研究・健康レポート2

疲労をためず元気に動ける身体づくり

近年、疲労回復のための運動やストレッチが推奨されるようになっています。股関節外科、リハビリテーション、スポーツ医学などに精通した整形外科医の高平尚伸氏に、股関節の重要性、「ファシア」という組織と身体活動の関係、元気に動ける身体をつくるストレッチ方法などを教えていただきました。

高平 尚伸 Takahira Naonobu

健康づくりの要となる股関節

 股関節は人体最大の関節で、骨盤と大腿骨をつないでいます(図1)。

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 大腿骨の丸い先端(大腿骨頭)が骨盤の丸いくぼみ(寛骨臼)にすっぽりはまる構造になっているため、あらゆる方向に足を動かすことができます。上半身の体重を支えつつ、歩く・走る・立つ・座るといった日常動作を可能にしており、非常に重要な関節です。関節の内部には「滑液」があり、スムーズに動かすための潤滑剤のような役割を果たしています。また、関節をまたぐように筋肉が付き、その筋肉が伸びたり収縮したりすることで、関節の動きをサポートしています。股関節に付いている筋肉は20以上もあり、大腿四頭筋、ハムストリングスなどの大きいものが含まれます。
 中高年になると股関節の調子が悪くなり、「痛い」「動かしにくい」といった違和感を訴える人が増えます。さらに、股関節の軟骨がすり減る「変形性股関節症」になるケースもあります。しかし股関節は本来、一生分の耐久性を兼ね備えているはずです。運動不足だったり姿勢が悪かったりすると、滑液が偏って滑りが悪くなり一部に負担が集中し、軟骨がすり減ることもあります。また、筋肉に柔軟性がなかったり筋肉量が足りなかったりすると、関節がスムーズに動かなくなり、負荷がかかってしまいます。股関節の調子が悪くなる背景には、運動不足や筋肉不足が潜んでいるのです。
 股関節をしっかり動かすと、下半身の筋肉をバランスよく鍛えることができますし、股関節痛・腰痛・膝痛を予防できます。さらに血流も良くなり、疲労物質が排出されやすくなりますので、疲労回復が進みます。
 股関節の機能を維持するためには、ストレッチによって筋肉に柔軟性を持たせることと、筋力トレーニングによって筋力をつけることが大切です。また、こまめに動かして滑液を行き渡らせることも必要です。図2の「3Dジグリング」は、股関節をさまざまな方向に動かしながら、普段あまり使わない筋肉を使うこともできる体操です。簡単にできますので、ぜひ毎日の習慣として取り入れてみてください。

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身体の動きと密接に関係する「ファシア」

 元気に動ける身体をつくるための因子として、近年注目されているのが「ファシア」です(図3)。ファシアとは、全身の筋肉、内臓、骨、血管などを包む薄い網目状の膜のような組織。水分を含んだゼリー状の基質と、コラーゲン線維やエラスチン線維などのたんぱく質からできています。

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 ファシアのうち、筋肉を包むものは「筋膜」と呼ばれます。筋膜は互いに密接につながり、「フロントライン」「バックライン」「ラテラルライン」「スパイラルライン」「アームライン」という大きく5つの筋膜ラインを構成しています(図4参照)。
 ファシアには、筋肉を滑らかに動かしたり、身体の柔軟性を高める役割があったり、痛みの元になる感覚受容器が存在しています。しかし、加齢、運動不足、ストレス、立ちっぱなしや座りっぱなしなどによって、弾力性が失われ、周囲の組織と癒着してしまいます。ファシアの癒着が起きると体の柔軟性が低下し、体のコリや関節痛が現れやすくなります。「なんだか身体の調子が悪い」という悩みの背景には、ファシアの癒着が隠れているかもしれないのです。
 私は2001年にアメリカで発行された解剖学の書籍*1 を読んで「ファシア」の機能的役割を知ったのですが、それ以前からこの膜状の組織を認識していました。整形外科の手術をする際に、この膜をなるべく剥がさずにそのまま残したほうが、術後の患者さんが身体を動かしやすいことを感じていたのです。また、さまざまなスポーツの動きやヨガのポーズを考えると、筋膜のラインを上手く連動させていることに気がつきました。以来、積極的にファシアの研究を続けています。

痛みやコリを解消する「全身連動ストレッチ」

 ファシアの癒着を解消するためには、先述した5つの筋膜ラインを1つずつ伸ばすことが重要です。そこで私が考案したのが「全身連動ストレッチ」。図4で基本の2ポーズを紹介しますので、ぜひやってみてください。短い時間でたくさんの筋肉を効率よく伸ばせること、特別な道具を必要とせず1人でどこでもできることが特徴です。

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 私はひどい関節痛や肩こりに悩む高齢の患者さんをたくさん診てきましたが、この全身連動ストレッチを行ってもらうと、痛みやコリが驚くほど解消され、身体を動かすのが楽になったという方がたくさんいらっしゃいます。「長年の痛みが嘘のようになくなった」「大好きな散歩を再開できた」などの声をいただくと、大変うれしく感じます。ファシアをしっかりケアすることで、動きやすく疲れにくい体を手に入れることができるのです。
 なお、関節とファシアのどちらの観点からも、同じ姿勢を続けることは望ましくありません。しかし現代社会では、デスクワークをしたりスマートフォンを見たりして、長時間じっとしていることが増えているのではないでしょうか。そこで大切なのは、意識してこまめに身体を動かすことです。また、ほとんど動かない睡眠中は関節もファシアも硬くなりやすいので、体操やストレッチを毎日行って、柔軟性を保っていただくことをおすすめします。

正しいやり方で継続することが大切

 私は還暦を過ぎましたが、疲れをためずに元気に過ごすため、なるべく歩いたり、姿勢に気をつけたり、こまめに動くことを心がけています。また、大学で若い学生たちと触れ合いながら研究に没頭することが良いリフレッシュになり、疲れにくい心身をつくっているのかもしれません。
 今後の展望としては、まだ知名度が低いファシアについて、その重要性を社会に向けて積極的に発信していきたいと考えています。また、股関節の不調や疾患に悩む患者さんのため、多職種と連携しながら、手術に限らないさまざまな改善方法を探っていきたいと思います。
 保健師や栄養士など人々に健康づくりの指導をする方には、一人ひとりの身体の状態と向き合いながら、本稿で紹介した体操やストレッチを勧め、元気に動き続けられる身体づくりをサポートしていただければ幸いです。その時に大切なのは、「正しいやり方」と「継続」です。1人でも自宅でも正しく続けられるよう、丁寧にサポートしてあげてください。

  • * 1 『Anatomy Trains(アナトミー・トレイン)』(Thomas W. Myers、米国、2001)
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