高齢になると、固いものが食べにくい、むせやすい、口が乾きやすいといった口内のトラブルが起こりやすくなります。
高齢者の口腔機能や栄養状態の改善に取り組む本川佳子氏に、高齢期の口腔機能の実情や課題、高齢期の食事で気をつけるべきポイント、口腔機能を改善する方法などについて、教えていただきました。
東京都健康長寿医療センター研究所では、板橋区在住の高齢者を対象とした包括的な健康調査「板橋お達者健診」を行っています。当健診の一環として、私たちのチームで「オーラルフレイル*1 」に該当する高齢者の割合を調査したところ、およそ3人に1人(36.7%)という結果を得ました(合計1,206人、平均年齢74.7歳)*2 。実際に地域の高齢者にお会いすると、固いものを食べにくくなっていたり、滑舌が低下していたりする人がたくさんいます。しかし、自身の口腔機能の衰えをきちんと認識している人は多くありません。「固い食品を避け柔らかいものを好むようになった」「食事の量が少しずつ減った」など、自分では気がつかないうちに進行してしまうのが、オーラルフレイルの特徴だといえます。
オーラルフレイルを見過ごさないために大切なのは、まずはかかりつけの歯科医を持つことです。定期的に口の状態を診てもらっている人は、口腔機能に対する意識が高く、実際に口腔機能が維持されていることを実感しています。しかし現状は、かかりつけの歯科医がなく、義歯(入れ歯)なのに何年も調整していないという方も多くいらっしゃいます。しばらく歯医者に行っていない方は、まず一度受診することをおすすめします。
図1は、板橋お達者健診に参加した高齢者509名に咀嚼力判定ガムを使用してもらい、咀嚼機能良好なグループと咀嚼機能不良なグループに分けて、栄養素や食品群の摂取量にどれほど差があるかを調査した結果です。
咀嚼機能良好なグループの基準を100としています。栄養素等摂取量は、全体のエネルギーをはじめ、調査した全ての栄養素において咀嚼機能不良なグループの摂取量が少なくなりました。10%以上の差があったのは、たんぱく質、脂質、鉄、ビタミンA、ビタミンCです。また、食品群別摂取量を見ると、咀嚼機能不良なグループは、いも類、野菜類、海藻類、豆類、魚介類、肉類、種実類(ナッツなど)といった噛みごたえのある食品を避ける傾向があることがわかります。「野菜をあまり食べなくなるからビタミン類の摂取量が減る」「肉や魚をあまり食べなくなるからたんぱく質の摂取量が減る」といった具合に、この二つのグラフは連動しています。なお、炭水化物の摂取量の差はわずかで穀類の摂取量には差が見られなかったことから、咀嚼機能不良なグループはご飯、パン、麺類など主食中心の食事になっていることがうかがえます。
また、同じ対象者において咀嚼機能と栄養状態の関係を調べたところ、低栄養傾向の人の割合は、咀嚼機能不良なグループが15.0%で、咀嚼機能良好なグループが7.2%と、約2倍の違いがあるという結果が出ました*3 。つまり、咀嚼機能の衰えは栄養摂取量を低下させ、さらには全身の栄養状態の低下につながっていくのです。一方で、「高齢になって食事の量が減ったり色々なものを食べなくなったりすると口腔機能が低下していく」という逆のベクトルも同時にあると考えられます。
さらに、私たちの研究ではオーラルフレイルと社会的孤立には有意な関連があることもわかっています*4 。「食べにくい」「喋りにくい」「口周りの見た目に自信がない」などの懸念があると、行動が消極的になってしまう側面があるのでしょう。社会的孤立は、身体的フレイルや要介護状態の原因にもなりますので、オーラルフレイルは早急に改善することが重要です。
高齢期の食事でまず気をつけたいのは、十分なエネルギーを摂取することです。「高齢者はそんなに食べなくていい」と思っている方も多いのですが、実際は低栄養やフレイルを防ぐためにしっかり食べる必要があります。1日のエネルギー摂取量の目安は、65〜74歳は男性2,400kcal/女性1,850kcal、75歳以上は男性2,100kcal/女性1,650kcalです*5 。
