巻頭インタビュー

「適度な運動で免疫力向上」

コロナ禍で身体活動が低下する中、どのように運動に取り組めば良いのでしょうか。
免疫力をアップする運動方法、在宅でもできる運動、睡眠や入浴でのリラックス方法など、毎日の生活に無理なく取り入れられる方法について、医師であり、予防医学、運動免疫学を専門に研究する鈴木克彦先生に伺いました。

鈴木 克彦 Suzuki Katsuhiko

早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授

1991年早稲田大学人間科学部卒業。1993年早稲田大学大学院人間科学研究科生命科学専攻修士課程修了。1999年弘前大学医学部卒業。2001年国立国際医療センター病院内科臨床研修課程修了。2002年弘前大学医学部助手。2003年早稲田大学人間科学部専任講師。2008年早稲田大学スポーツ科学学術院准教授、2013年より現職。早稲田大学保健センター・スポーツ医科学クリニック内科医師を兼務。専門分野は、予防医学、運動免疫学、応用生理学。

免疫力を適度な状態に保つために

 免疫とは、私たちの体内に外部から侵入してくるウイルスや細菌から身体を守る防御システムのことです。このため免疫力が低下すると、風邪をひきやすくなったり、感染症にかかりやすくなります。また免疫力が低下すると、体内にできたがん細胞が増殖しやすくなるため、がんになりやすくなります。さらに、免疫系は抗体のほか、顆粒球やリンパ球などさまざまな種類の細胞で構成されており、どれかが減少すると免疫不全症となります。たとえばHIV感染症・エイズは正式名称を「後天性免疫不全症候群」といい、ヘルパーT細胞が減少することで免疫機能が低下して、さまざまな感染症が現れます。
 一方で、免疫力は高ければ良いというものではありません。免疫系が高まりすぎた状態を炎症といい、過剰な炎症は病気につながります。例えば、関節リウマチなどの膠原病は自己免疫疾患と呼ばれ、免疫反応が高まりすぎたために起こります。また、アレルギー疾患の花粉症や喘息も、過剰に免疫がはたらく過敏反応によって起きる症状です。つまり、免疫力は低すぎても高すぎても良くなく、適度に保たれている状態が病気になりにくいのです。
 今回のコロナ禍と免疫の関係を考える際に、前提として、免疫系はストレスに弱いということが挙げられます。コロナ禍によって、経済的に厳しい状況に追い込まれたり、働いている方は勤務形態が変わったり、学生は学校に通えなかったりと、多くの方にとって精神的ストレスの大きい状況が続いていると思います。
 また身体面では、「コロナ太り」という言葉ができたように、外出自粛やスポーツクラブの一時閉鎖などにより、運動不足になった方が多いのではないでしょうか。運動不足は体力の低下を招き、肥満や生活習慣病の原因になります。肥満は代謝異常を伴って発症し免疫力低下の要因になりますので、適度な運動など生活習慣の改善が求められます。
 感染症を恐れるあまり外に出ないという考え方もありますが、運動不足から免疫力が低下すると感染症にかかりやすくなってしまうという悪循環に陥りかねません。またコロナ禍が長期化する中で、肥満が進んだり、肥満による高血圧など生活習慣病が発生しやすくなっています。生活習慣病を予防するためには、感染に気をつけつつ、適度な運動が必要です。ちなみに、私も外出自粛時に太ってしまいましたが、再びスポーツクラブに通うようになって体重が元に戻るという経験をしました。現在も、感染に万全の対策をしつつ、健康のためにスポーツクラブに通っています。

