巻頭インタビュー

「メンタルヘルス不調の予防と対処」

横浜労災病院の勤労者メンタルヘルスセンター長として、2000年から現在まで16万件以上の悩み相談メールに応えてきた山本晴義氏。メンタルヘルスケアに尽力し続ける原動力、ストレスと上手に付き合う方法、心の不調を抱える人との接し方などを、教えていただきました。

山本 晴義 Yamamoto Haruyoshi

独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院 勤労者メンタルヘルスセンター長

1972年東北大学医学部卒業、1991年横浜労災病院心療内科部長、1998年より現職。神奈川産業保健総合支援センター相談員。埼玉学園大学客員教授。専門は、心身医学、産業医学、健康教育学。社会医学系専門医制度専門医・指導医、日本医師会認定産業医、日本心身医学会認定専門医・指導医、日本内科学会認定医、日本精神神経学会認定専門医、日本温泉気候物理医学会認定温泉療法医など。2018年緑十字賞受賞。著書に『交流分析であなたが変わる! 心の回復 6つの習慣』(集英社、2015)、『ストレスマネジメント−実践的セルフケア』(監修、新興医学出版社、2019)、『ドクター山本のメール相談事例集Part2 メールカウンセリングエッセンス 「ポストコロナ」の新たなスタンダード』労働調査会、2020)など。

辛い気持ちに寄り添うメール相談

 横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンターでは2000年から「勤労者心のメール相談*1 」を続けています。仕事や生活上のストレス、精神状態や体調の悩みなどを相談していただく場で、年中無休・無料で相談を受け、全てのメールに対して24時間以内に私が返信しています。相談件数は年々増え、コロナ禍に入った2020年以降は月に1,000〜1,500件の相談が寄せられています(図1)。累計相談件数は2022年末時点で16万6千件を超えました。

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 毎日、仕事のつらさや職場の人間関係、日常的な不安や憂鬱などさまざまな悩みが寄せられ、うつ病や自殺をほのめかす深刻な内容もたくさんあります。図2はその一例です。コロナ禍では「在宅勤務に慣れすぎて通勤電車に耐えられない」「医療従事者だが、一度コロナに感染し再感染が不安で食欲不振や不眠に悩んでいる」「コロナ禍で出歩けず家で酒を飲む以外に楽しみがない」などの声が届き、人々が不安を抱えて生活していることが伝わってきます。

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 「勤労者心のメール相談」の主な目的は、悩みを誰にも言えずに孤独に死を選んでしまう悲劇を防ぐことです。返信する際は「おつらいご様子伝わってきます」といった言葉で相談者に寄り添うことや「つらい中で相談してくれてありがとう」と感謝を伝えることを心がけています。自殺願望を訴える相談者には「明日またメールをください」「1週間後に様子を報告してください」などと書き、それまで死なない約束を取り付けます。うつ病などの精神疾患が疑われる場合には、専門医の受診を推奨しています。中には「金を貸して欲しい」など一見的外れな相談が来ることもありますが、「銀行に融資の相談をして、だめだったらまたメールください」など真剣にお返事します。メールを無視したり真面目に取り合わないと、相手に「自分はいなくてもいい人間なんだ」と思われてしまうかもしれません。生身の人間と繋がって話を聞いてもらえる場であることが、このメール相談の意義だと考えています。
 私は病院の診療も受け持ち、約300人の患者さんの主治医です。心療内科医として、対面の診療でカウンセリングをしたりお薬を出すことも、メール相談でつらい状況に寄り添ってアドバイスをすることも、同じように大切だと感じています。周りからはよく「盆暮れ正月も1日も休まずに全て一人で返信するのは大変でしょう」と言われます。ですが、メール相談は大きなやりがいを感じる場であり、やめようと思ったことは一度もありません。10件のうち1件でも「ありがとうございます」「先生のおかげで前向きになれました」と言っていただけると、本当にうれしくなりますし、やっていてよかったと思います。相談者の皆さんの言葉に私が支えられているのです。

