巻頭インタビュー

「免疫力向上と食品 ―腸管の重要性―」

長年にわたり、食品と免疫に関する研究を続けてきた清水 誠氏。
免疫の基本的な仕組みから、腸管免疫系や腸内細菌に及ぼす食品成分・栄養素の影響、さらには免疫と生活習慣との関わりまで、食品免疫の第一人者としてのお立場からお話しを伺いました。

清水 誠 Shimizu Makoto

日本食品免疫学会 会長/東京大学 名誉教授 ・ 東京農業大学 客員教授

1972年4月東京大学農学部卒業。1977年3月東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。1978年5月東京大学農学部助手。1990年4月静岡県立大学食品栄養科学部助教授。1993年4月東京大学農学部助教授。1996年8月東京大学大学院農学生命科学研究科教授。2013年3月同上定年退職(東京大学名誉教授)。同年4月東京大学大学院食の安全研究センター特任教授。2014年4月東京農業大学応用生物科学部教授。2019年4月東京農業大学客員教授、現在に至る。専門分野:食品化学、食品機能学、腸管を中心とした動物細胞生化学。

免疫のメカニズム

 免疫とは、ウイルスや細菌から体を守る防御システムのことです。免疫には自然免疫と獲得免疫の2種類があります。自然免疫とは、体内に侵入したウイルスや細菌などの病原体に対して、すぐに反応して攻撃するシステム。獲得免疫とは、病原体が体内に侵入したとき、自然免疫で獲得した情報から抗体を作って攻撃するシステムで、一度そのウイルスや細菌に感染するか、ワクチンを接種することで得られます。すぐに働き出す自然免疫と、自然免疫から数日遅れて、敵である病原体を見極めた上で武器となる抗体を作って敵を叩く獲得免疫、この2種類の免疫系がうまく動いて、私たちの体を守っているのです。
 これらの自然免疫と獲得免疫を担っているのが、さまざまな免疫細胞です。図1の赤枠で囲った好塩基球、好酸球、好中球、NK細胞が自然免疫を担う細胞、青枠で囲ったB細胞、T細胞が獲得免疫を担い、赤・青両色で囲ったマクロファージと樹状細胞は、自然免疫・獲得免疫双方を担います。なかでも重要な役割をするのがマクロファージと樹状細胞で、体内への病原体の侵入をいち早く認識するタンパク質であるToll様受容体*1 を多く備えていることがわかっています。Toll様受容体は、私たちの体内に外部から侵入してきた病原菌やウイルスの成分を認識し、自然免疫を作動させるのです。

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 進化の過程において、こうした異物を認識する免疫の仕組みが私たちの体内で作られ、それを獲得した生物が生き延びてきたと考えられます。

人体最大の免疫組織「腸管免疫系」

 このように異物を認識する免疫システムをもっている私たちですが、実は日々食べている食品も異物なのです。しかし、食品をすべて異物だと認識して排除してしまったら、私たちは栄養をとることができず、生きていけません。そこで、安全な異物に関しては受容する、経口免疫寛容と呼ばれる機能があります。
 外界からの異物である食品は、口から入って食道、胃、腸を巡っていきますが、この中で腸に免疫システムが集中して存在しています。腸には全身の末梢リンパ球の60〜70%が集中しており、抗体を作る免疫細胞についても80%以上が腸に存在するか、もしくは腸で作られています。抗体を作るよう指令を出すT細胞も約半数が腸にあります。このように、腸は人体の中で最も大きな免疫組織であり、これを「腸管免疫系」と呼びます。先ほどお話しした経口免疫寛容も、腸管免疫系の特徴です。通常はこの経口免疫寛容システムが順調に動いているため、普通の食事をしていれば問題は起きません。しかし経口免疫寛容システムが破綻すると、安全であるべき食品にアレルギーを起こしてしまいます(図2)。

