研究・健康レポート1

生活者の状況に合わせた口腔ケア

毎日の暮らしの中で、無理なく自然にお口と身体の健康を守る――その実現には、生活者一人ひとりが自分に合った口腔ケアを続けることが欠かせません。地域に根ざした歯科医療に長年取り組み、口腔衛生学の専門家の立場からセルフケア指導や予防の普及に携わってきた高柳篤史氏に、オーラルケアのモチベーションを高めるためのアプローチや、生涯にわたって歯のケアを続けるためのコツを伺いました。

高柳 篤史 Takayanagi Atsushi

「頑張る」より「楽しく続ける」口腔ケア

 「健康にいい」と理解しているだけでは、行動は続きません。たとえば喫煙のように、健康に悪いと理解していても続けてしまう行動もあります。すべての人が、健康に対して同じ目標や価値観を持っているわけではありませんし、100点満点を目指す必要もありません。近年注目されているゼロ次予防*1 の視点では、健康的な行動は「頑張るもの」ではなく、意識せずとも続く習慣として根づかせることが重要です。それぞれの生活や価値観に寄り添いながら「何ならできるのか」「どこからなら始められるのか」を一緒に考えていく――そうした関わり方が、結果として継続につながっていくのではないでしょうか。また、個人への働きかけだけでなく、社会全体での環境づくりが欠かせないと考えています。
 毎日2〜3回行う歯磨きは、年間だとおよそ1000回も実行している生活習慣です。だからこそ「頑張る」のではなく「楽しく続ける」ことが何よりも大切です。例えば歯磨きの時間を1分間延ばすだけでも、毎日となると負担に感じる方は多いでしょう。歯のケアは一生続けるものだからこそ、その人の生活や価値観に寄り添い、無理なく続けられるきっかけをつくることが大切だと考えています。
 セルフケアの指導では、いろいろなケアアイテムを試してもらうなど、楽しめる工夫を重視しています。たとえば、歯ブラシの選択1つとっても、磨き心地や使いやすさによって継続性が大きく変わります。重要なのは「気持ちよく使えるかどうか」なので、指導に際しても「きれいに磨けているか」以上に磨き心地を確認します。たとえ口腔内の状態が改善していても、本人が心地よさを感じていなければ、習慣として続かないからです。「この歯ブラシは使いやすい」「使っていて気持ちがいい」と実感できれば、自然と磨き方やかける時間も変わっていきます。こうした実感が積み重なることで「気づいたら続いていた」という状態が生まれ、健康につながっていきます。そのためにも、生活スタイルに合わせたアイテム選択が重要になります(磨き方による歯ブラシの選び方については図1を参照)。

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 また、ハミガキについては、フッ化物配合のものを使用し、すすぎすぎないことがポイントです(図2)。図2の方法はエビデンスに基づくものです。

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人との関わりから口腔への関心が生まれる

 口の役割は、食べることだけではありません。会話や笑顔など人との関わりとも密接につながっています。また歯磨きは、むし歯や歯周病の予防だけでなく、見た目の清潔感やセルフエスティーム(自己肯定感)にも関わるものです。人とのつながりや社会的な活動の中で自分や口元に関心をもつことが、結果として健康にもつながっていきます。
 そこで、私は歯科医院の隣にサロンを設け、近隣の大学とも連携しながら*2 「コミュニティづくり」をテーマに、食や生活を通じた活動を進めています。サロンでは、料理教室や健康づくり活動などを通じて人が自然に集まり、その関わりの中で口腔への関心が生まれることを大切にしています。「歯を磨きましょう」と直接伝えるのではなく、人との関わりの中で自然と口腔への関心が生まれる仕組みです。また、サロンの入口には歯ブラシやハミガキを博物館のように並べ、「こんなに種類があるんだ」と興味を持ってもらうところから関心づくりを始めています。
 また近年は、スマートフォンを見ながら“ながら磨き”をする方が増えています。こうした生活習慣の変化に対しては、一律に「やめましょう」と言うのではなく、生活スタイルに合わせた工夫が必要だと思います。ながら磨きに関しては、磨き残しが生じやすいため、磨く順番を決めておいて、まんべんなくブラッシングすることが有効です。さらに1日に1回、あるいは週に1回でも、鏡の前でじっくり磨く時間をつくることをおすすめします。自分の生活に合わせて続けられる形を見つけることが、継続につながっていきます。

ライフステージごとの口腔ケア

 歯のケアは一生涯続くものだからこそ、ライフステージごとに気をつけたいポイントがあります。
 子どもの口腔ケアでは、無理にやらせるのではなく、楽しく自然に取り入れられる環境づくりが大切です。保護者が楽しそうに歯を磨く姿を見せることで、子どもは興味を持ち、磨く習慣が身についていきます。一方、むし歯が最も増えやすいのは10代後半から20歳前後なんです。自立をきっかけに、身についた歯磨き習慣が途切れやすい時期でもあります。こうした若年層に向けては、口腔ケアを自分ごととして捉えてもらうきっかけづくりが重要だと考えています。30代以降は歯周病のリスクが高まるにも関わらず、忙しさから歯科を受診する機会が減りやすくなります。どんなに忙しくても、年に1回は歯科でチェックを受け、異常があれば早めに対応することが将来の差につながります。高齢期になると、全身状態の変化や入院などをきっかけに、口腔状態が急速に悪化することがあります。口腔ケアは全身管理の一部として捉え、体調を崩した時や入院時こそ口腔の健康管理が重要です。
 また、どの世代においても大切なのは、トラブルが起きた時に気軽に相談できる関係性を、歯科と築いておくことです。歯科医院には「こんなことを相談していいのだろうか」「怒られるのがこわい」と思わせるのではなく、気軽に頼れる存在であることが求められます。
 保健師や栄養士といった人々の健康づくりを支える方々には、ぜひ「頑張って続ける健康」ではなく、「楽しみながら続けていたことが結果的に健康につながっていた」という形をどうつくるかを考えていただきたいです。「これを食べてはいけない」「こうしなければいけない」といった指導では、継続にはつながりません。できるだけ生活者の目線に立って、無理なく取り入れられる関わり方を一緒に考えていくことが大切です。食やコミュニティ活動といったさまざまなアプローチを通じて、自然と健康に関心が生まれる環境を整えていくことが、これからますます重要になってくると考えています。

  • * 1 近藤克則氏の巻頭インタビュー(No.79)を参照。
  • * 2 日本工業大学と連携している。また、同サロンはセルフケアのサポートを目指すスタディグループ「はみがき学の会」の拠点でもある。
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