巻頭インタビュー

疲労の予防改善は健康生活の第一歩

日本疲労学会と日本リカバリー協会による2025年の共同調査によると、日本の成人の8割以上が疲れを感じています*1
30年以上にわたり日本の疲労研究を牽引してきた渡辺恭良氏に、疲労が起こるメカニズム、積極的に疲労回復することの重要性、疲労をリセットする方法などを教えていただきました。

渡辺 恭良 Watanabe Yasuyoshi

 「疲労」「痛み」「発熱」は、身体から発せられる三大生体警報(アラーム)です。痛みや発熱を放っておいてはいけないように、疲れたらしっかり休んで回復しなければなりません。しかし、私が疲労の研究を始めた30年以上前は、「一生懸命活動したら疲れるのは当たり前」「疲れても自然に治る」と考えられ、疲労に関する医学的な研究はほとんどされていませんでした。いわば、“疲労は医学の忘れ物”だったのです。1980年代から脳科学を専門にしていた私は、痛み、睡眠、発熱の研究はしていましたが、1992年から、疲労が起きるメカニズムや疲労感の脳内メカニズムを解き明かしたいと考え、研究をスタート。以来、1993年〜1998年のスウェーデンとの国際共同研究、1999年〜2005年の国内26大学・研究機関との大規模総合的研究(文部科学省)、2005年の日本疲労学会設立などを経て、疲労のメカニズムや回復法を追究し続けています。

日本人の多くが慢性的に疲れている

 図1は、全国10万人規模の成人を対象に疲労の実態を調査した結果ですが、疲れている人の割合が年々増えていることがわかります。

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 2025年には8割以上の人が疲れていて、高頻度で疲れている人(疲労が6カ月以上続いている人)も5割近くになっています。また、2025年の疲れている人の割合を年代別に調査すると、20代は85.6%、30代は87.5%、40代は85.7%、50代は80.9%、60代は70.8%、70代は62.5%となっていて、若者、仕事や子育てで忙しい世代が特に疲れていました*1 。なお、1985年に総理府(現在の内閣府)が行った調査では65%の人が疲れていましたが、そのうちの72%が「一晩寝れば治る」と回答しています。つまり、40年前と比べると現在は疲れが慢性化しやすくなっているのです。明確な理由は明らかになっていませんが、社会構造や経済状況の変化、そして、インターネットやスマートフォンの普及により情報過多になっていること、マルチタスクに追われるようになっていることなどが一因にあるのかもしれません。

疲労の種類と回復にかかる時間

 図2は、回復にかかる時間で分けた疲労の種類です。

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 「急性疲労」は、疲れても休憩したり一晩寝たりすれば回復します。「亜急性疲労」は疲れが取れにくく、2日から1週間ほど続きます。「慢性疲労」は6カ月以上の長期にわたって倦怠感や不快感を伴う状態です。急性疲労であればまだ心配はないのですが、亜急性疲労や慢性疲労になってしまった場合は、積極的に休養して疲れを取ることが必要です。また、明確な原因がないのに6カ月以上非常に厳しい疲労が続き、日常生活を送るのが困難である場合は、「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)」と診断されることがあります。慢性疲労は未病の状態であり、ME/CFSは明確な診断基準がある病気です。
 さらに成因でも、体を動かすことによる疲れ、ストレスや不安による疲れ、頭を使うことによる疲れなどに分けられます。私たちは2019年くらいから「脳疲労」という概念を提唱していますが、IT機器や膨大な情報と向き合い続ける現代社会では、脳が疲れて集中力や判断力が低下し、悩んでいる方も多いようです。また、脳は身体的要因による疲労も何とか調整して改善しようとずっと努めているので、そのために、脳の自律神経系をはじめとした調整系が弱ってくることを「脳疲労」と呼んでいます。