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 腸管免疫系と腸内細菌の関わりを考える上で、とても重要な免疫器官として「パイエル板」があります。腸管の細胞壁にあるパイエル板とそれを構成する細胞群を模式的に表したのが図3です。

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 図3の上部の小腸に小さいコブがポツポツと描かれていますが、このコブがパイエル板で、ヒトの腸には100~200個くらいあるといわれています。そのパイエル板の構造を描いたのが、図3の下部です。ぐにゃぐにゃと描かれているのが腸管の細胞層で、上側が腸管の中、下側は血管のある体内側を表しています。図3の中央部・細胞層がドーム状に盛り上がる部分の下に、樹状細胞、マクロファージ、T細胞、B細胞といった免疫細胞がぎっしり詰まったパイエル板があります。口から入った食べ物は、腸管内部すなわちこの細胞層の上の方に入ってきます。通常、細胞層は、ウイルスや細菌などの抗原が体内に入らないように、細胞同士がびっしりと密につながっています。ところが、パイエル板の細胞層には、M細胞という抗原を積極的に取り込む特殊な細胞があります。M細胞によって取り込まれた抗原に対して、パイエル板領域の樹状細胞、マクロファージ、T細胞、B細胞といった免疫細胞群は協力して抗体を作り、その抗体が抗原の体内への侵入を防ぎます。具体的には、マクロファージや樹状細胞が、侵入してきた抗原をすぐにパクっと食べ、その情報をT細胞に伝え、T細胞はさらに情報をB細胞に伝えます。するとB細胞が活性化してIgA*2 という抗体を作ります。IgAを作る細胞は腸だけでなく、口や鼻などにも移行し、ウイルスや細菌などが体内に侵入するのを防ぎます。腸にはこのような獲得免疫のシステムがあり、1週間ほどで抗体がどんどん作られるようになります。
 これまで説明してきた腸管免疫系の特徴は、以下の四つにまとめることができます。(1)病原菌などの有害物を1次防御である自然免疫系、2次防御である獲得免疫系を駆使して排除する。(2)経口的に侵入してきた異物を積極的にとりこみ、情報収集に努める。(3)有害物に対応できるT細胞とB細胞などの免疫担当細胞を育てて全身に供給する。(4)経口摂取した食品抗原への過剰応答を抑える(経口免疫寛容)。

免疫力を上げる食品成分とは

 腸管免疫機能を制御するものとして、外来性の因子が三つあります。一つは腸内細菌叢、二つ目が栄養素などの食品成分、三つ目が生活習慣です。
 腸内細菌叢を形成する微生物には、人にとって良い働きをする有用菌(ビフィズス菌や乳酸桿菌など)だけでなく、発がん物質や細菌毒素を作る有害菌(黄色ブドウ球菌、ウェルシュ菌など)、さらに中間的な菌(大腸菌、バクテロイデスなど)があります。
 腸内には多くの細菌がバランスを保ちつつ存在していますが、有害菌が多くなる、あるいは有用菌が少ない状態になると、増殖した有害菌が出す発がん物質や細菌毒素などが腸管に障害を与えます。さらに腸内細菌叢が劣化すると、ウイルスや細菌などの抗体が侵入してきた際の防御機能が低下し、異物が入りやすくなり、同時に免疫力低下が起こります。すると発がん物質や細菌毒素などが腸から体内に入って血中に移行し、内臓障害などを引き起こし、最終的にはがんや全身性の免疫機能低下などの悪影響を及ぼすことがわかっています(図4)。健康を維持するためには、有用菌を優勢にすることが重要です。

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 図5には、腸内細菌叢を改善し、免疫系を活性化することが期待される食品成分をまとめました。

