研究・健康レポート

「富岳」を用いたウイルス飛沫対策の研究

2020年4月より理化学研究所と文部科学省が連携して、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた新型コロナウイルス対策への取り組みを開始しました。その研究の一環である「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」に取り組む坪倉 誠氏に、用途に合わせたマスクの使い分けや、適切な換気方法などについて伺いました。

坪倉 誠 Tsubokura Makoto

理化学研究所 計算科学研究センター チームリーダー/
神戸大学大学院 システム情報学研究科 教授

1992年京都大学工学部物理工学科卒業。1994年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻修士修了。1997年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士修了。1999年東京工業大学大学院総合理工学研究科講師。2003年電気通信大学電気通信学部助教授。2007年北海道大学工学(系)研究科(研究院)准教授。2012年理化学研究所計算科学研究機構チームリーダー(兼務)。2015年神戸大学大学院システム情報学研究科教授。2017年クロスアポイント制により神戸大・理研の双方を専任。

「富岳」による新型コロナウイルス対策提案

 理化学研究所と富士通では、2014年からスーパーコンピュータ「富岳」の開発を進めてきました。当初は2021年度の共用開始を予定していましたが、新型コロナウイルスによる国難とも言える状況を受け、2020年4月より文部科学省と連携し、富岳の計算資源を用いた新型コロナウイルス対策への取り組みを開始しました*1
 私たちのチームが取り組む「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」の研究の主な目的としては、以下の三つが挙げられます。
(1)飛沫・エアロゾルの飛散の様子を可視化し、マスクや換気、パーティションなどの有効性を定量的に評価することにより、一般の方々の感染予防への理解の助けになること。
(2)学校で授業を進める際や、ホールでイベントを開催する際にどのような感染対策を実施すれば良いか、政策や各種ガイドライン作成の指標づくりに役立てていただくこと。
(3)産業界の方による感染対策に向けた新商品や新サービスの開発のヒントになること。
 なかでも(1)については、私がこの研究に取り組んだきっかけでもあります。2020年4月頃は、未知のウイルスに対する恐怖心から、科学的根拠に基づかない対策が世の中に蔓延している状況でした。私はその理由について、ウイルスは目に見えないからだろうと考えました。そこで、ウイルスを目に見える形にしたうえで、さまざまな対策における飛沫感染予測の研究を開始しました。私たちのシミュレーションを皆さんに届けることによって、一人ひとりが感染予防対策を考えるきっかけになればと思ったのです。

マスクの有効性について

 これまでに、飛沫・エアロゾルの飛散の様子を可視化し、マスクやパーティションの効果、乗用車や電車内などにおける飛沫感染について研究してきました。その中でも、感染リスクを下げるのに効果的かつ手軽なのがマスクです。図1は、不織布マスクと手作り布マスクの飛沫抑制効果について可視化したものです(実際のデータは動画で、https://www.r-ccs.riken.jp/outreach/formedia/200824Tsubokura/から見ることができます)。

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 この結果から、口から出る飛沫を、マスクによってどの程度抑えられるのか分析しました。飛沫の体積で見た場合は不織布・布ともに8割の飛沫を捕集できることが、飛沫の粒子数で見た場合は不織布のほうが布より性能が高いことがわかりました。また、飛沫は数百ミクロンから1ミクロン以下までサイズの幅が広いのですが、100ミクロンを超えるような大きな飛沫については、不織布・布ともにほぼ100%抑えられることがわかっています。一方、エアロゾル粒子に関しては、全体の40〜50%程度が漏れます。さらに、自分を守るという観点では、マスク着用によって、空気中の飛沫を約7割ブロックできます。
 つまり、感染者・非感染者ともにマスクをすることで、飛沫が体内に入るリスクを大幅に下げることができるのです。新型コロナウイルスの流行初期の頃は、マスクの効果についてのエビデンスが少なく、懐疑的な声も多く聞かれました。しかしながら研究により、飛沫感染リスク対策としてのマスクの有効性を示すことができました。

