巻頭インタビュー

身体とお口の健康格差を縮小するためのアプローチ

経済状況や学歴、住んでいる地域などによって生じる「健康格差」。
「命の不平等を放っておけない」と考えた医師の近藤克則氏は、
健康格差の縮小に向けて、大規模な疫学調査や継続的な情報発信を続けています。
巻頭インタビューでは、身体と口腔の健康格差の実態と対応策について
近藤氏に教えていただき、誰もが自然と健康になれる社会づくりについて考察します。

近藤 克則 Kondo Katsunori

 私の父は、へき地医療に献身していました。「住民に寄り添いなんでも診てくれる先生」として地域の人々に慕われていましたが、私が14歳の時に早世しました。そんな父の背中を見て育った私は、「どんな患者でも診られる医者になりたい」と考えるようになります。医学部卒業後は、プライマリ・ケア*1 の腕を磨きたいと考え、大学病院ではなく市中病院へ。当直で救急患者を一手に診るという修羅場のような経験をしました。在宅医療やリハビリテーションにも携わり、14年間にわたって臨床経験を積みました。
 その中で気がついたのが「健康格差」の存在です。臨床現場では、具合が悪くても年金が入らないと病院に来ないお年寄り、病気を抱えながらエアコンがない部屋で暮らす人、親からの虐待で傷つけられた子どもなど、さまざまな患者に出会いました。経済状況や家庭環境に問題を抱えていることによって健康が損なわれ、個人の努力では改善できない現実を目の当たりにしました。そこで、政策研究をしたいと一念発起し、38歳の時に日本福祉大学で研究者としてのキャリアをスタートしました。

疫学調査で明らかになった健康格差の実態

 健康格差の実態を世に発信するためには、訴求力のあるデータが必要です。そこで私は1999年に愛知県の2自治体の高齢者を対象とした疫学調査「AGES*2 」をスタート。心身の状態、生活習慣、社会的状況などのデータを収集し、多角的な分析を続けました。この取り組みは徐々に賛同者を集め、2010年に全国的な疫学調査「JAGES*3 」に発展。最新の2025年度調査では、全国の24都道府県74市町村と協働して約22万人の高齢者から回答を得ています。
 図1は、所得階層別の要介護者割合を調べた結果です。所得が低いほど要介護者が多いことがはっきりと示され、特に男性では顕著で、5倍もの差に驚きました。

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 また、図2は所得とうつの関係を調べた結果ですが、所得が低くなるほどうつの割合が多いことが明らかです。

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 他にも、「教育年数が短いほど健診未受診率が高い*4 」「所得が低くなるほど転倒歴がある人が多い*5 」「64市町村の前期高齢者のうつの割合を比較すると最大と最少で2.1倍の差がある*6 」など、興味深い結果が得られました。
 経済状況や境遇によって健康格差が生じると、健康を損なった人はますます不健康になりやすく、なかなか負のスパイラルから抜け出せません。さらに、「ウェルビーイング=身体的・精神的・社会的な健康・幸福」にまで格差があります。今が辛くて将来にも希望が持てない人は、健診に行って病気を予防することに意味を見出せず、健康的な生活習慣に変えようと思いません。自ら健康になることを諦めてしまうのです。また、健康格差に対してよくあるのが「貧しい人は大変ですね」と他人事という反応です。ですが、健康格差は低所得者だけの問題ではありません。図1・2のデータを見ると健康指標は中位の人でもより上位の人より下がっていますので、最上位階層の人以外は健康格差の被害を受けているのです。

介入すべきは“個人”ではなく“社会”