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 図5①のプロバイオティクスは、口から入って腸に届くことで、食べた人の健康に良い影響を及ぼす菌のことで、乳酸菌やビフィズス菌、納豆菌などが挙げられます。プレバイオティクスは、乳酸菌など有用菌のエサになるもので、代表的なものがオリゴ糖や食物繊維です。これらを食べることで腸内環境が良くなると、有用菌が多量の短鎖脂肪酸(酢酸や酪酸)を作り出しますので、これも腸管免疫系の改善、感染防止、アレルギー・炎症の抑制につながると考えられます。
 そのほかに、免疫細胞自身に良い影響を与える食品成分として、図5②のようなミネラル、ビタミン、アミノ酸などが報告されています。ミネラルに関しては、亜鉛、セレン、マグネシウム、カルシウムなどについて、免疫系を活性化するというデータが多数報告されています。十数種類あるビタミンについては、免疫系活性化・感染防御という観点から、特にビタミンAとビタミンDの効果があるという研究成果が認められます。アミノ酸は二十数種類ありますが、腸管免疫系の活性化といった観点ではアルギニンが挙げられます。多糖類のβ-グルカンは、腸管免疫系にかなり積極的に関わることが知られています。免疫を司る細胞にはβ-グルカンを認識する受容体が発見されており、免疫細胞を活性化させることが明らかになっています。また、乳酸菌の中にある核酸についても、免疫系を活性化させるというデータが報告されています。
 腸内細菌叢や免疫系の改善のためには、基本的にはバランスのいい食事、特にタンパク質やミネラル、ビタミンをしっかり取ることが重要です。その上で、プロバイオティクス・プレバイオティクスなどを含むサプリメントなどを取ることも効果があると考えられます。

生活習慣と腸管免疫系の関係

 食以外で免疫力を上げる生活習慣としては、適度な運動、ストレスの緩和、十分な睡眠が挙げられます。適度な運動は筋肉量の維持・増加やそれに伴う血流量の上昇に、ストレスの緩和は自律神経のバランス改善に、十分な睡眠は腸管・腸内細菌の概日リズムの維持に役立ち、それぞれが腸管免疫系の改善につながると考えられます。
 また、感染症予防方法として、感染やワクチン接種により獲得免疫を得る方法がありますが、最新の研究により「訓練免疫」という新たな概念が注目されています。これまでは、自然免疫は1回限りで記憶されず、獲得免疫のみで記憶が成立すると考えられていました。しかし、最新の研究で自然免疫でも記憶が成立することがわかってきたのです。ある種の抗原に接触して一度刺激を受けると、次に抗原が侵入してきた際に、マクロファージや樹状細胞など自然免疫系の細胞がいち早く活性化するというもので、これを訓練免疫と呼びます。感染段階以前にウイルスや細菌にさらされると自然免疫が訓練され、免疫力が向上する可能性があるということです。さらに、食品の中にも自然免疫を活性化するものが含まれていることから、食べることが訓練免疫につながるのではないかという説もあるようです。今後のさらなる研究が待たれる分野です。
 これまで、健康づくりと栄養に関する取り組みにおいては、中高年の生活習慣病対策や高齢者の健康づくりなどが中心で、感染症対策はあまり注目されてこなかったと思います。また、医学の分野で感染症に取り組んでいた医師の方々も、食や栄養の分野とは深いつながりを持ってこなかったのではないでしょうか。今後は医学と食・栄養分野での連携を深め、免疫力を高めるような食事や生活習慣などの研究が進むことが望まれます。
 さらに最近の研究では、腸内細菌叢の状態が、腸だけでなく脳神経系、糖代謝、脂質代謝など体の全体的な動きや代謝系にも影響を及ぼすことがわかってきています。そうした面からも、保健師や栄養士の方には、腸管をいかに健全に保つかを常に意識し、また免疫力を高める食事や生活習慣についての情報を日々更新しながら、保健指導に活かしていただければと思います。

  • * 1 Toll-like receptor(TLR)
    細胞表面や内部にある受容体タンパク質。近年の研究により、Toll様受容体はヒトでは10種類あることがわかっている。
  • * 2 Immunoglobulin A(IgA)
    免疫グロブリンA
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