ウイルス関連法規制の国際状況

米国での法規制(FIFRA)

米国の場合、米国食品医薬品局FDAが所轄する医療目的の抗ウイルス医薬品(病院消毒剤含む)だけでなく、米国環境保護庁EPAが所轄する環境除染目的の一般的な日用品の抗ウイルス製品が存在しています。米国の医薬品領域(医薬品や70%エタノールハンドサニタイザーなどの消毒剤)の製品は、米国医薬品規制のもとFDAが抗ウイルス製品を審査・認可しています。他方、表面清掃に関わる日用品のウイルス有効性審査は、EPAが連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法FIFRA規制により管理しています。現在、EPAの所轄で「殺菌効果」の承認に併用する形で「抗ウイルス効果」も承認しています。2020年4月現在、約370製品(FIFRA承認を得た日用品・業務品)に対してSARS-CoV-2に有効な抗ウイルス製品を承認しており(US-EPA, 2020)、米国消費者はそれらの製品を市場で入手し環境表面除染に用いることが出来ます。

リスクガバナンスの観点から、米国FIFRA規制抗ウイルス訴求審査は、新興リスクに対する傑出したフレームワークを有しています。それは、将来の未知の感染症を引き起こすウイルスパンデミックに備えた審査をしている点です。「Emerging Viral Pathogen Claim」という事前承認型の枠組みで、一定の審査条件を満たすと、将来未知のウイルスが発生した場合に、そのウイルス自体に有効であるかどうかがその時点で不明瞭であっても、他の類似ウイルス、上位ウイルスでの有効性評価データを基にして「発生した未知のウイルスに効果が期待できる製品」との訴求をあらかじめ認める制度で審査運用されています。審査判定の考え方はウイルス学に基づいており、まず未知のウイルスをTableの左側のカテゴリに分類し、右側のクライテリアが達成された場合、未知のウイルスに対する訴求を可能にしています。判断の背景にある思想としては、 fig. に示す各病原体の一般的なストレス耐性序列があります。SARS-CoV-2の場合は、エンベロープウイルスに分類されるため、少なくとも1つの非エンベロープウイルスに効果を有しています、という試験結果が存在すれば、SARS-CoV-2を不活性化する効果があります、との仮定で承認申請が可能となります。新型感染症のパンデミックがいざ発生した時に、対抗製品がすぐ使える社会体制を備えるとの目的から、FIFRA独自の「Emerging Viral Pathogen Claim」は運用設計されています。その成果として、2020年3月WHOによりパンデミックが宣言されるとほぼ同時に、米国EPAは「SARS-CoV-2の除染に有効なFIFRA認可製品リスト(List N)」をweb上に公開しました(EPA, 2020)。リストアップされた製品は、塩化ベンザルコニウムなどの四級アンモニウム塩を有効成分とする製品202、次亜塩素酸ナトリウム製品56、過酸化水素製品49、エタノール製品22、過酢酸16、イソプロパノール13 etc.で、4月14日時点で計370製品が収載されました。

このEPAのFIFRA規制によるリスク管理体制は、将来の未知のウイルスによる新興感染症に対する事前警戒原則(precautionary principle)に基づくものであり、また接触感染防止の予防対策(preventive measures)の社会実装でもあります。意図的に医薬品規制とは別枠で環境除染(感染経路のリスク管理)を扱っている点が重要であり、エマージングリスクに対処する制度設計として、我が国でも参考となる先駆事例と考えています。

Table. 未知の新興ウイルスに対する効果承認基準

(FIFRA, 2020)

新規ウイルスの分類 訴求可能な条件
小型 非エンベロープウイルス
(< 50 nm)
少なくとも2つの異なる科の小型非エンベロープウイルスに不活性化効果がある
大型 非エンベロープウイルス
(50~100 nm)
少なくとも1つの小型の非エンベロープウイルスに不活性化効果がある
エンベロープウイルス 少なくとも1つの非エンベロープウイルスに不活性化効果がある
  • SARS-CoV-2に対して、ヒトコロナウイルスの不活性化効果で暫定的に訴求可能

fig. 各種病原体の消毒耐性序列の考え方

(CDC, 2008; United States Environmental Protection Agency, 2016)

病原体とウイルスの、それぞれの消毒剤耐性の序列を示す図。病原体の消毒剤耐性は、高い方から低い方へ順に、ブリオン、細菌芽胞、コクシジウム、抗酸菌、非エンベロープウイルス、真菌、増殖期細胞、エンベロープウイルス。ウイルスの消毒剤耐性は、高い方から低い方へ順に、50ナノメートル未満の小型非エンベロープウイルス(ネコカリシウイルスなど)、50~100ナノメートルの大型非エンベロープウイルス(アデノウイルスなど)、エンベロープウイルス(コロナウイルスなど)。 

病原体とウイルスの、それぞれの消毒剤耐性の序列を示す図。病原体の消毒剤耐性は、高い方から低い方へ順に、ブリオン、細菌芽胞、コクシジウム、抗酸菌、非エンベロープウイルス、真菌、増殖期細胞、エンベロープウイルス。ウイルスの消毒剤耐性は、高い方から低い方へ順に、50ナノメートル未満の小型非エンベロープウイルス(ネコカリシウイルスなど)、50~100ナノメートルの大型非エンベロープウイルス(アデノウイルスなど)、エンベロープウイルス(コロナウイルスなど)。 

病原体とウイルスの、それぞれの消毒剤耐性の序列を示す図。病原体の消毒剤耐性は、高い方から低い方へ順に、ブリオン、細菌芽胞、コクシジウム、抗酸菌、非エンベロープウイルス、真菌、増殖期細胞、エンベロープウイルス。ウイルスの消毒剤耐性は、高い方から低い方へ順に、50ナノメートル未満の小型非エンベロープウイルス(ネコカリシウイルスなど)、50~100ナノメートルの大型非エンベロープウイルス(アデノウイルスなど)、エンベロープウイルス(コロナウイルスなど)。 

Reference

  • 横畑綾治,石田悠記,西尾正也,山本哲司,森卓也,鈴木不律,蓮見基充,岡野哲也,森本拓也,藤井健吉(2020)接触感染経路のリスク制御に向けた新型ウイルス除染機序の科学的基盤~コロナウイルス,インフルエンザウイルスを不活性化する化学物質群のシステマティックレビュー~ ,リスク学研究 30(1): 1–24
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