メンタルヘルスケアでプラスの循環を

 勤労者心のメール相談、病院での診療に加えて私がライフワークにしているのが、全国で行う講演活動です。体の不調と比べると軽んじられがちな心の不調に目を向け、メンタルヘルスケアの必要性を知ってほしいという思いで、ストレスとうつの関係、悩みを抱えた人との向き合い方などをお話ししています。多い時で年間200回ほど、コロナ禍に入ってからはオンライン・対面あわせて年間100回ほどの講演を行っています。
 メンタルヘルスケアに力を入れると、どのような効果があるのでしょう。「心身相関」という言葉の通り、ストレスが要因となる体の病気は数多くあります。一般内科の患者さんの中には、自分では気づいていないけれど心の問題を抱えている人がたくさんいらっしゃいます。心の問題をケアすることは、さまざまな病気の予防に大きな効果があるのです。また、ある人が元気になると、周囲の家族や友人も明るい気持ちで過ごせます。自身の収入アップや会社の収益アップにもつながります。メンタルヘルスケアには、本人はもちろん家族も会社も日本も元気にして、プラスの循環を生み出す力があるのです。

「ストレス一日決算主義」で一日を大切に生きる

 人々は日々たくさんのストレスにさらされています。私自身も、診察はいつも真剣勝負で緊張しますし、人間関係の悩みもあります。一生懸命生きている以上、ストレスがあるのは当たり前ですし、悪いことではありません。大切なのは、ストレスから逃げるのではなく、上手に付き合う方法を身につけることです。
 仕事や家事で忙しいと、平日はストレスをためて週末に発散しようと考えがちですが、これでは心身の健康が損なわれてしまいます。そこで心がけていただきたいのが、「週」という単位にとらわれず「一日」を大切に考えること。その日のストレスはその日のうちに解消して「色々あったけど今日は良い一日だったな」と思って眠りにつくことです。私はこれを「ストレス一日決算主義」と呼んでいます。ストレス一日決算主義を実行するときに大切になるのが、一日の中に「運動・労働・睡眠・休養・食事」の五つの要素をきちんと入れ、健康的で規則正しい生活を送ることです(図3)。

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 なお、私がある企業の研修に招かれてストレス一日決算主義の話をしたところ、管理職の女性から「先生、一つ要素が足りません」と言われたことがあります。それは「家事育児」。女性に家事育児の負担がのしかかりヘトヘトになる日々では「良い一日だった」と締めくくれないというのです。ハッとした私はそれ以降、「運動・労働・睡眠・休養・食事+家事育児は夫婦協働で」とお話しするようになりました。
 また、ストレス一日決算主義の話をするとよく、「忙しくて無理です」「暇になったらやります」という後ろ向きな言葉をいただきますが、そんな時には「できるできないの問題ではなく、やるやらないの問題です」とお伝えしています。私自身、診療にメール送受信に講演にと忙しい日々を送っていますが、毎朝5時半に起きてテレビ体操をしてしっかり朝食をとってからウォーキング通勤しています。8時から17時まで働き、帰宅して家族と夕食を食べて団欒して23時半に就寝します。忙しくても健康的な生活を送ることは、忙しくてもトイレに行くことと同じように、当たり前で大切なことなのです。

「心の回復 6つの習慣」で楽しくストレス解消を

 ストレスを避けることができない以上、大切なのは自分の中にストレス解消法をもっておくことです。図4の「心の回復 6つの習慣」はストレス(STRESS)のアルファベットの綴りを頭文字にしたストレス解消法で、心療内科医としての長年の経験の中で導き出したものです。「頑張ってやろう」と思うと新たなストレスが生まれてしまいますので、好きなこと、やりたいことから、楽しく気軽に取り入れてみてください。

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 私の場合、若い頃は全く運動の習慣がなかったのですが、40歳をすぎてからマラソンを始め、「楽しんでいい汗をかく」ことをモットーに続けたところ、フルマラソンや100kmマラソンを走破するまでに至りました。また、講演で全国行脚する日々を前向きに活用し、各地の温泉に入ったり、街を歩いて観光することを楽しんでいます。コロナ禍では制約も多いですが、家でYouTubeを見ながら新しい体操に挑戦したり、家のお風呂に地方の名湯を再現した入浴剤を入れたりして、楽しむ気持ちを忘れないようにしています。元からおしゃべりが大好きなので、日々の診察や講演でたくさん話すこともストレス発散になっています。なお、酒は私も好きで少量の飲酒はストレス解消に効果的ですが、飲み過ぎには要注意です。コロナ禍ではストレス解消法が酒だけになった人が増えていると実感しますが、酒だけに頼るようになると、依存症や自殺につながるリスクもあります。酒好きな方は、酒以外のストレス解消法も持つように心がけてください。
 それから、私にとってのサポーターは、妻や子ども、孫といった家族、職場の上司や同僚などです。それから、患者さんやメールの相談者もサポーターだと感じています。皆さんが元気になる姿を見ることや「ありがとう」という言葉をいただくことは、私に大きな力を与えてくれるからです。自身とサポーターの関係性とは、どちらかが一方的に支えるものではなく、互いに支え合うものなのです。

