研究・健康レポート2

食生活から考える健康長寿のヒント

健康長寿の実現には栄養バランスの良い食生活が欠かせませんが、高齢者は口腔機能や身体機能の衰えなどにより食事の質が低下し、低栄養に陥りがちなことが知られています。高齢者の低栄養を防ぐポイントを、在宅訪問管理栄養士として地域高齢者の食生活をサポートしている塩野﨑淳子氏に伺いました。

塩野﨑 淳子 Shionozaki Junko

在宅の患者と家族に寄り添う栄養指導

 私の職業である在宅訪問管理栄養士は、在宅医療や訪問介護サービスを受けている患者さんの自宅を訪問して、栄養指導や調理指導を行います*1 。対象者は自宅で療養している方とその家族で、要介護・要支援の認定を受けている方から、重度の心身障害で自分の口から食べられない医療的ケア児まで、幅広い世代の方です。患者さんの自宅での食生活に対して、相談にのり、アドバイスを行います。ときには患者さん宅のキッチンで、一緒に料理をつくることもあります。
 私は大学卒業後、精神科の長期療養型病院で栄養管理の仕事をしていました。その病院には年単位で入院している患者さんが多い中、薬をちゃんと飲んで、3食きちんと食べ、夜眠れるようになり、排泄のコントロールができるようになると、状態が改善して、なかには退院してご自宅に戻る方もいらっしゃいました。そうした患者さんに退院時の食事指導を行う中で、退院後の生活サポートに関心をもち、介護支援専門員(ケアマネジャー)の資格を取得して居宅介護支援事業所で働くようになりました。ケアマネジャーとして働く中で、食事がきちんと摂れないために床ずれができたり、食生活のバランスが悪いために血糖値のコントロールがうまくいかないといったケースを見聞きするようになりました。在宅医療の世界で管理栄養士の果たす役割があるのではないかと考え、在宅訪問管理栄養士を目指すようになりました。
 2013年に在宅訪問管理栄養士として活動を始めてからは、患者さんや家族にとってのより良い食事を考え、ご本人や家族がやりやすい方法を提案することをモットーにしています。胃ろうの患者さんが口から食べる訓練をする中で、胃ろうが必要なくなるといった嬉しい場面にも立ち会いましたし、ときには看取りの「最後の食事」をアドバイスさせていただくこともあります。在宅訪問管理栄養士という仕事を通じて、栄養の大切さだけでなく、“食”が生活に彩りと満足感を与えることを学んでいます。

栄養バランスの良い食事を摂るために

 在宅訪問管理栄養士として、多くの高齢者の栄養指導を行ってきました。高齢者への食事の課題としては、肥満で生活習慣病や高血圧の症状のある方と、低栄養の方とに二分化しているのを感じます。また、メディアの情報に翻弄される方が多いのも心配な点です。「たんぱく質を摂るといい」「発酵食品がいい」と聞き、自分の適量がわからないまま摂りすぎ、同時に脂肪や塩分もたくさん摂ってしまう。また、最近では過度な糖質制限をしている高齢者も多くみられます。そこで、誰でも簡単にバランスを取れるようにと考えたのが、「バランス栄養ごはんの方程式」(図1)です。

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 1食のなかに、たんぱく源・野菜・主食を必ず入れましょうというもので、主食をきちんと食べてほしいという思いを込めています。私達が必要とするエネルギーの約半分は主食から摂るため、主食を摂れば自然にバランスが良くなります。一方で、ご飯やカップラーメンだけになってしまう方の場合は、ミニトマトとゆで卵をプラスするだけでもバランスが良くなります。
 高齢になると、特に女性はリウマチなどで包丁が持てなくなったり、硬い食材を切るのが大変になります。そこでおすすめしているのが、加工された食材を上手に取り入れることです。たんぱく源としては、骨をとった切り身の魚、練り製品、缶詰、コンビニのゆで卵やサラダチキンなどがあります。また、カット野菜や冷凍野菜もおすすめです。高齢者向けの健康教室で講師をすると、皆さん「カット野菜は手抜き」「栄養が抜けている」といったイメージをおもちで、使うことに抵抗を感じている方がたくさんいます。そこで「私も冷凍野菜を使いますし、病院給食で使うこともあります」と言うと、皆さん驚かれますが、「管理栄養士が使っていいと言っている」と納得してくださるようです。以前に比べると加工技術が高くなり味も良くなっていますし、安定的に収穫した時に加工された食材を使うことは、家計面にも良いのではないでしょうか。
 調理法についても、電子レンジを使うなど手軽な方法をお伝えしています。料理が苦手な方や家庭科の授業でしか料理を学んでない方にとって、バラエティ豊かな食事をつくるのは難しいことです。奥さまを介護することになって、初めて料理をする高齢の男性もいらっしゃいます。そういう方にインスタントのお吸い物の素を使って、電子レンジで茶碗蒸しをつくる方法を教えたところ、とても感動していただいたことがあります。ほかにも、同じほうれん草でも和え方を変えるだけでいろいろな味が楽しめること(図2)などをお伝えしています。

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健康長寿につながる食生活とは

 健康長寿につながる食生活を考えると、まず課題となるのが減塩です。「日本人の食事摂取基準(2025年版)*2 」の塩分摂取量の目安は1日あたり男性7.5g未満・女性6.5g未満で、1食あたりでは2〜2.5gです。私は減塩が必要な方には、減塩醤油や減塩鶏ガラスープなどの減塩調味料を使うよう指導しています。減塩調味料を使うことで、塩分の約4割をカットできます。また、和食は健康に良いイメージがありますが、1日3食とも和食だと1日の塩分摂取量が高くなってしまいます。食事の塩分を意識しつつ、塩分の高い食事を続けて摂らないことが大事です。食事に加えて、運動や睡眠など生活習慣全般を見直すことも大切です。「食べる・出す・寝る」は人生の基本ですので、そこが崩れると健康は維持できません。
 今後は、20〜30代の若い方が在宅訪問管理栄養士として活躍できるよう、人材育成に力を入れていきたいと考えています。管理栄養士は、食を通じて生まれる前から死ぬまで、健康な人にも病気の人にも関われる仕事だと思います。関わる方のQOLを高めるために、どうしたらその方の食生活が豊かになるかを指導できる管理栄養士でありたいと思っています。

  • * 1 在宅訪問栄養食事指導は、医療保険または介護保険を用いて、在宅患者宅を訪問して栄養改善を目指すサービスのこと。医療保険は「在宅患者訪問栄養食事指導」、介護保険は「居宅療養管理指導」という名称である。また個人宅に加え、国の制度では「在宅」の扱いになるグループホームや有料老人ホームなども対象に含まれる。
  • * 2 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html
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