 図3は、健康格差が生まれるメカニズムをまとめたものです。

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 健康状態には、生活習慣や身体の機能、心理的因子が影響を及ぼしますが、その背景には社会経済的な因子が複雑に絡み合っています。さらに忘れてはならないのが「ライフコース=胎児期・出生時から幼少期、学齢期、高齢期に至るまでの軌跡」の観点。子どもの頃の生育環境は、一生涯の健康状態に大きな影響を及ぼし続けます。
 健康診断で病気のリスクがある人をスクリーニングして健康づくりにつなげようとしても、ハイリスクな人ほど健診や健康教室に参加しない現実があります。スクリーニングからのスタートでは、救いの手が届かない人がいるわけです。実際、世界の研究データを体系的に収集・分析した「コクランライブラリー」のレビューでは、「体系的な健康診断の実施は有益である可能性は低い」という結果が報告されています*7 。また、人は理論的に動く生き物ではありません。「お酒やタバコを止めないと身体を壊しますよ」「こういう食事をしたほうが身体に良いですよ」などと伝えても、個人の行動を変えることは簡単ではありません。つまり、健康のための正しい知識を提供しても必ずしも正しい選択にはつながらないのです。
 それでは、健康格差を縮小するためにはどうすれば良いのでしょうか。介入すべきは“個人”ではなく“社会”です。健康面のリスクが高い個人を対象に支援を行う従来の「ハイリスク・アプローチ」から、リスクの有無に関わらず集団全体を対象に健康づくりに取り組む「ポピュレーション・アプローチ」に拡張する、あるいは切り替えることが求められています。また、予防医学には1次から3次予防の段階がありますが、そのさらに上流にアプローチする手法として注目されているのが「ゼロ次予防」です(図4)。

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 ゼロ次予防とは、自然と健康になれるように社会や環境を整備すること。言い換えると、「暮らしているだけで自然と健康になれるまちづくり」です。さらに、幼少期や学齢期の環境を整えて健康の土台をつくる「ライフコース・アプローチ」を充実させることも重要です。
 JAGESではこうした介入の効果を検証したいと考え、2007年度から愛知県知多郡武豊町で介護予防を目指すプロジェクトを始めました。高齢者が日常的に集い、多彩な活動を行ったりおしゃべりをしたりする「通いの場」づくりです。町の各所にサロンをつくり、運営は住民ボランティアにお任せしたところ、町の高齢者の1割以上が参加。外出したり人と交流したりする機会が増え、参加者の要介護リスクが半減する効果が見られました。住民主体の「通いの場」は、現在では全国の99%の自治体に広がっています。社会参加によって健康になることを示すデータも続々と集まっています。人と人とのつながりから得られる資源のことを「ソーシャル・キャピタル」といいますが、健康格差を縮小するためには、ソーシャル・キャピタルを育むことも欠かせません。

オーラルヘルスには健康格差が現れやすい

 オーラルヘルス(口腔の健康状態)は、健康格差が発現しやすい部分です。「歯の治療やメンテナンスにかけるお金や時間があるか」「子どもの頃からセルフケアをする習慣があったか」「外出して人と交流する機会があるか」などのさまざまな要因によって、格差が現れて拡大していきます。歯や歯ぐきの状態は一度悪化すると元に戻すことが難しいため、どのような人生を送ってきたかを示す非常にわかりやすい指標の1つだといえます。
 JAGESでは、歯科学の研究者が分析を行った結果、オーラルヘルスの健康格差を示すデータが次々に見つかりました。図5は、高齢者が無歯顎(歯が1本もない状態)になるリスクを示したものですが、所得が低いほど歯を失うリスクが高いことがわかります。同時に、住んでいる地域の所得水準が低いと無歯顎のリスクが高くなるという地域格差も存在しています。

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多角的な介入でお口の健康を守る

 オーラルヘルスの健康格差を縮小するために、力を入れるべきはライフコース・アプローチでしょう。小さな子どもは自分でオーラルケアができません。親に歯を磨く習慣がないと子どもも歯磨きをしなくなり、お口の状態は悪化の一途をたどります。そこで、幼稚園や保育園、小中学校でオーラルケアの教育を行ったり、給食後の歯磨きを推奨したりすることが大切になります。また、一部の自治体では学校におけるフッ化物うがいを導入し、むし歯を減らす効果を上げています。学校でのフッ化物うがいは、とても有効な「ポピュレーション・アプローチ」で「ゼロ次予防」だといえます。それから、乳幼児は歯磨きを嫌がることが多いので、楽しくなる工夫があると良いと思います。私の孫は1歳ですが、使っているハミガキの味が美味しいらしく、喜んで歯ブラシをくわえています。このように、歯磨きしやすくするケア用品があると、オーラルケアを習慣化しやすいのではないでしょうか。
 大人になってからは、職場で歯磨きをしやすい環境をつくることが大切です。例えば、健康経営の一環として歯磨きしやすいきれいな洗面所をつくる。そして、食事後の歯磨きを会社が推奨する。短時間でコッソリではなく、ゆっくり堂々と歯磨きできる環境が整えば、社員の健康づくりにもつながっていくでしょう。
 また、社会的な介入例として、水道水に適量のフッ素を添加する「水道水フロリデーション」があります。海外の一部の国では導入され、むし歯予防の効果が出ていて、WHO(世界保健機関)も推奨しています。日本での導入はまだですが、水道水は誰もが使うものなので、適切に行えば効果的だろうと考えています。それから、日本で売られているハミガキの大多数にフッ素が配合されていることも、効果的な「ポピュレーション・アプローチ」であり「ゼロ次予防」であるといえるでしょう。さらに、図6をみてください。友人との交流機会と残存歯数の関係を調べたデータです。

