研究・健康レポート

「肥満は炎症や免疫に影響し、新型コロナウイルス感染症を重症化させる」

メタボリックシンドロームをはじめとする生活習慣病の予防や健康診断結果の活用による健康管理を推進してきた宮崎 滋氏。
肥満が新型コロナウイルス感染症リスクや免疫にどのような影響を及ぼすのか、肥満者の感染症対策に求められること、さらには生活習慣を見直す重要性などについてお話しいただきました。

宮崎 滋 Miyazaki Shigeru

(公財)結核予防会 理事/総合健診推進センター 所長

1971年東京医科歯科大学医学部卒業。糖尿病、肥満症、メタボリックシンドロームの診療に従事。「よりよい特定健診・保健指導のためのスキルアップ講座」などを企画、開催。東京逓信病院外来統括部長・内科部長・副院長を経て、2012年より新山手病院・生活習慣病センター長、2015年より公益財団法人結核予防会理事・総合健診推進センター所長に就任。日本肥満学会副理事長、肥満症診療ガイドライン作成委員長など歴任。日本肥満症予防協会副理事長。東京医科歯科大学医学部臨床教授。

肥満と新型コロナウイルス感染症の重症化リスク

 新型コロナウイルスに関する欧米や中国の報告では、肥満者は普通体重者に比べて、ICUに入室する割合が高く、死亡率も高値であることが明らかになりました。日本で感染者や死亡率が欧米より低いのは、肥満者*1 が少ないためではないかと考えられています。日本における20歳以上の肥満者の割合は男性32.2%、女性21.9%*2 です。また高度肥満者の割合は人口の約0.3%といわれており、新型コロナウイルス感染による死者数が世界最多のアメリカの割合(BMI30以上が人口の42.4%、BMI40以上が9.2%*3 )と比べると、肥満・高度肥満ともに少ない状況です。しかし、日本ではBMI25以上でも肥満に関連する疾患が多く、注意が必要になります。
 肥満は、高血圧、糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症、脂肪肝、腎症、婦人科疾患といった内科的な疾患から関節疾患、睡眠時無呼吸症候群など、あらゆる生活習慣病を引き起こす原因であり、こうした症状から心筋梗塞、脳梗塞などの合併症が起こりやすくなります。なかでも、内臓脂肪蓄積型の肥満に合併症が起こりやすいことがわかっています。
 肥満者と新型コロナウイルス感染症リスクについて考える際に、重症化しやすいのは、合併症が多いだけでなく、肥満に関連する他の要因があると推測されています。その一つが、肥満者は腹腔内や皮下に大量の脂肪を蓄えているため、胸部が膨らみにくく呼吸が浅くなることです。このため血液中の酸素濃度が低下することから、肺炎にかかった際に重症化しやすいのです。

サイトカインストームと肥満

 一般的に、ウイルスによる感染症が重症化する原因の一つとして「サイトカイン*4 ストーム」が知られています。これは、ウイルス感染によって引き起こされる炎症性変化によって、IL(Interleukin)-6、TNF(Tumor Necrosis Factor)-α、MCP(Monocyte Chemoattractant Protein)-1などのサイトカインが過剰に血中に放出され、自己免疫疾患などを引き起こす現象です(図1)。

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 一方、内臓脂肪が過剰に蓄積した肥満者では、内臓脂肪組織内に慢性炎症が生じていて、放出される炎症性サイトカインが血管病変を引き起こし、メタボリックシンドロームを発症させると考えられています。こうした慢性炎症状態でウイルスに感染すると、ウイルス感染を契機に内臓脂肪の炎症が急激に悪化し、大量のサイトカインが放出され、より重症化しやすいのではないかと推測されています。
 さらにウイルスと肥満の関係をみると、肥満者はウイルスに感染しやすい状況にあることもわかってきています。ウイルスが細胞内に侵入する際には、細胞表面のレセプター(受容体)に付着して細胞内に侵入します。ウイルスの種類によってレセプターも異なりますが、新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)の場合は、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体を介して細胞に侵入すると考えられています。ACE2受容体は、肺、腎臓、心臓、膵臓などに分布しており、脂肪細胞にも分布しています。また、肥満者は普通体重者に比べて、脂肪細胞が多いので、感染リスクが高いということになります。
 また、肥満者は、ウイルスを吐き出す「クリアランス」をしづらいことも報告されています。このため、ウイルスに感染してから治るまでの期間も、長くかかることになります。
 こうした、ウイルスの細胞への侵入経路や、感染後のサイトカインストームによるさまざまな疾患については、まだわからないことも多く、今後の研究が待たれる状況です。しかしながら、肥満、なかでも内臓脂肪型肥満が炎症性サイトカインを分泌しやすい状況になっていること、そのため免疫反応が低下してウイルスが増殖しやすいリスクがあることはわかっています。内臓脂肪型肥満は生活習慣病を引き起こす他に、ウイルス感染を増悪させるので、それ自体を疾患としてとらえる必要があります。

肥満者の感染症対策のポイント

 肥満状態の方の感染症対策として気をつけていただきたいことは、急に体重を減らそうとしないことです。短期間で痩せるために低栄養の食事にして栄養状態が悪くなると、かえって感染リスクが高くなったり、疾病への抵抗力が下がったりしてしまいます。それよりは、現在の体重をキープしたまま、感染予防対策をとるほうが良いでしょう。
 肥満者の場合は、感染症予防のための外出自粛や在宅勤務による運動不足に気をつける必要があります。運動しないと筋肉が少なくなります。さらに、エネルギー消費量が減るため脂肪が蓄積し、体重が増加してしまいます。これがいわゆるサルコペニア肥満*5 で、糖尿病や高血圧の方は、サルコペニア肥満により、症状がさらに増強してしまいます。こうした状況を避けるため、筋肉を維持する運動を心がける必要があります。早朝など人出の少ない時間帯を選んでウォーキングをするほか、家の中でできる運動として、筋トレ、10〜15cmの台を上り下りする踏み台昇降、階下への音に気をつけて小走りするスロージョギングなどは、室内でも十分できる運動です。こうした運動を行い、常に筋肉を使うことを心がけるのが、肥満の方には重要だと思います。
 また、今年は新型コロナウイルスのワクチンは間に合わないので、ぜひインフルエンザの予防接種を受けていただきたいと思います。手洗い、うがい、マスク着用は新型コロナもインフルエンザの対策も同じなので、励行してください。
 保健師や栄養士といった健康づくりを支える専門職の方には、肥満や糖尿病に関して、肥満であれば体重、糖尿病であれば血糖と、日常生活の関連をよくわかるように説明し、何が良くて何が悪かったかという指導をしていただくと良いでしょう。特に内臓脂肪型肥満に関しては、糖尿病、心筋梗塞、脳梗塞などの合併症リスクが高いことはこれまでも言われていましたが、それに加えて感染症の重症化リスクが高いということを、しっかりとお伝えいただければと思います。

  • * 1 日本では、肥満の目安としてBMI(Body Mass Indexの略で、 体重(kg) ÷ { 身長(m) X 身長(m) } で算出)を用いており、BMI25以上を「肥満」、BMI35以上を「高度肥満」と定義している。
  • * 2 出典:厚生労働省「国民健康・栄養調査結果の概要」
    https://www.mhlw.go.jp/content/000615325.pdf
  • * 3 出典:米国疾病予防管理センター
    https://www.cdc.gov/obesity/data/adult.html
  • * 4 細胞から分泌される低分子のタンパク質。他の細胞の機能や働きに影響を及ぼす。
  • * 5 サルコペニア(筋肉量の減少)と肥満が重なった状態
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