巻頭インタビュー

「台湾に学ぶ、新型コロナウイルス感染対応とその効果」

世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、早期に流行の押さえ込みに成功したのが台湾です。他国に先駆けた取り組みが可能だった理由や背景、具体的な対応策、そして現在の状況について、日本と台湾の両国に詳しい陳 俊榮氏に伺いました。

陳 俊榮 Jiun-Rong Chen

台北医科大学 栄養学部 保健栄養学科 教授

1988年台北医学院卒業。1992年より東北大学(日本)に留学し、食品科学について研究する。1996年8月〜2004年7月台湾台北医科大学保健栄養学科准教授。1999年7月〜2001年6月台湾栄養学会書記長。2000年8月〜2013年12月行政院衛生署健康食品審議会委員。2009年8月〜2011年7月台湾栄養学会理事会常務理事。2009年8月〜2015年7月台北医科大学保健栄養学科学科長。2018年8月〜2020年7月台北駐日経済文化代表処科学技術部部長。研究分野は、栄養学、栄養生化学、食品化学、タンパク質化学、食品機能学。

SARSの経験により防疫意識が高まる

 台湾の新型コロナウイルス感染状況は、2021年3月7日時点で、累計の感染者数は967名、死亡者数は10名です。台湾では新型コロナウイルスに対して早期から徹底した防疫対策をとったため、新規の国内感染は2020年4月から2021年1月12日までゼロが続きました(図1)。1月中旬に台湾北部の桃園市の病院における院内感染により国内感染者が出ましたが、2月中旬には収束し、それ以降は新規の感染者はすべて海外からの入国者で、国内感染者ゼロを実現しています。

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 台湾において新型コロナウイルスをコントロールできている理由としては、2003年2〜6月に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)の経験が大きいと思います。SARSは感染すると重篤な症状になりやすく、また死亡率も高いため、当時の台湾国内は非常に緊迫した雰囲気となりました。7月5日まで約半年間で感染者346名で死者73名を出して終息したのですが、この時の教訓から、国民の防疫意識が高まりました。

徹底した水際対策と情報共有

 2019年12月31日に、武漢で原因不明の肺炎(新型コロナウイルス)が発生したという情報が入り、まず行ったのが水際対策です。これはSARSの際に水際対策が不十分だったことからの教訓で、翌日の2020年1月1日から、中国・武漢からの直行便の乗客に対して機内への立ち入り検疫を実行しました。また中国から入国した観光客・乗客及びその濃厚接触者に対して、14日間の自宅隔離を義務づけました。
 台湾の自宅隔離は、一切の外出が禁止という厳しいものです。以前は一人暮らしの場合及び家庭に65歳以上のお年寄り、6歳以下の幼児がいない場合は自宅での隔離が許可されていましたが、今では新規入国者は全員、研修所などを転用した検疫施設での隔離が義務づけられています。
 さらに、台湾では新型コロナウイルスについての情報収集と共有も徹底していました。2020年1月20日に対策本部として「中央感染症指揮センター」を立ち上げ、同センターが毎日定刻に記者会見を行い、陽性者数や死亡者数などの新しい情報や、生活における防疫対策の方法などを発表したのです。この毎日の記者会見は、国内感染が8週間連続ゼロとなった6月7日まで続きました。こうした情報共有によって、国民全体に防疫意識が浸透したことが、新型コロナウイルス対策に大きく寄与したと思います。

ITを活用した対策が効果を発揮

 今回の新型コロナウイルス感染対策としては、ITを活用したことも大きな特徴です。
 新型コロナウイルス感染症の予防策としてマスク着用が推奨されたため、台湾でも2020年1月頃にはマスクの買い占めなどが起き、一般市民はマスクが入手しづらくなりました。このとき、政府はマスクの輸出を禁止するとともに、全ての国産マスクの生産ラインをコントロール下に置き、世界初のマスク在庫マップ(図2)を導入しました。