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 緑茶の摂取量もあわせて検証した結果、緑茶の摂取量が多いほど残歯数が多い。これは、緑茶に含まれるカテキンやフッ化物の効果によるものだと推測できます。同時に、1カ月に会う友人の数との関連もみられ、10人以上に会う高齢者は、友人に会わない高齢者に比べて歯が約2.6本も多く残っていました。地域の人々の交流を育むことも、人と会うから歯磨きをすることやおしゃべりをして口腔機能を鍛えることにつながり、オーラルヘルスの健康格差縮小への道筋となりえます。
 一方でセルフケアにおいては、オーラルケアを日常に自然と取り入れることがポイントです。最近はスマートフォンを見ながらの「ながら磨き」が増えていますが、面倒くさい気持ちが減って磨く時間が自然と伸びて、歯磨きを習慣化する1つの手になると思います。

誰もが自然と健康になれる社会づくり

 いま注目しているのは「成果連動型民間委託契約方式:PFS」という行政手法です。その1つである「ソーシャル・インパクト・ボンド」は、社会課題の解決に取り組む民間事業者の事業に投資家が投資して、それによる行政コストの抑制額に応じて投資家と民間事業者に報酬が支払われる仕組みです。自治体の無駄な出費が抑えられる、成果連動型なので民間事業者は頑張った分報酬がアップする、効果的な手法のエビデンスが集まるといったメリットがあり、効果をあげはじめています。今後はこの「PFS」を活用してもっと多くの自治体や民間事業者を巻き込み、健康格差縮小を推進し続けたいと思います。
 25年以上前、私が健康格差の研究を始めた当初は「格差のない社会はない」「対策が思いつかない」など多くの批判や疑問の声が寄せられました。しかし、この間にWHOも健康格差是正の必要性を訴えるレポートを多数発表しています。さらに国も対策に乗り出し、「健康日本21*8 」の第二次(2013年度〜2023年度)と第三次(2024年度〜2035年度)には、健康格差の縮小を目指すことが明記されました。そして「健康日本21(第二次)」の最終評価報告書には、男性の健康寿命の都道府県格差が縮小傾向にあることが記されました。
 健康格差をなくすことは簡単ではありませんが、不可能でもありません。そして、挑んだ先にはたくさんの人々の幸せが待っています。大切なのは、研究者、自治体、住民の皆さん、民間事業者、医療従事者などさまざまな立場の人々が力を合わせること。仲間は多ければ多いほど心強い。保健師や栄養士など健康づくりの専門家の方には、地域の中で自分ができることを探して、健康格差縮小に向かってぜひ一緒に取り組んで評価し効果的な方法を普及していただきたいと思います。

  • * 1 患者のさまざまな不調を総合的に診る身近な初期診療のこと。健康相談、予防、介護・福祉サービスとの連携、専門医への紹介の役割も担う。
  • * 2 AGES=Aichi Gerontological Evaluation Study(愛知老年学的評価研究)
  • * 3 JAGES=Japan Gerontological Evaluation Study(日本老年学的評価研究)
    (JAGESホームページ:https://www.jages.net/)
  • * 4・5 松田亮三,平井寛,近藤克則,斎藤嘉孝. 日本の高齢者-介護予防に向けた社会疫学的大規模調査(3)高齢者の保健行動と転倒歴-社会経済的地位との相関.公衆衛生. 69(3), 231-235, 2005.
  • * 6 近藤克則. 健康格差社会-何が心と健康を蝕むのか 第2版. 医学書院, 2022.
  • * 7 https://www.cochrane.org/ja/evidence/CD009009_general-health-checks-reducing-illness-and-mortality
  • * 8 厚生労働省による健康づくり運動。健康に関わる具体的な目標を設定し、健康づくりに必要な環境整備を進めることにより、日本に住む一人ひとりの健康寿命延伸を目指す。
    (https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/top.html)
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