これまで、月経困難症や更年期症状といった女性の身体の不調については、「触れにくい話題」というイメージがありました。
しかし近年は、女性が生き生きと活躍し続ける社会を実現するため、積極的に女性特有の健康課題に取り組もうという気運が高まっています。
産婦人科医として女性を支え続け、働く女性の健康実態を調査・分析する吉田穂波氏に、女性特有の健康課題に向き合うための助言をいただきました。
成人女性の多くは、月経困難症*1 やPMS(月経前症候群)*2 を抱えながら学生生活や社会人生活を送り、閉経前後になると更年期症状に向き合います。さらに、仕事を続けながらの妊娠・出産・育児の難しさに直面し、悩む例も少なくありません。女性の一生は、さまざまな健康課題と向き合い続けるものだといえるでしょう。
現代の女性がつらい症状に悩む背景には、ライフスタイルの変化があります。昔の女性は初産の年齢が若く、5人、6人と産むこともめずらしくありませんでした。今の女性は初産の平均年齢が30歳を超え、出産回数も少なくなっています。つまり、生涯の月経回数が大幅に増え、月経にまつわるトラブルが身近になっているのです。
また、女性特有の健康トラブルに大きな影響を及ぼしているのがストレスです。女性ホルモンは卵巣から分泌されますが、その指令を出しているのは脳の視床下部です。ストレスがあると脳がコントロールしている女性ホルモンの分泌システムが乱れ、PMSや月経不順、更年期症状がひどくなることもあります。ストレスが多い現代社会では、女性特有の心身の不調が起こりやすくなっているのです。
女性特有の健康課題といえばこれまでは、「女性が我慢して乗りきるもの」というイメージが浸透しており、積極的な治療をすることや男性が話題にすることをタブー視する風潮がありました。しかし近年は、女性の活躍が重視され、女性が不調を抱えて能力を発揮できないことは社会にとって大きな損失だという認識が広がりました。そして、女性特有の健康課題に社会全体で取り組むことがますます必要とされています。
私が所属する神奈川県立保健福祉大学では、三菱地所株式会社、株式会社ファムメディコと連携し、働く女性の健康課題を見える化して解決策を共創するプロジェクトを展開してきました。その一環として、東京都心部に勤務する女性を対象に調査を行い、「働く女性 健康スコア」として発表しました*3 。分析結果からは、女性が健康上の悩みを抱えながら仕事をしている実態が見えてきます。
図1は、月経困難症、PMS、更年期症状について、症状があるか、知識があるか、対処できているかをたずねた結果です。8割以上の女性が自身の不調を自覚しているにも関わらず、適切な対処ができていないことがわかります。
図2は、女性特有の症状が仕事に影響を及ぼしているかをたずねた結果で、女性全体の88%が「仕事に影響がある」と答えています。多くの女性が無理をして働く中で、仕事のパフォーマンスが低下しているのです。
私が産婦人科医として診療を続ける中で、「自分が頑張らなければ」「つらいけれど休めない」などと無理を重ねて、疲れやストレスを溜めている女性がとても多いと実感しています。上記の「働く女性 健康スコア」でも、「休暇制度があっても休みにくい」という声が寄せられています。とても残念に思うのは、症状が顕著になってから受診して、婦人科系の病気が見つかったり、妊娠を希望する段階となって初めて不妊症が判明したりする場合です。無理をしていないかな、と自分の我慢に気づくこと、気になる症状があれば婦人科に早めに相談することが女性を守る鍵となります。ストレスと女性特有の症状には深い関連がありますので、不調に気が付いた時は自分の身体をいたわり、頑張りをねぎらう、自分を癒す時間を取るなど、心のケアも忘れないようにしてください。