疲労は脳からの重要なメッセージ

 そもそも疲労がなぜ起こるのか、そのメカニズムを紹介しましょう(図3)。

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 私たちの細胞では酸素を使ってATPというエネルギー物質をつくっていて、その過程で副産物として微量の活性酸素が発生します。活性酸素は、細胞の機能に重要な物質を酸化=サビつかせますが、通常は細胞の中の抗酸化物質によって消去されるので、細胞は健康を保っています。しかし、オーバーワークになると活性酸素の発生量が増え、抗酸化物質による処理能力が追いつかなくなり、細胞の中にあるたんぱく質などをサビつかせてしまいます。このように細胞内でサビつきが起こっても、しっかり休息や睡眠を取ると十分なATPが供給され、サビついた部品は修理されたり新しい部品を作って置き換えられたりします。しかし、オーバーワークが続くと、ATPが不足し、サビついた部品が細胞内にたまり、さまざまな細胞障害が起こってしまうのです。全身の異常を点検する免疫細胞がこの細胞障害を感知すると、サイトカインという物質などを介して脳に知らせ、慢性の倦怠感や疼痛、意欲低下、微熱などを引き起こします。これが疲労の正体です。
 精神的要因の場合は神経細胞が、運動性要因の場合は筋肉細胞が、感染性要因の場合は免疫細胞が、それぞれ細胞障害の対象になります。なお、神経細胞は元々ATPの予備量が少ないので、精神的な疲労は長引きやすく、回復が困難になるのです。
 実は、疲労のメカニズムは細胞が老化するメカニズムと非常に良く似ています。つまり、短い時間で細胞障害が起こるのが疲労であり、長い時間で細胞障害が起こるのが老化だといえます。疲労を長引かせず、しっかり休んで回復することができれば、アンチエイジング、そして健康寿命延伸につながるわけです。反対に疲労を放っておくと、細胞の機能が低下し、代謝が遅くなったり免疫力が下がったりして、未病から病気へ向かっていく恐れがあります。疲労は未病の最たるものであり、「これ以上オーバーワークをすると心身に問題が起こりますよ」という脳・身体からの重要なメッセージなのです。

疲れに効く栄養素や食事

 疲れにくい身体をつくり疲労から回復するためには、細胞機能を修復するエネルギーを十分につくる必要があります。図4は体内で炭水化物や脂肪がエネルギーになる仕組みですが、この過程では、ビタミンB1、α-リポ酸、L-カルニチン、パントテン酸、クエン酸、コエンザイムQ10、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)といった栄養素の助けが必要になります。

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 また、イミダゾールジペプチドという栄養素は、渡り鳥や回遊魚のスタミナの原動力となっていて、私たちの研究によって強い抗酸化作用と疲労軽減効果が実証されています。さらに、疲労回復のためには睡眠を十分取ることも大切ですが、GABA(r-アミノ酪酸)やグリシンは気持ちをリラックスさせて睡眠の質を高める働きがありますので、夕食時や夕食後に積極的に摂ることをおすすめします。疲労回復に効く栄養素と代表的な食材を図5にまとめましたので、ぜひ参考にしてください。

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 なお、修復エネルギーをつくるためには、どれか1つの栄養素をたくさん摂っても十分な効果はありません。図5に挙げた栄養素、さらに、炭水化物・脂肪・たんぱく質という三大栄養素をバランスよく組み合わせて摂取することが重要です。普段の食事を見直して、「この栄養素が不足しているかな」と気づいたら、献立の工夫やサプリメントの併用などで、意識的に補うと良いでしょう。

自分に合った回復方法を探す

 「疲れると家でダラダラして過ごすけれど、なかなか疲れが取れない」という経験はないでしょうか。実は、身体をあまり動かさないと血流が悪くなり、代謝が滞り、老廃物が排出されにくくなります。スマートフォンやテレビを長時間見て同じ姿勢を続けていると、筋肉や関節に負荷がかかって疲れてしまうこともあります。疲労回復のためには、じっとして過ごすよりも、軽い運動やストレッチをしたりして、体を適度に動かすことが効果的なのです。体を動かすことで分泌される「セロトニン」は、幸せホルモンと呼ばれ、ストレス軽減や脳の活性化といった効果をもたらします。さらに、規則正しい生活や湯船に浸かる習慣も、疲労回復に効果的です。
 また、精神的に疲れている時は、自分に合った方法でリセットしたいものです。これまでの調査研究で、アロマセラピー、アニマルセラピー、音楽療法、おもいっきり笑ったり泣いたりする、おしゃべりをする、ポジティブな言葉を使うなど、さまざまな方法が見つかっていますので、ぜひいろいろ試してみてください。なお、私自身が心がけているのは、自分のスケジュールを自分でコントロールすること。周りに振り回されず自分のペースで物事を進め、疲れたら自分のタイミングで休憩するようにしています。

疲労を積極的に回復して健康寿命延伸を

 30年以上にわたる研究によって疲労のメカニズムは解明されてきましたが、まだ全貌が明らかになったわけではありません。私は今後、傷ついた細胞が修復される仕組みやスピードを解明したいと考えています。また、多くの人が疲れを感じている日本において、疲労回復のためのサービスや商品をブラッシュアップすることは喫緊の課題です。現在もたくさんの企業や研究機関と連携したプロジェクトが進行していますが、多くの方と知見を交換しあい、衣食住遊休すべての観点から、抗疲労、さらには抗老化につながる方法を探究し続けたいと思います。
 一生懸命活動したら疲れますが、疲れは本来短期間で回復すべきものであり、疲れが慢性化するのを看過してはいけません。保健師や栄養士など人々の健康づくりを支える専門職の方には、疲れを放っておかずに積極的に回復を図ることの大切さを周りの人々に伝えていただき、創造的に生きられる健康寿命の延伸をサポートしていただければ幸いです。

  • * 1 日本疲労学会・日本リカバリー協会「日本の疲労状況2025」
    https://www.recovery.or.jp/research/9513/
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