ウイルス不活性化化合物
ウイルス制御に使用されるアルコール類としては、エタノール、2-プロパノール、1-プロパノールが知られていますが、中でもエタノールについてはウイルス不活性化効果が広く報告され、実用化されてきました。WHOが推奨するエタノール濃度は70v/v%以上であり、手指消毒剤としてはエタノール濃度80v/v%の処方を推奨しています(WHO, 2020)。それより低濃度での不活性化効果も報告されており、コロナウイルスに対しては35v/v%、1分間接触で5log10を越える減少、インフルエンザウイルスに対しては27.9v/v%、30秒間の接触で4log10を超える減少が確認されています(Kariwa et al., 2004; Hirose et al., 2019)。さらに最新の知見としてはSARS-CoV-2に対して30v/v%、30秒間の接触で5.9log10以上の減少が報告されました(Kratzel, 2020)。他方、北里大学による最新の検証では、終濃度81v/v%、63v/v%、45v/v%、27v/v%、9v/v%の各エタノール濃度でSARS-CoV-2の不活性化能が試験され、45v/v%以上では1分間の接触で十分な不活性化があり、それ未満では顕著な不活性化効果は再現されなかったとの報告が公表されました。なお、北里大学では各濃度のエタノール溶液とウイルス懸濁液を9:1で混合しており、終濃度は表中の値となります(北里大, 2020; 戸高ら, 2020)。これらの既存知見を統合すると、45v/v%以上* の中高濃度域ではコロナウイルス不活性化能は確かであると言えるでしょう。45v/v%未満~27v/v%付近 * の低濃度域では、エタノールの有効性は実験条件など諸因子に影響を受けるものと考えられます。
他のアルコール類としては2-プロパノール(イソプロパノール)の報告が数多くなされています。WHOが推奨する手指消毒剤(2-プロパノールベース)の2-プロパノール濃度は75v/v%ですが、これよりも低い濃度での効果も確認され、具体的には50v/v%、10分間の接触でヒトコロナウイルスの代替ウイルスであるマウス肝炎ウイルス(MHV)、犬コロナウイルス(CCV)は3.7log10を越える減少が報告されています(Saknimit et al., 1988)。一方、国際社会においては宗教上の理由(ハラル)によりエタノール製品が避けられる場合もあり、イスラム教徒が多く暮らす地域では2-プロパノールの消毒剤が広く流通されています。来日する渡航者のためにも、エタノール以外のアルコール製品の入手性の向上は、ダイバーシティ&インクルージョンの観点からも尊重されるべき社会課題です。
アルコール類のエンベロープウイルスの不活性化メカニズムは、エンベロープの破壊および膜タンパク質の変性が関与すると考えられています(McDonnell et al., 1999; Pfaender et al., 2015)。エタノールと2-プロパノールの不活性化効果を比較すると2-プロパノールの方が高い傾向にあります(Siddharta et al., 2017)。細菌に対する研究においては、アルコール類のタンパク質変性作用は、水と共存している方がより強くなることが報告されており、このため一般的にアルコールと水を一定の割合で混ぜたものが使用されます(CDC,2008)。夾雑物存在下では殺菌効果が低下することが知られており、目に見える汚れが存在する場合は使用前に洗浄が必要となります(CDC, 2008)。表中35v/v%エタノールでの有効性は、70v/v%エタノールを1:1の液-液混合条件で評価した結果であり、濡れた場所に対しても70v/v%エタノール製品は有効であるとの実使用条件を担保する結果と言えます(Kariwa, 2004)。
ウイルス不活性化化合物ーアルコール類
化合物 | 濃度(v/v) | ウイルス種 | 株 | 接触 時間 |
ウイルス減少量 (log10) |
引用 |
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アルコール類 | ||||||
エタノール | 76% 95%を希釈4:1 |
SARS-CoV | Isolate FFM-1 | 30s | ≧5.5 | Rabenau, 2005b |
68% 85%を希釈4:1 |
SARS-CoV | Isolate FFM-1 | 30s | ≧5.5 | Rabenau, 2005b | |
64% 80%を希釈4:1 |
SARS-CoV | Isolate FFM-1 | 30s | ≧ 4.3 | Rabenau, 2005b | |
64% 80%を希釈4:1 |
MERS-CoV | Strain EMC | 30s | > 4.0 | Siddharta, 2017 | |
70% | MHV | Strains MHV-2 & MHV-N | 10 m | > 3.9 | Saknimit, 1988 | |
70% | CCV | Strain I-71 | 10 m | > 3.3 | Saknimit, 1988 | |
63% 70%を希釈9:1 |
SARS-CoV-2 | 5 m | > 4.8 | Chin, 2020〇 | ||
35% 70%を希釈1:1 |
SARS-CoV | Hanoi | 1 m | > 5 | Kariwa. 2004〇 | |
30% | SARS-CoV-2 | München-1.1/2020/929 | 30 s | ≧5.9 | Kratzel, 2020〇 | |
81% 90%を希釈9:1 |
SARS-CoV-2 | JPN/TY/WK-521 | 1 m | ≧4 | 北里大, 2020〇 | |
63% 70%を希釈9:1 |
SARS-CoV-2 | JPN/TY/WK-521 | 1 m | ≧4 | 北里大, 2020〇 | |
45% 50%を希釈9:1 |
SARS-CoV-2 | JPN/TY/WK-521 | 1 m | ≧4 | 北里大, 2020〇 | |
△27% 30%を希釈9:1 |
SARS-CoV-2 | JPN/TY/WK-521 | 1 m | < 4 | 北里大, 2020〇 | |
△9% 10%を希釈9:1 |
SARS-CoV-2 | JPN/TY/WK-521 | 1 m | < 4 | 北里大, 2020〇 | |
54% 70%を希釈9:1 |
Influenza Virus | A/NWS/33 (ATCC VR-219) | 1 m | ≧ 4.84 | Jeong, 2010〇 | |
27.9% 31%を希釈9:1 |
Influenza Virus | A/Puerto Rico/8/1934 (H1N1) | 30 s | > 4 | Hirose, 2019〇 | |
2-プロパノール | 80% 100%を希釈4:1 |
SARS-CoV | Isolate FFM-1 | 30s | ≧ 3.3 | Rabenau, 2005a |
60% 75%を希釈4:1 |
SARS-CoV | Isolate FFM-1 | 30s | ≧ 4.0 | Siddharta, 2017 | |
60% 75%を希釈4:1 |
MERS-CoV | Strain EMC | 30s | ≧ 4.0 | Siddharta, 2017 | |
56% 70%を希釈4:1 |
SARS-CoV | Isolate FFM-1 | 30s | ≧ 3.3 | Rabenau, 2005a | |
50% | MHV | Strains MHV-2 & MHV-N | 10 m | > 3.7 | Saknimit, 1988 | |
50% | CCV | Strain I-71 | 10 m | > 3.7 | Saknimit, 1988 | |
18% 22.5%%を希釈4:1 |
SARS-CoV | Isolate FFM-1 | 30 s | > 4.0 | Siddharta, 2017〇 | |
2-プロパノール & 1-プロパノール |
36% & 24% 45%&30%を希釈4:1 |
SARS-CoV | Isolate FFM-1 | 30s | ≧ 4.3 | Rabenau, 2005b |
36% & 24% 45%&30%を希釈4:1 |
SARS-CoV | Isolate FFM-1 | 30s | ≧ 2.8 | Rabenau, 2005a | |
1-プロパノール | 70% | Influenza Virus | A/NWS/33 (ATCC VR-219) | 1 m | ≧ 5.06 | Jeong, 2010〇 |
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