この「働く女性 健康スコア」では、「男性社員は女性特有の症状に理解がある」「上司・同僚は頼りになる」「職場の雰囲気は友好的」といった勤務環境要因があることで、月経困難症、PMS、更年期症状が緩和するという注目すべき分析結果が出ました。人と人のつながりが健康を守る「社会的処方」という考え方がありますが、それを裏付ける結果となりました。なお、男性社員へのアンケートでは、約9割が「女性の健康課題について声をかけることに抵抗がある」と回答する一方、9割以上が「勤務先も女性の健康課題に何らかの対処をすべき」と答えていました。つまり、男性側も女性の不調を気にかけつつ、具体的にどうしたらよいのかわからないのが実状だといえます。組織として、男性女性相互の理解を深め、体調が悪い時に声を上げやすく、助け合いやすい仕組みをつくる必要性があらためて浮き彫りになりました。
図3は、今回の調査結果を踏まえ、個人と企業が取り組むべき内容をまとめた図です。これらのポイントを企業と個人がそれぞれ実践することが、女性の健康やパフォーマンス改善につながり、誰もが働きやすい社会づくりへと発展していくのです。
参加企業の中には、福利厚生サービスに経膣超音波検査*4 を追加したり、不妊治療やPMS治療の費用補助を導入したりと、女性の健康のネクストアクションに踏み切るところが出てきました。また、PMS、妊活、更年期症状などのテーマに関する啓発動画を作成し、社員が知識を深められるようにしたケースもあります。男性管理職からは「小学校や中学校で性教育の授業を受けて以降、女性の身体についてあらためて学ぶ機会がなく、結婚したり娘が産まれたりして初めて女性の大変さを知った」という声も聞かれますので、大人になってから女性の健康課題について学ぶ機会をつくることが必要ですし、私自身も引き続き、働く現場での健康情報発信と啓発活動に尽力したいと思います。
女性の健康を守る土台となるのは、女性自身のヘルスリテラシーです。しかし実際は、妊娠や避妊の仕組み、女性ホルモンのメカニズムなどを学び理解する機会がなく、予防できることを予防していなかったり、その結果、つらい症状に悩んだりする例が多くあります。私は、産婦人科医として、公衆衛生にたずさわる者として、女性の身体に関する知識をわかりやすく伝える方法を研究し、情報発信に努めることをライフワークにしています。
若い頃にヨーロッパやアメリカに暮らし学んだとき、私が海外の女性から感銘を受けたのは、主体的に自分の人生をコントロールする姿勢でした。例えばドイツでは、妊娠を望まない期間は低容量ピルを服用して体調を整えながら勉学や仕事に励み、妊娠を希望する時期になったら服用をやめるといったバースコントロールが浸透していました。アメリカでは、医療費が非常に高額なこともあり、普段からしっかり健康管理をし、自分でライフステージごとのケアを決めるという考え方の女性がたくさんいて、刺激を受けました。性と生殖に関わる全てにおいて、自分の身体のことは自分で決めて自分らしく生きる意識や権利のことを「リプロダクティブ・ヘルス&ライツ」といいますが、日本でもこうした主体性が尊重され、自分らしい生き方を選ぶ女性が増えることを期待しています。
更年期は、思春期や老年期と同じく、誰にでも訪れる人生の一つのステージです。更年期には女性ホルモンが急激に減少しますので、多くの人が不調を感じます。ところが、更年期を迎えるのは40代〜50代で、責任のある仕事を任されたり、子育てや親の介護が忙しい時期に重なったりしますので、つらくても周囲に頼りづらく、多くの人が我慢して無理を重ねてしまいます。また、それまで自分の頑張りで仕事や子育てを乗り切り、人に弱みを見せたことがない女性ほど、更年期になって心身ともに弱くなった自分を受け入れられず、戸惑う傾向があります。
更年期は女性の身体が大きく変わる時期であり、誰にとっても初めての経験です。嫌だと感じたり、不安定になったり、落ち込んだりするのは当たり前のこと。自分のつらい症状に気付くことが第一歩です。これまで経験したことのない症状があれば無理をせず、婦人科を受診して相談するようにしてください。
