頻尿、尿もれといった排尿の悩みは加齢とともに増え、生活の質を低下させます。
人生をいきいきと楽しむためには、排尿トラブルにしっかり向き合い、積極的に改善することが大切です。泌尿器科医として多くの患者を診察し、排尿トラブルの啓蒙活動にも力を注ぐ髙橋悟氏に、排尿トラブルの実態や解決への道筋を教えていただきました。
日本排尿機能学会が2023年に行った疫学調査*1 によると、20歳以上の77.9%、40歳以上の82.5%が、なんらかの排尿トラブルを抱えていることが明らかになりました。表1は主な排尿トラブルの特徴をまとめたものですが、一口に排尿トラブルといってもさまざまな症状があります。
実に多くの人が、「夜中に何度もトイレに行く」「トイレが近い」「もれてしまうことがある」といった悩みを持ちながら、生活をしているのです。
図1は、同調査において最も困っている症状を挙げていただいた結果です。
特に多いのは、夜寝てから朝起きるまでに1回以上トイレに起きる「夜間頻尿」で、男女とも最も割合が高くなりました。女性に多いのは、咳やくしゃみをしたり笑ったりしたときに尿がもれる「腹圧性尿失禁」。これは経膣分娩の経験がある人や40歳以上の人によく起こる排尿トラブルです。一方で男性に多いのは、尿が出にくい、尿が尿道に残るといった症状。排尿した後にジワッと尿がもれる「排尿後尿滴下」は30〜40代の比較的若い世代から見られ、下着やズボンにシミがついて困るという声もよくお聞きします。
排尿トラブルは幅広い年代で見られますが、加齢とともに明らかに増加していきます。その理由は、尿道を締めたり緩めたりする「尿道括約筋」、膀胱を拡大・収縮する「排尿筋」、膀胱や尿道を支える「骨盤底筋」といった筋肉が加齢によって衰え、排尿に不具合が生じることです。
なお、膀胱がしなやかさを失ったり、尿道括約筋や骨盤底筋が弱くなったりすると、尿が少したまっただけで膀胱が過剰に収縮して尿意が突然起こる「過活動膀胱」の状態になります。同調査によると、過活動膀胱の有病率は年齢とともに上昇し、50代以降に急激に起こりやすくなることがわかっています。過活動膀胱は、頻尿、尿意切迫感、切迫性尿失禁などを引き起こす原因になります。
排尿トラブルを抱えていると、「映画やコンサートを思う存分楽しめない」「長時間の外出を避けるようになる」「車で旅行に行けない」といった支障が生じ、QOL*2 が低下してしまいます。しかし、「歳のせいだから仕方がない」「誰にでも起こること」などとあきらめ、我慢して過ごしている方が多くいらっしゃいます。また前述の疫学調査では、泌尿器科の受診率が4.9%にとどまり、医師に相談する人が少ないことがわかっています。この背景には、「人に相談するのが恥ずかしい」という気持ちがあるのでしょう。
私は約40年前に泌尿器科医になり、多くの患者さんを診察するとともに、排尿トラブルに関する啓蒙活動に尽力してきました。そして排尿トラブルに悩む方に第一にお伝えしているのは、尿の悩みの多くはセルフケアで治せるということです。排尿トラブルは老化現象の一種ですが、トレーニングや生活習慣の改善を頑張ることで、排尿機能を若返らせることができるのです。現在、尿のお悩みをお持ちの方は、次項から紹介するセルフケアをぜひ試してみてください。
セルフケアの基本となるのは「骨盤底筋トレーニング」。過活動膀胱による頻尿や尿もれがある人、腹圧性尿失禁の症状がある人などにとても効果があります。図2でくわしい方法を紹介していますので、やりやすさや状況にあわせて姿勢を選び、トライしてみてください。
効果が出るためのポイントは回数で、1日に45回以上行うことが大切です。45回と聞くと「大変だな」と思うかもしれませんが、「寝る前と起きた後に布団の中でやる」「テレビがCMになったらやる」「電車やバスに乗ったらやる」「信号待ちの間にやる」など、自分なりのタイミングを決めて、5〜10回ずつ小分けにして行うと、自然と回数が増えていきます。慣れてくると、息をするように自然にできるようになるでしょう。回数は多いほど良いので、できる人は1日100回を目指してみてください。