次に、たんぱく質をしっかり摂ることも大切です。たんぱく質は筋肉量の維持・増大に重要な栄養素ですが、高齢期になると摂取量が減りがちなので、意識して食事に取り入れましょう。なお、筋肉を効率よくつくるには、朝・昼・夜の3食それぞれにたんぱく質を含めることが重要だとわかっていますので*6 、毎回の食事で摂取できると良いでしょう(図2)。
高齢者からは「肉や魚をそんなに食べられないから難しい」という声をよく聞きますが、「ヨーグルトを足す」「納豆を足す」「魚が苦手ならちくわやかまぼこを食べる」など、手軽な方法で工夫していただくと、たんぱく質摂取の難易度は一気に下がるかと思います。
また、肉類、魚介類、卵、牛乳・乳製品、大豆・大豆製品、緑黄色野菜、海藻類、いも類、果物、油脂類といった多様な食品を食べることも重要です。食材をたくさん揃えて料理するのが大変な場合は、お惣菜、缶詰、冷凍食品やレトルト食品なども活用しながら、食事の多様性を高めても良いでしょう。
さらに、口腔機能を維持・向上するためには、肉や魚、繊維の多い野菜、たくあんや干しいかといった噛みごたえのある食品を意識して食べることが必要です。しっかり噛んで食べることで、咀嚼力が鍛えられたり唾液がたくさん出たりする効果があります。同じ食材でも、大きめに切る、煮込み時間を短くするなどの工夫で噛みごたえはアップします。天ぷらや唐揚げといった揚げ物の衣にナッツ類を混ぜ、食感よく美味しく仕上げるのもおすすめです。
最後の大切なポイントは、食事を楽しむことです。私は地域の高齢者の集まりで会食の効果を検証したことがありますが、定期的に会食の機会を設けることで、食欲がアップする結果が得られました。皆さんで集まって食べることは、自分の普段の食事内容を振り返る良い機会にもなりますので、地域で高齢者の会食の機会を増やす取り組みも、促進していくべきだと考えています。
高齢者に多く見られるオーラルフレイルは、軽微な衰えが見え始めた段階です。自覚して行動を変えることで、「健口=健康な口内環境」に戻していくことができます。食事の内容に気をつけながら口腔トレーニングを組み合わせることも有効ですので、ぜひ試していただきたいと思います。図3は高齢者におすすめの口腔トレーニングの一例で、最初は難しくても、継続するとどんどん上達して達成感を得られると好評です。神奈川県の歯科専門職向けオーラルフレイルハンドブック*7 を参考に、当研究所が作成したオーラルフレイルのパンフレット*8 では、図3の一例を含む5種類の効果的なトレーニング方法を紹介しています。
私が今後の取り組みとして必須だと考えているのは、歯科医と栄養士の連携です。歯科の検診や治療に栄養士が介入し、一人ひとりの口腔機能や義歯の状況を踏まえて食事面のアドバイスを行うようになると、高齢者の口腔機能と栄養状態が加速度的に向上していくでしょう。また、新たにICT*9 分野との連携にも挑戦してみたいと考えています。最近はスマートフォンを使う高齢者が多いので、自身の口腔機能や食生活をモニタリングできるアプリの開発などを進め、オーラルフレイルを自分ごと化して予防する意識を高めていきたいと思案しています。
栄養士が食事指導をする際に大切なのは、相手が置かれている状況を見つめることです。普段どのような食事をしているのか、どのような食事の悩みを抱えているのかを把握せずに知識や理論を押し付けても、なかなか効果はついてきません。私も高齢者の在宅訪問を続けていますが、現場から学ぶことは大きいと感じています。栄養士や保健師といった健康づくりの専門職の方には、現場目線を忘れずに、人々の日常に寄り添った存在として活躍していただければ幸いです。