マスクの正しい使い方

 一般に流通しているマスクの素材としては、主に不織布・ウレタン・布になります。現在はフィルターの性能のみが注目されているようですが、私はフィルターの素材性能のみではなく、実際に装着した際の性能やコストとのバランスでマスクを選ぶべきだと考えています。
 不織布・ウレタン・布マスクの装着時の実効性能を表したのが図2です。

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 フィルターの性能で不織布・ウレタン・布を比べると、不織布はフィルター性能が良い反面、装着すると横から漏れやすくなり、性能は7〜8割まで落ちてしまいます。一方、布やウレタンは、不織布に比べるとフィルターの性能が良くないからこそ、装着時もあまり性能が落ちず、さらに空気を通すのでつけ心地も良いのです。
 図2のような結果を公表すると「不織布がベスト」と思われがちなのですが、重要なのは自分の状況に応じてマスクを選ぶことです。不織布は息苦しい上、1回つけたら捨てるためコストがかかります。一方、布やウレタンマスクは、何度も使うことができ低コストです。また、大きな飛沫はどのマスクも抑えることができます。こうしたことを踏まえて、一人ひとりが「今日の自分はどんな状況で、どの素材のマスクをつけるべきか」を考えていただきたいのです。
 私は、飛沫・エアロゾル感染に関しては、発話の有無、発話している場合の時間の長さ、人と人との距離、換気状態の4つのファクターを考えることが重要だと思っています。例えば屋外を一人でランニングする時は、不織布マスクでは息苦しく血中酸素濃度が下がる可能性があり、体に良くありません。この場合はウレタンマスクで十分でしょう。一方で人に会って話をする場合は、不織布をつけて感染リスクを下げていただきたいのです。また、電車やエレベーターなど密になる状況を心配する方も多いですが、誰も喋っていない状況であれば、飛沫感染のリスクは低くなります。
 さらに、マスクのつけ方も重要です。不織布マスクをつけていても、鼻の部分を密着させないつけ方や、マスクから鼻を出していれば、感染防止効果は下がってしまいます。

パーティションと換気の効果について

 どんなに高性能のマスクをしていても、飛沫が100%漏れないということはありません。漏れた飛沫に対して、換気を行うなど、マスク以外の別の対策をすることが重要です。一つの対策で完璧を求めるのではなく、対策を重ねることで効果をあげていくのです。
 重ねる対策についても、効果の違いがあります。私たちは、パーティションの効果についても検証を行っていますが、マスクとパーティションを同時に行っても、それほど効果があがらないことがわかっています。マスクを装着していることで相当量の飛沫が抑えられているため、マスクをつけて更にパーティションをすると過剰対策になるのです。パーティションは、基本的にマスクを外す状況下で、マスクの代替として使うものだと考えていただくと良いかと思います。
 そう考えると、飲食店でマスクを外すような状況になったときには、パーティションはそれなりの効果があります。ただし、飲食店では配膳時にパーティションを倒すリスクもあり、安全面やコスト面から導入が難しい場合もあるでしょう。パーティションがない飲食店では、できるだけマスクをすること、マスクを外す時はなるべく話さない、どうしても話す時は手やハンカチで口を覆うといった対策が必要になります。
 マスクから漏れ出た小さな飛沫やエアロゾル対策としては、パーティション以上に換気が有効です。新型コロナウイルスに関しては、結核などと比べると空気感染のリスクが比較的低いと言われています。このため、できるだけ部屋に空気の流れを作り、ウイルス濃度を低くすることが効果的です。窓を開けての換気が最も効果的ですが、窓を開けることができない場合は、サーキュレーターや扇風機などを使って室内の空気をかき混ぜる方法でも、感染者から発生したエアロゾルが空気中に散らばりウイルス濃度が低くなるため、効果があります。
 保健師・栄養士など人々の健康づくりを支える立場の方々には、ウイルスの飛沫感染に対して一つだけで完璧な対策はないということを認識していただき、常に複数の対策を組み合わせることを意識していただければと思います。また対策について考える際、リスク低減効果とそれに伴うコストを考えることも必要です。過剰な対策は続かないため、皆が無理なく続けられる対策をとることが重要です。

  • * 1 https://www.r-ccs.riken.jp/jp/fugaku/corona/
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