発表資料: 2020年03月18日

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木綿表面の特殊な水・結合水の直接観察に成功

~水でぬらした木綿製品が自然乾燥後に硬くなるメカニズムの研究~

花王株式会社(社長・澤田道隆)マテリアルサイエンス研究所と、北海道大学低温科学研究所 村田憲一郎助教らの研究グループは、木綿表面の特殊な水(結合水)を原子間力顕微鏡(AFM)*1 およびAFM-IR*2 を用いて直接観察することに、世界で初めて成功しました(図1)。木綿表面の結合水が単繊維*3 同士を接着剤のように繋ぎとめることが、ぬれた木綿が自然乾燥後に硬くなる現象の原因になっているという、花王が2011年に提案したモデル*4 (図2)を実証するものです。
この研究成果は、衣料用柔軟剤がどのようにその効果を発現するかに関して、従来までの定説である摩擦低減とは異なる新たな視点を与えます。さらに、近年盛んに議論されている物質表面の水の構造・機能を理解するための手掛かりとなることも期待されます。
今回の研究成果はThe Journal of Physical Chemistry Cに掲載されています*5

  • * 1 AFM(Atomic Force Microscope、原子間力顕微鏡):原子レベルで尖った探針をサンプルに近づけて、探針先端の原子とサンプルの原子との間にはたらく力を測定する顕微鏡。物質表面を原子レベルの精度で観察することが可能。
  • * 2 AFM-IR(Atomic Force Microscope based Infrared Spectroscopy):サンプル表面の高精度な直接観察と同時に化学組成/状態情報の取得が可能な最先端の表面分析手法。サンプル表面に赤外線を照射し、熱で起きる表面の微細な膨張を検出。赤外線の周波数を変えて測定し、スペクトルを得る。
  • * 3 単繊維:糸を構成する一本一本の細い繊維。
  • * 4 本ニュースリリースの参考資料(2011年11月1日花王ニュースリリース:衣料用柔軟剤の効果発現メカニズムを解明)を参照。
    https://www.kao.com/content/dam/sites/kao/www-kao-com/jp/ja/corporate/news/2011/pdf/20111101-001-01.pdf
  • * 5 Direct Observation of Bound Water on Cotton Surfaces by AFM and AFM-IR, The Journal of Physical Chemistry C,
    https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpcc.0c00423

図1. AFM-IRによる木綿表面の結合水を示すスペクトル

図2. 水にぬらして自然乾燥したあとの硬くなった木綿の模式図

背景

「木綿のタオルを衣料用柔軟剤なしで洗たくし、自然乾燥すると糊付けしたように硬くなる」という現象を、私たちは日常生活でしばしば目にします。しかし、身近な現象であるにもかかわらず、そのメカニズムはよくわかっていませんでした。
花王は、衣料用柔軟剤の研究開発の一環として、長年にわたってそのメカニズムを探求するなかで、木綿表面の特殊な水、すなわち結合水に着目するに至りました。結合水とは、物質に結合した水のことで、通常の水とは運動性が異なり、凍りにくいなどの特殊な性質を持つことが知られています。
花王の先行研究およびその他の測定方法*6 などにより、ぬらしたあとに自然乾燥した木綿には一定量の結合水が吸着していること*7 *8 と、木綿の結合水特有の性質がわかってきました。花王はこれらの知見に基づき、「木綿をぬらしたあとで自然乾燥させると、木綿の単繊維表面に吸着した結合水が“毛管接着”*9 によって単繊維同士を繋ぎとめる(架橋する)ことで、硬さが発現する」というモデルを提案しています*4
しかし、結合水が木綿表面にどのように存在するのか、なぜ毛管接着が起こるのか、結合水がどのように架橋の役割を果たすのか、結合水は通常の水と異なる性質を示すのか、などの点については明らかになっていませんでした。
そこで今回、花王は、物質表面・界面に存在する特殊な状態の水に関する最先端分野の研究を進めている北海道大学低温科学研究所 村田憲一郎助教の協力・指導のもと、より直接的、かつより微視的(分子レベル)な視点からこのモデルを実証することを目的として、本研究を行ないました。

  • * 6 誘電緩和法、熱量測定、中性子散乱法など。
  • * 7 木綿に約8%存在する(室温25℃、湿度60%環境条件下)。
  • * 8 木綿は、分子構造に水酸基をもつセルロースと呼ばれる親水性の高い物質でできており、自然乾燥後に残った水分は木綿に強く吸着していると考えられる。
  • * 9 ごく狭い固体表面間に液体が介在することで接着を引き起こす現象。

研究成果

本研究では、木綿表面の結合水を直接とらえるために、原子間力顕微鏡(AFM)と、サンプル表面の高精度な表面観察と同時に化学的組成/状態情報(赤外吸収スペクトル)の取得が可能な最先端の表面分析手法であるAFM-IRを活用しました。
1. 原子間力顕微鏡(AFM)による観察
木綿表面に探針を近づけたり離したりして測定した結果、探針が離れる時に、針が木綿側に大きく引っ張られる力が観測されました。木綿表面に「粘度のある物質」が存在していることを示すこの現象は、木綿の主成分であるセルロースだけでは説明できず、木綿表面に結合水が存在することを示しています。また、粘度のある結合水が単繊維同士の毛管接着に関与することも示されました。
2. AFM-IRによる観察
木綿表面をAFM-IRで計測したところ、水の分子振動に対応する2つのピークを持つスペクトルが得られました(図1)。また、木綿の水分を完全に除去すると、このピークは見られませんでした。したがって、この2つのピークは木綿表面に存在する結合水を示していると考えられます。また、2つのピークは普通の水のスペクトルとは大きく異なっていて、木綿表面の結合水が2つの異なる状態で存在していることを示しており、それぞれ空気との界面・木綿との界面の結合水に対応していると考えられます。

1、2の結果より、結合水が木綿表面に確かに存在し、毛管接着を介して木綿の硬さなどの力学特性に寄与すること、また結合水自体も普通の水とは異なる特殊な状態(水分子同士が特異な結合状態にある)を発現していることが実験的に明らかになりました。

今後への期待

今回の研究では、結合水の毛管接着作用に着目して、ぬらしたあとに自然乾燥した木綿の硬化現象の起源に迫り、結合水の状態(水素結合状態)が界面の影響により通常の水とは異なることが明らかになりました。このような単繊維間の接着や結合水の粘性は、硬化現象だけでなく、肌触りなどに関連する木綿の力学特性にも深く関わっていることが予想されます。したがって応用的な観点からは、本研究成果は、木綿の硬化現象のメカニズムの一端を解き明かすことで、「衣料用柔軟剤がどのようにしてその機能を発現するのか」に関する新たな視点を提示するものといえます。
また、近年、多様な表面解析技術の発展により、「物質表面の水」の特異的な構造や機能について盛んに議論がされています。本研究成果はそれらを理解するうえでも、有効な手掛かりになることが期待されます。

※社外への発表資料を原文のまま掲載しています。

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