また、骨盤底筋トレーニングとあわせて行うとさらに効果が上がるのが「膀胱トレーニング」です。トイレに行きたいと感じた時にトイレに直行せず、尿道を引き締めるイメージで尿を我慢するトレーニングで、過活動膀胱で尿意を我慢することが難しくなっている人に効果があります。最初は3分間我慢することを目標にして、少しずつ時間を延ばしていきます。膀胱トレーニングをすると、ためられる尿の量が増え、トイレに行く間隔が長くなります。骨盤底筋トレーニングが基本的な筋トレだとすると、膀胱トレーニングは実践的なスポーツの練習のような位置付けです。
骨盤底筋トレーニングと膀胱トレーニングは、2〜3カ月続けることで効果が表れてきます。早い方だと、数週間から1カ月で尿の悩みが解消されることもあります。排尿トラブルを抱えていて、自分でなんとかしたいと考えている方は、まず試してみてください。
高齢になると多くの方が悩まされる夜間頻尿は、睡眠不足を招き、日中の生活の質も低下させます。夜間頻尿の主な原因は、①夜間多尿、②過活動膀胱や前立腺肥大の影響、③睡眠障害の3つで、最も多いのは夜だけ尿量が増える「夜間多尿」です。
では、なぜ夜だけ尿の量が増えるのでしょう。その要因は、重力によって下半身に水分がたまってしまうことです。加齢や運動不足でふくらはぎの筋肉のポンプ作業が弱まると、いわゆる「足のむくみ」が生じます。そのまま寝ると、下半身にたまっていた水分が血管に戻り膀胱に送られ、尿になるのです。
図3は、足のむくみをとる方法です。どれも簡単ですが効き目がありますので、やりやすい方法を取り入れてみてください。これらを試すことで夜中のトイレ通いがなくなり、熟睡できるようになるケースも多々あります。
なお、排尿トラブルを解決するためには食習慣を改善することも大切です。まずは水分の摂り方を見直してみましょう。1日の水分摂取量の目安は、体重60kgの人の場合、食事に含まれる水分で1L、飲み物で1〜1.5Lです。しかし、野菜や果物をたくさん食べる人、コーヒーやお茶を1日に何杯も飲む人、晩酌が日課になっている人などは、知らず知らずのうちに水分を摂りすぎている場合があります。さらに、カフェインやアルコール、野菜や果物に含まれるカリウムには、尿が出るのを促す「利尿作用」がありますので、飲食する時間帯や量には注意が必要です。また、塩辛いものを食べると、喉が渇いて水分をたくさん飲みたくなりますので、塩分の摂りすぎにも気をつけましょう。
泌尿器科には「トイレが近い」と相談に来る患者さんがたくさんいますが、食事や飲み物の摂り方をよくヒアリングして改善すると、頻尿が解消されるケースがよくあります。ただ、食事は大きな楽しみであり、「あれもこれもダメ」と気にしすぎるとストレスになります。「果物をたくさん食べたいなら飲み物を少し控える」「晩酌の時間を少し早める」など、自分に合った方法を探し、取り組んでいただければと思います。
私は患者さんを診察するとき、「外来はエンターテインメントだ」をモットーに、一度は笑ってもらうことを心がけています。排尿の悩みは命に関わるというよりも生活の質に関わるものですので、堅苦しく説明をするよりも、楽しくコミュニケーションを取る中で一人ひとりに合った治療法を共に考えたいと思うのです。上述したセルフケアを2〜3カ月続けても効果が見られない場合は、一度、泌尿器科を受診してみてください。セルフケアの方法を一緒に見直すことで、排尿トラブルを改善に導くことができます。なかには、排尿トラブルの影に別の病気が隠れていることもありますので、セルフケアで治らなければ専門の医師に相談することを推奨します。
現在、日本人の寿命はのび続け、高齢期の人生は長くなっています。排尿トラブルに悩む方は積極的に改善に取り組み、QOLを向上して楽しい生活を送っていただきたいと思います。なお、最近は大人用おむつや尿もれケアパッドの開発が進み、使い心地が良くなっています。私も試したことがありますが、つけていることを忘れるほどでびっくりしました。尿もれに悩んでお出かけを我慢している方は、臨機応変に取り入れることで、アクティブで自分らしい暮らしを楽しむ一助になると思います。
私は患者さんと向き合うなかで、医師だけではなくさまざまな専門分野の多職種が連携して治療や指導にあたることが非常に大切だと感じています。保健師や栄養士など地域住民の健康づくりの要となる方には、排尿の悩みを持つ人の最初の窓口として相談にのっていただき、一人ひとりの生活や個性にあったアドバイスをしていただければ幸いです。