更年期に、特に心がけていただきたいのは「セルフ・コンパッション」を実践することです。「セルフ・コンパッション」とは、つらくて弱っているありのままの自分を認め、自分を思いやりしっかりケアするという考え方。自分がどんなことで癒されるのか、リラックスできるのかを考え、心身が楽になるアクションを起こすようにするとよいでしょう。
また、前述のように周囲のサポートがあることで更年期症状は緩和されます。図4は、「働く女性 健康スコア」において更年期女性を対象に調査を行った結果ですが、上司からのサポートや男性社員からの理解があることで、「息切れ・動悸」「イライラする」「くよくよする」「疲れやすい」といった症状が軽減されることが示されています。また、男性からの理解があると、ワークエンゲージメント、仕事満足度、昇進意欲が上昇し、前向きな気持ちが更年期症状を緩和するという好循環が生まれます。
ご家族や友人、職場の方は、「年だから」と年齢のせいにしたり茶化したりせず、つらい時期だということを理解して、優しく寄りそってあげるとよいと思います。「以前と比べて元気がない」「コミュニケーションの頻度が減った」「疎遠になった」などと感じたら、周囲から積極的に話しかけて孤立させないように心がけてください。周囲の思いやりには、更年期のつらい症状を和らげる力があるのです。
日々の仕事や育児に追われ、疲れやストレスを感じている女性にお伝えしたいのは、「受援力」の大切さです。「受援力」とは、人を信頼し、尊敬し、頼って助けを受け止める力のこと。私自身、一人で完璧にできたことなど一つもなく、たくさんの素晴らしい方々に助けていただきながら、仕事や留学、6人の子育てを乗り越えてきたと感じています。日本人は大人になると、「人に迷惑をかけてはいけない」「人に頼るのは弱い人間だ」などと思い込みがちですが、実は大人になるほど複雑で一人では対処できない課題に立ち向かう必要がありますので、人に頼ることは不可欠です。頼ることで多くのことを成し遂げ社会に還元できますし、頼られる側も相手に喜んでもらえると嬉しくなり、自己肯定感が高まります。図5は私が制作した『受援力ノススメ』のリーフレットで、無料でダウンロードできますので、ぜひご一読ください。「行動力がある」「集中力がある」などと同様に、「受援力がある」というのが一般的なほめ言葉になって、人と人が頼りやすい世の中になることを願っています。
加えて、私が長年特に力を注いでいるのが災害時の母子支援です。2011年の東日本大震災の時、産婦人科医として避難所支援に赴いた私は、乳幼児を育てるお母さんや妊婦さんが、周りに迷惑をかけまいと肩身の狭い思いをしたり、つらい状況を我慢したりしている姿を目の当たりにしました。また、震災当日に被災3県(宮城県、岩手県、福島県)で70名の乳児が亡くなるという痛ましい事態が起きていました。産婦人科医として、平時だけではなく、非常時もお母さんやあかちゃんを支えなければと痛感して以来、災害時に母子を守るための調査研究を続けています。その一環として、被災した妊婦さんやお母さんの声を聞き取り、災害時に必要な備えや行動などをまとめたのが、図6の『あかちゃんとママを守る防災ノート』です。書き込み式で、防災を自分ごと化して考えられるような工夫を施していますので、妊産婦の方、乳幼児のいるご家庭の方にぜひ活用していただきたいと思います*5 。
医療、介護、子育てなど、人生の根幹を支える専門職の方は、人々の心身の健康づくりを支える大切なお仕事をされていて、誰もが生きやすい社会をつくるために欠かせない存在です。女性も男性も、そしてどの年代の人も、自分を大切にしながらお互いの気づきや工夫を持ち寄って助け合える世の中になるよう、ヘルスリテラシーを高め、予防できる健康トラブルは予防しながら、周囲とつながり合い、受援力を発揮して過ごしていきたいものです。