研究・健康レポート1

「肥満症・糖尿病とスティグマ ―病気とともに生きる人に寄り添って―」

糖尿病は日本の五大疾病*1 の1つであり、有病者と予備軍を合わせると2,000万人ほどがいると推定されますが、病気とともに生きる人々へのスティグマ(差別や偏見)が問題視されています。長年にわたり肥満症や糖尿病の研究を先導し、診療にも力を注いできた門脇孝氏に、スティグマの実情や影響、肥満症や糖尿病のある方との接し方などを伺いました。

門脇 孝 Kadowaki Takashi

国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 院長
東京大学 医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 客員研究員

1978年東京大学医学部医学科卒業。アメリカ国立衛生研究所糖尿病部門客員研究員、東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科教授、東京大学医学部附属病院病院長、東京大学トランスレーショナルリサーチ機構長などを経て、2020年国家公務員共済組合連合会虎の門病院院長、同年東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科客員研究員。専門は、糖尿病学、内科学、代謝学など。日本糖尿病学会理事長、日本肥満学会理事長、日本内科学会理事長などを歴任。紫綬褒章(2010年)、武田医学賞(2011年)、日本学士院賞(2013年)、藤原賞(2018年)、欧州糖尿病学会Claude Bernard Award(2020年)など、多くの賞を受賞。

肥満症や糖尿病へのスティグマが生じる原因

 糖尿病はわが国で1,150万人が患う*2 とても身近な病気ですが、誤解や偏見、そこから生まれる差別が問題視される病気でもあります。また、肥満による健康障害をもつ方を肥満症*3 と呼びますが、肥満症の人にも社会からは厳しい目が向けられています。こうした「特定の属性に対して刻まれる負の烙印」のことを「スティグマ」と呼びます。
 糖尿病へのスティグマが生まれた背景には、40〜50年前の古いイメージがあると考えられます。その頃は治療薬が限られていて血糖のコントロールが難しく、網膜症による失明や腎不全による死亡が頻発していました。そして「糖尿病になったら普通の生活は送れない」「死が身近にある悲惨な病気」というイメージが社会に定着し、現在まで続いているのです。しかしその後、糖尿病の治療法は飛躍的に進化し、糖尿病のある人と非糖尿病者の平均死亡時年齢の差は縮まり続けています。2013年〜2018年の6年間の平均死亡時年齢を比較すると、糖尿病なしの人が81.9歳、糖尿病ありの人は79.3歳となっていて*4 、糖尿病だから短命というのは誤解だとわかります。
 スティグマが生まれるもう1つの原因は、「糖尿病になるのは怠惰な生活のせい」という自己責任論ですが、これは大きな誤解です。糖尿病は1型と2型に分かれますが、少数派の1型は自己免疫機能の異常によって発症するもので、生活習慣とは関係がありません。多数派の2型を患う人には特に、「食べ過ぎや運動不足が原因」という非難の目が向けられがちですが、成因の半分は遺伝因子によるものです。残りの半分は環境因子によりますが、個人でどうこうできる習慣というよりは、置かれた社会環境が大きく影響します。「お金に余裕がないので安価でカロリーが高い食事に頼らざるを得ない」「仕事が多忙で食生活が乱れ運動の機会もない」といった、改善が難しい事情を抱えている方が多くいらっしゃるのです。

スティグマが本人に及ぼす悪影響

 肥満症や糖尿病を持つ方へのスティグマの主な発信源は、家族や友人、職場の上司・同僚・部下といった身近な人々です。残念なことですが、医療従事者の中にも差別や偏見は存在しています。社会やメディアが、肥満症や糖尿病のある人にレッテルを貼る風潮も見受けられます。スティグマの内容は、非難、差別、偏見、ステレオタイプ化(決めつけ)などです。図1にその例を記します。特に、「相談に乗ってくれる」「助けてくれる」と期待している医療従事者からスティグマを受けることは、本人にとって非常に辛いものです。

