研究・健康レポート3

新しい姿勢測定法と疲労

花王株式会社ヒューマンヘルスケア研究所では、歩きやすい紙おむつの開発や高齢者の歩行・健康支援をめざし、15年以上にわたり歩行解析技術の研究を進めてきました。今回は、長年研究に携わってきた須藤元喜氏に、歩行時の姿勢と疲労の関係をはじめとする最新の研究知見について伺いました。

須藤 元喜 Sudo Motoki

 私が姿勢の研究に取り組み始めたのは、乳幼児用おむつの開発に携わっていた2008年頃です。赤ちゃんのおむつのつけ心地は動きや姿勢に現れるのではないかと考え、研究を始めました*1 。ハイハイなどの動作は複雑でしたが、歩行は一定のパターンがあり歩行研究の知見を応用しやすく、姿勢との関係を客観的に捉えられると考え、歩行分析に着目しました。同じ頃、ロコモティブシンドロームが注目されるようになり研究に取り組んだところ、高齢者では姿勢や動きの崩れが腰痛や膝痛につながることが明らかになりました*2 。こうした研究から、歩行や姿勢を科学的に捉えることが幅広い世代の健康づくりに役立つと考え、本格的に姿勢の研究に取り組むようになりました。

歩行時の状態を視覚化するアプリを開発

 姿勢を評価する基準となるのが「身体アライメント」です。身体アライメントとは骨盤・脊柱・股関節・膝・足首などの骨格がどのように並び支え合っているかを示す考え方です。姿勢の乱れは、筋肉の使い方の癖や過度な緊張が積み重なることで生じます。例えば、長時間かがむ習慣があると、身体はその姿勢を基準の姿勢として覚えてしまい、身体アライメントのゆがみにつながります。また「腰の右側だけが痛い」といった片側の痛みは、身体アライメントの不良に起因することが多くあります。
 こうした特徴を踏まえて、私たちは歩行時の身体アライメントを測定し、姿勢の評価をすることを考えました。また、大人数から詳細な歩行データを収集できれば歩行と健康の関係をさらに明確にできると考え、「いかに大量のデータを集める仕組みをつくるか」を重視して研究を進めました。その成果として、2023年に、スマートフォンをお腹に抱えて8歩歩くだけで歩行時の姿勢や癖を評価できる研究アプリ「Walk Coordinator」(図1)を開発しました*3

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 「Walk Coordinator」を使うと、自分の姿勢の特徴や注意すべき点がわかります。さらに、その結果を踏まえた具体的な改善方法として、約300通りの中から最適なストレッチを提案する機能も備えています。

身体アライメントのゆがみと疲労の関連

 2023年6月には、「Walk Coordinator」を用いて20~87歳の男女919人のデータを取得し*4 、歩行時の身体アライメントの非対称性に関する52項目を機械学習で整理しました。その結果をもとに、身体アライメントのゆがみの程度で分類したマップ(図2)を作成しました。

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 歩行に現れる身体アライメントの特徴は、類似度によって7つの小グループに分類され、さらに3つの大きなタイプに集約できることが明らかになりました。多くの指標でゆがみが大きいCタイプ、比較的ゆがみが少なく良好なアライメントを示すAタイプ、その中間に位置するBタイプの3つです。
 さらに2024年に実施した歩行測定では、196名をA~Cタイプのいずれかに分類し、チャルダー疲労尺度*5 による慢性的疲労度のスコアを重ねて比較しました(図3)。

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 その結果、身体アライメントのゆがみが比較的良好なAタイプでは疲労度の高い人はほとんど見られませんでしたが、対照的にCタイプでは疲労度の高い人が多く確認されました。以上のことから、身体アライメントのゆがみが慢性的疲労と密接に関連していることが示唆されます。一方、Bタイプは疲労度の高い人と低い人が混在しており、疲労には身体アライメント以外の要因も大きく影響していることが推察されました。

姿勢研究を発展させ、生活の質の向上へ

 疲労は非常に複雑で、原因と結果の関係を1つに特定することが難しい現象です。しかし今回の研究から、姿勢や身体アライメントによって説明できる人たちが一定数存在することがわかりました。これまで疲労は、「しっかり食べる・動く・休む・寝る」といった生活行動によって回復すると考えられてきました。しかし、実はその裏側には、これまで見落とされがちだった姿勢の偏りや身体アライメントのゆがみが関与していた可能性があります。
 姿勢が良いと内臓の配置が整い呼吸が深くなり、消化や循環がスムーズになります。その結果、血流が良くなり、内分泌系の働きにも良い影響が生じると考えられています。さらに興味深い点として、姿勢と精神状態の関連があります。人は落ち込んだり不安を抱えたりすると、防御反応として身体を丸める姿勢をとりがちです。この状態が続くと筋肉バランスが崩れ、エネルギー効率や代謝、内分泌などに悪影響が生じ、気分もさらに落ち込みやすくなります。行動心理学の分野では、良い姿勢をとることで気分が改善するという研究も多く、姿勢は単なる結果ではなく、疲労や気分に影響を与える原因として働く可能性も示唆されています。このように姿勢は疲労という複雑な現象において、入口にも出口にも、あるいは中間の要因にもなり得る存在であり、疲労研究において重要な位置を占めていると考えられます。
 私の所属するヒューマンヘルスケア研究所では、「動く」「休む」「食べる」といった日常の行動を通じて、人々の健康に価値を届けることをポリシーとしています。姿勢はこれらの行動すべてに関わる要素であり、運動だけでなく、休息や栄養状態にも影響を及ぼす可能性があります。今後はこうした広い視点から姿勢研究をさらに発展させ、生活全体の質の向上に寄与できるよう取り組みを進めていきたいと考えています。

  • * 1 須藤元喜ら. 日本生理人類学会誌. 15(2), 33, 2010.
  • * 2 金 憲経ら. 日本老年医学会雑誌. 50(4), 528, 2013.
  • * 3 https://www.kao.com/jp/newsroom/news/release/2023/20231031-002/
  • * 4 20~87歳の男女を対象として2023年6月に実施した弘前大学COI-NEXT(岩木健康増進プロジェクト)のデータを活用。
  • * 5 イギリスで開発された、疲労の程度を評価するための国際的に広く用いられている質問票。身体的疲労と精神的疲労の両面を測定でき、慢性疲労研究や臨床現場、疫学調査などで活用されている。
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