授/東北大学名誉教授の賀来満夫先生監修のもとで「新型コロナウイルス感染症 ~市民向け感染予防ハンドブック」*9 を公開していますので、ぜひご覧ください。私が所属する聖マリアンナ医科大学病院の感染症センターでも感染症に関するさまざまな情報を発信し、地域ネットワークの拠点としての役割を担っています。
 保健師や栄養士の方々は日頃から衛生習慣の指導や保健指導を行われていますが、今回のコロナ禍の感染症対策において、改めてその重要性を認識されたことと思います。ご苦労される部分も多いかと思いますが、現在の状況を衛生習慣指導のチャンスと捉えて、継続的な衛生習慣のより一層の定着にぜひご尽力いただければと思います。

  • * 1 He X, et al. Nat Med. 26, 672, 2020.
  • * 2 新型コロナウイルス感染症対策分科会資料
    詳細はhttps://corona.go.jp/proposal/pdf/bunkakai_20201023.pdfよりご覧いただけます。
  • * 3 詳細はhttps://www.cdc.gov/handwashing/when-how-handwashing.htmlよりご覧いただけます。
  • * 4 Cowling B.J, et al. Ann Intern Med. 151, 437, 2009.
  • * 5 Godoy P, et al. Prev Med. 54, 434, 2012.
  • * 6 Bin Abdulrahman AK, et al. BMC Public Health. 19, 1324, 2019.
  • * 7 Doung-Ngern P, et al. Emerg Infect Dis. 26, 2607, 2020.
  • * 8 NITE「新型コロナウイルスに対する代替消毒方法の有効性評価(最終報告)」
    詳細はhttps://www.nite.go.jp/data/000111315.pdfよりご覧いただけます。
  • * 9 詳細はhttps://www.hosp.tohoku-mpu.ac.jp/info/information/2326/よりご覧いただけます。
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