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 こういったスティグマは、肥満症や糖尿病をもつ方にどのような影響を与えるのでしょう。まず、診断を受けても「そんなはずはない」と否定したり、病気を周囲に隠したりすることがあります。病院に行くのが嫌になって適切な治療の機会を損失してしまう場合もあります。人付き合いに消極的になり、社会との関わりが薄れることもあります。就労と治療を両立できず仕事を辞めてしまうこともあります。
 また、「減量・代謝改善手術の対象となる高度肥満症患者の半数はうつ病をはじめとする精神疾患を併存している*5 」という報告もあります。これは、元から精神疾患をもっている方が肥満症や糖尿病になりやすいというよりは、肥満症や糖尿病のある方がスティグマを受ける中で自己効力感をなくし、うつ状態に陥ってしまうことが原因であると考えられます。スティグマがうつ状態やうつ病などの精神疾患を引き起こしている現状は、決して放っておいてはいけません。

病気とともに生きる人が暮らしやすい社会づくり

 肥満症や糖尿病に対する正しい理解を世間に広め、病気とともに生きる方々が暮らしやすい社会をつくりたい。そう考えた日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は2019年11月に合同で「アドボカシー委員会」を設立し、「アドボカシー=擁護・支持」のための活動に力を入れています*6 。図2はアドボカシー活動のリーフレットです。私は当時、日本糖尿病学会の理事長を務めており、日本糖尿病協会の清野裕理事長とこのキャッチコピーを考えました。今後も積極的な情報発信を続けていく所存です。

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 私は肥満症や糖尿病の方の診療をする際、一人ひとりの社会経済的な状況にも目を向け、できることを一緒に考え、励ましながら治療を進めようと心がけています。医療従事者の中には病気の方に対して怒る人もいますが、「患者のことを一生懸命考えているから厳しいことを言っても許される」というのは自分本位の考えです。病気のある方の立場になって考え、優しく寄り添うことを原則とするべきです。
 実はこう考えるようになった背景には、自身の患者としての経験があります。私は高血圧患者なのですが、食事や運動習慣を改善しようと思っても上手く行かない時もあれば、薬をうっかり飲み忘れることもあります。以前、診察で薬を飲み忘れたと伝えたら、「医者なのにそんなことでどうするんですか!」と頭ごなしに怒られてしまいました。そしてその先生の所に通うのが嫌になり、新しい先生にかかるようになりました。すると今度の先生は、「忙しいから薬を飲み忘れることもありますよね」「食事を美味しく食べるにはある程度の塩分も必要ですが、摂りすぎには気をつけましょう」などと、優しい言葉をかけてくださいました。非難されるつらさ、寄り添ってもらえるうれしさを、身にしみて感じたのです。
 長引くコロナ禍によって人々は不安やストレスを抱えていますが、こんな時だからこそ、人と人の繋がりを重んじて、互いに思いやる気持ちをもつことが大切です。保健師や管理栄養士といった人々の健康づくりを支える立場の方には、肥満症や糖尿病をはじめさまざまな病気を抱える人の立場を考え、思いやりのある言動をとり、多様な人が共に生きやすい世の中をつくっていただきたいと思います。そして、面談などの後には相手が明るく前向きな気持ちになれるような存在でいていただければ幸いです。

  • * 1 生活習慣病その他の国民の健康の保持を図るために特に広範かつ継続的な医療の提供が必要と認められる疾病として厚生労働省が定めるもの。疾病は、がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患。
  • * 2 厚生労働省「健康日本 21(第二次)最終評価報告書」(令和4年10月)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000998827.pdf
  • * 3 BMI 25以上の肥満者で、減量によって改善が期待できる健康障害(糖尿病や高血圧、脂肪肝など)を持つこと。
  • * 4 Nishioka Y. et al. J Diabetes Investig. 13(8), 1316, 2022.
  • * 5 林果林ら. 心療内科学会誌. 20, 267, 2016.
  • * 6 https://www.nittokyo.or.jp/modules/about/index.php?content_id=46
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