身体活動量や運動強度と免疫の関係

 では、免疫力を高めるための適度な運動とは、どのようなものなのでしょうか。先述したとおり、免疫系はストレスに弱いので、疲労や筋肉痛を起こすような激しい運動はストレスになるため、免疫にとっては良くありません。
 適度な運動強度を表す数値の一つに、換気性作業閾値があります。これは、徐々に運動強度を上げていくと急に息が上がるポイントのことです。求め方としては、マスクをつけた状態で運動負荷を徐々に増加させて換気量を計測し、急増する変曲点を決めます。換気性作業閾値を基準とすると、生活習慣病予防を目的とした有酸素運動においては、息切れしない状態が適度な運動で、息切れする状態は適度な運動を超えていることになります。運動しているときもニコニコ笑いながら会話できる範囲の運動が適度ということで、これを「ニコニコペース」と呼んでいます。
 適度な運動強度を表す数値の二つ目は、心拍数です。一般的に、220からその人の年齢を引いた値を予測最高心拍数といいます。これは運動負荷をかけていった場合の最高の心拍数を指し、この予測最高心拍数の60~70%で行える運動が適度な運動といわれています。例えば50歳の場合、予測最高心拍数は220−50=170となり、170×70%=119くらいの心拍数までで行えるのが適度な運動になります。最近は、心拍計つきの腕時計などもあり、運動中の心拍数を把握することができるようになっていますので、目安の数値として参考にしていただければと思います。
 こうした運動強度と免疫機能の関連性を示したのが図1です。

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 運動習慣が適度にある人を対象として身体活動の量・強度をみたもので、このグラフのカーブは「Jカーブ」と呼ばれます。適度な運動をしている人は、代謝が良く免疫力が高いことから感染のリスクが低いことを示しています。一方、運動習慣がない人や運動不足の人は肥満や生活習慣病になりやすく、代謝が悪いため免疫力も低下し、感染リスクもあります。さらに、激しい運動をしている人はストレスにより免疫機能が低下し感染のリスクが上がってしまいます。一般にアスリートや毎日何時間もスポーツをする人は体が丈夫で免疫力も高いと思われがちですが、このJカーブを見ると必ずしもそうではないということがわかります。ただし、一般の人が毎日スポーツクラブに通うくらいの運動では、感染リスクが高まることはありません。

週3回、1日20分以上、長期間の運動が効果的

 適度な運動については、これまでの研究から、最大酸素摂取量の50~60%ないし換気性作業閾値程度で1日20~60分、週3回以上を目安に長期間継続することが奨励されています。なお、肥満予防の面からは、脂肪燃焼の代謝シフトを考慮してできれば続けて20分以上運動することをおすすめします。
 適度な運動の継続により、免疫機能が向上することを示したのが図2です。

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 これは、高齢者に週2回運動教室に参加していただき、自重(自分の体重)を使ったスクワットなどの筋力トレーニングと、エルゴメーター(自転車漕ぎ)などの有酸素運動を組み合わせて運動を行った結果です。運動を続けることで、免疫力が向上することを示しています。ただし、対象がもともと運動不足になりがちな高齢者ということもあって、非常にわかりやすい結果となっていると思います。免疫力向上には、対象となる方の年齢や状態などが大きく影響しますので、一つの例として参考にしていただくと良いでしょう。
 また、適度な運動の効果としては、血液やリンパの流れが良くなることに伴い、免疫細胞が体内を移動しやすくなり、がん細胞やウイルスに感染した細胞を発見しやすくなることが挙げられます。さらに、運動により体温が上がることで、免疫細胞がはたらきやすくなる効果もあります。適度な運動は、全身の血液循環と個々の免疫細胞のはたらき、双方にとって効果があるのです。

日常的にできる適度な運動とは

 免疫力向上に適度な運動が効果的だということをふまえ、具体的にどんな運動をすればよいか考えてみましょう。
 仕事が忙しくて運動ができない方も多いと思いますので、日常的に無理のない範囲で取り組めることから始めていただくのが良いと思います。たとえば通勤時に一駅手前で降りて歩く、エレベーターやエスカレーターではなく階段を使うといったことでも、日々の習慣として積み重ねることで効果が生まれます。ほかにも犬の散歩やラジオ体操など、取り組みやすい運動を見つけて習慣化していただければと思います。その際、コロナ禍での運動・スポーツについての留意点である、密閉・密集・密接の3密を避ける、屋内においてはこまめに換気する等(図3)に配慮しましょう。