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 さらに2月6日からマスクの実名制販売制度「Eマスク」をスタートさせたのです。これは、ICチップ付きの身分証明書(健康保険証)で予約することにより、コンビニ等で購入できるというものです。ちなみに台湾では、国民全員が生後すぐに日本でいうマイナンバーをもち、日頃からマイナンバーと連動したICチップ付きの身分証明書(健康保険証)を使っています。実名制販売制度によって買い占めが不可能になったことから、国民に広くマスクが行きわたるようになりました。
 マスク在庫マップや実名制販売制度以外にも、スマートフォンのアプリを活用した新規入国者の入国検疫システム(図3)や、国民が持つスマートフォンから位置情報追跡機能を収集し隔離が順守されているかを確認できる「電子フェンス」というシステムなどが開発・運用されています。

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 こうした取り組みは、個人情報保護の観点からは慎重に行われるべきです。台湾においても個人情報保護の法律に基づいて行われていますが、SARSの後に、感染症が発生した際の国民への強制力ある法整備を行っていたため、今回のスムーズな運用につながりました。

日常生活における予防と経済の回復

 日常生活における予防策としては「防疫新生活(=感染症予防のための新しい生活様式)」として、手洗いの徹底、公共交通機関でのマスク着用義務化、ソーシャル・ディスタンスの確保などが推奨されています。
 ただし、今年1月に院内感染が発生するまで、約8カ月間にわたって国内感染者ゼロが続いたため、台湾国内では公共の場でのマスク着用以外は、ほぼコロナ以前の生活を取り戻しています。例えば、私は台湾でジムに通っていますが、入場するときはマスクをして、そのあと着替えたらマスクを外して運動し、運動後シャワーを浴びて着替えた後でマスクをして、ジムを出て行くといった状況です。また、映画を見たり、友人と食事をしたりといったことも、ごく普通に行われています。
 このため、日本で問題となっている新型コロナウイルス感染症による後遺症についてはあまり話題になっていません。またワクチンについても、新型コロナウイルス感染者を受け入れている病院の医療従事者は接種が必要でしょうが、それ以外の国民は、台湾国内にいる限りは接種の必要性が議論されています。
 一方で、海外へ行くことができなくなったこと、さらに国内は安全だということから国内消費が伸びており、2020年のGDPは前年比2.98%増となり、コロナ禍でもプラス成長を成し遂げました。
 日本ではウイルス対策と経済の両立を探っていますが、個人的には難しいと考えています。新型コロナウイルスを抑え込むためには政府が強制的に対策を講じることが不可欠なので、自由と人権が確立している日本にとっては厳しい面があると思うからです。ただし、日本がロックダウンなどの強制策をとらず、2度の緊急事態宣言発令による自粛や飲食店の時短営業だけで感染者数を減らしてきたことについては、素晴らしい国民性の現れだと感じています。

台湾の健康づくりのキーワード「三養」

 私は、健康づくりは他人や医師に頼りっきりになるのではなく、まずは自ら取り組むことが大切だと思っています。台湾では健康づくりには、まずは「三養」、三つの養が重要だと言われていますので、この場を借りて紹介しましょう。
 一つ目の養は「栄養」です。栄養は健康の一番の基本ですから、バランスの良い食事をしましょうということです。近年の栄養調査から見ると、台湾の食事は欧米化が進んでいますが、もともとは野菜と果物に恵まれている点を活かしたバランスの良い食事が基本となっており、現在も推奨されています。近年は塩分摂取量についての意識も向上しており、日本と比べると塩分摂取量は抑えられていると思います。
 二つ目の養は「保養」です。保養とは活動量のことです。台湾には「サンサンサン」というスローガンがあって、これは時間は30分以上、心拍数が130くらいになる汗をかく運動を週に3回以上しましょうというものです。
 三つ目の養は「修養」です。修養とは、例えば本を読むなど、精神を磨き人格を高めるといったことです。体の健康だけではなくて心身のバランスが重要だということですね。
 台湾では、この三つの養を自ら実践することで、健康づくりができ、健康で長寿な人生を送ることができると言われています。日本で多くの人の健康づくりを支える保健師や栄養士の方々にも、ぜひ「三養」を取り入れた活動をしていただければと思います。

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