心の不調を抱える人に周囲ができること

 ただでさえストレスが多い現代社会にコロナ禍の戸惑いが加わり、人々はストレスの多い日々を送っています。実際、身近な人がメンタル不調に陥ってしまい、対応に悩んでいる方もいるのではないでしょうか。心の不調を抱える人と接する時にまず心がけていただきたいのは、話をじっくり聞いてあげること。「傾聴」の意識です。相談を受けたらまず「話してくれてありがとう」という言葉をしっかり伝えてください。そして、話を遮ったり結論を急がず、相談者が気の済むまで話をさせてあげてください。さらに、「辛いよね」「大変だったね」といった同調の言葉をかけてあげると相手は「辛い気持ちをわかってもらえた」と感じ、心を開きやすくなるでしょう。反対におすすめできない対応は、アドバイスをしたり説教をすることです。特に家族や部下相手だと、つい自分の意見を押し付けてしまいがちですが、それでは相手は心を閉ざし、それ以上の相談ができなくなってしまいます。「傾聴」のコミュニケーションを意識し、まずは相手に寄り添ってあげてください。そして相手が心を開いてくれたら、一緒にじっくりと解決法を考えてみましょう。
 日常生活に支障が出たりうつ病が疑われる場合には、心療内科など専門家に診てもらうことをおすすめします。ですが、他人に相談することが苦手だったり忙しすぎたりして受診にたどり着かず、倒れるまで、あるいは死を選ぶまで追い詰められてしまう方も一定数いらっしゃいます。また、頭痛、胃痛、食欲不振、眼精疲労などストレスが要因となる心身症を抱える人が、心療内科に行って治療を受ければよいのか、あるいは脳腫瘍やがんなどの重篤な病気を患っているのか、判断が難しいことも問題です。私はこういった問題の解決策として、普段の自分の様子をよく知っている家庭医を持つことをすすめています。家庭環境や生活習慣、仕事の内容や趣味などを把握していて、日頃から体調について気軽に相談できる先生がいれば、心療内科受診について的確なアドバイスをいただけるでしょう。

メンタルヘルスは知識より体験

 私が医師になって50年、「勤労者心のメール相談」を担当して23年が経ちます。メール相談の膨大なデータや講演会の内容、著書などが後世の役に立ってくれれば、本当にうれしく思います。6年前からは「メール相談メンタルサポーター養成講座*2 」を始め、メール相談の実践的なスキルをお伝えして、次世代の育成に励んでいます。
 メンタルヘルスケアについて詳しく知りたいと思った方には、私がスーパーバイザーを務める厚生労働省の運営サイト「こころの耳*3 」をご覧いただくことをおすすめします。また、当センターでは無料のストレスチェック&サポートシステム「メンタルろうさい*4 」を提供しており、登録して約200の質問に答えるだけで、心の健康状態やおすすめのストレス対処法を分析した報告書を得ることができますので、幅広くご活用いただければ幸いです。
 保健師や栄養士といった人々の健康づくりに携わる方には、「メンタルヘルスは知識より体験」という言葉を覚えておいていただければと思います。自殺者数のデータやさまざまなガイドラインを知っておくことも大切ですが、まずは身近で苦しんでいる人に寄り添って話を聞いてあげてください。生きていて良かったと思える楽しい体験をさせてあげてください。皆さんの仕事はとてもやりがいが大きく、幸せを感じることも多いはずです。周りの人と「ありがとう」と言い合い、「今日も人の役に立てて良い一日だったな」と思える毎日を送ってください。

  • * 1 【WEBサイト】https://yokohamah.johas.go.jp/medical/mhc/consultation.html
    【メールアドレス】mental-tel@yokohamah.johas.go.jp
  • * 2 https://phrf.jp/ssl/education/mail
  • * 3 https://kokoro.mhlw.go.jp
  • * 4 https://mental-rosai.johas.go.jp
    (個人は無料、団体は有料)
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