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 免疫力向上のための運動としては、まずは代謝を良くしたり体温を上げる効果のあるウォーキングなどの有酸素運動が挙げられます。けれども、筋力トレーニングなども、免疫力を高める効果が期待できます。研究により、筋肉は運動機能だけでなく、免疫系にも関連していることがわかってきています。免疫系はエネルギー源として、ブドウ糖とアミノ酸を使いますが、体内でアミノ酸がプールされている場所が筋肉なのです。つまり、筋肉はアミノ酸という栄養素を蓄えておく貯蔵庫として、免疫系に重要な役割を果たしているのです。このため、日々の運動に、筋力トレーニングも適度に取り入れていただくと良いと思います。特に高齢の方は、運動しないと筋肉が減っていき、サルコペニアになりやすいため、予防のための運動が必要です。マシンを使った筋トレまでする必要はありませんが、自分の体重を使って負荷をかけるスクワット(図4)やゴムを引っ張るといった運動を行うことが推奨されています。

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 また、コロナ禍の運動不足対策として、多くの自治体が手軽にできる運動プログラムを提供しています。高齢の方向けの運動*1 も充実していますので、ぜひ活用していただければと思います。

日常生活で免疫力を高めるには

 日常生活で免疫力が低下する原因としては、過労や栄養、睡眠など、さまざまな要素が免疫系に影響を及ぼします。
 栄養面では、主食・主菜・副菜を組み合わせたバランスの良い食事をとることが重要です。さらに免疫力を高める栄養素についての研究も進んでいます*2 。たとえば活性酸素を除去する効果のあるポリフェノールは、免疫系によい栄養素の一つだと考えられています。
 また、不安やストレスを解消できる質のいい睡眠を確保することは、ストレス解消という面から、免疫にとって重要です。一般的に、私たちの身体にはサーカディアンリズム(概日リズム)という日内変動により、昼は活動的に動いて、夜は休むというリズムが備わっています。そのリズムに抗うとストレスになることから、できるだけ夜に睡眠時間を確保することが重要です。夜勤の方など夜に睡眠時間を取るのが難しい場合は、活動による疲労を解消できる睡眠時間をしっかりと確保しましょう。睡眠時間には個人差があり、短くても問題ない方、長時間眠らないと疲れが取れない方など、さまざまです。自分のリズムに合った睡眠、ストレスを解消できる睡眠を心がけましょう。
 入浴には、身体を温めて血流を良くすることで、血液中の免疫細胞が身体を循環する効果があります。また、お風呂でリフレッシュすることでストレス軽減につながります。入浴時間については、それぞれの方がリラックスして疲れが取れれば良いので、時間にこだわらず湯あたりに気をつけて入浴していただければと思います。特に高齢の方の冬場の入浴は、暖かい部屋から寒い脱衣場への移動、さらに熱いお湯に浸かることによって血圧が変動しやすくなります。さらに心臓にも負荷がかかることから、ヒートショックのリスクにも十分気をつけていただければと思います。
 保健師や栄養士といった保健指導に携わる専門職の方々は、国民の健康を守る立場でお仕事をされています。このため、まずはご自身が病気にならないように、健康第一でお仕事をしていただくということが何よりも大事だと考えています。ご自身の健康を大切にした上で、その健康の秘訣をみなさんに伝授していただけたらと思います。
 私たち医師は病気になった患者さんを治療しますが、保健師や栄養士は公衆衛生や健康に関する情報を提供することによって、多くの方々の病気の予防に寄与することができます。保健師は健康全般の相談にのれる立場ですし、栄養士は三度の食事による健康づくりを指導できます。現在は、生活習慣病をはじめ、新型コロナウイルスなどの感染症についても、病気になってからの対応ではなく、いかに予防するかという情報が求められています。保健師や栄養士の方々には、医療関係者の中でも予防の専門家として、リーダーシップをもって情報発信していただくことを期待しています。

  • * 1 厚生労働省による、高齢者向けに全国の自治体が作成したリーフレットや自宅でできる体操動画をまとめたサイト。
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/index_00001.html
  • * 2 ヘルスケアレポート63号「新時代に備える免疫力」では、免疫と食品の関わりについて詳しく紹介しています。
    https://www.kao.com/jp/healthscience/report/
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