シリコーンオイルが脚についた際のニオイを覚えて回避行動を取るなど明らかに
花王株式会社(社長・長谷部佳宏)ヒューマンヘルスケア研究所は、国立研究開発法人理化学研究所脳神経科学研究センター知覚神経回路機構研究チームと共同で、正確に制御したさまざまな感覚刺激に対する蚊の行動を詳細に把握できる仮想空間を構築しました。
花王はこれまでの研究で、低粘度シリコーンオイルがついている表面には、蚊がとどまらないことを報告しています*1 。今回開発した装置を使った実験の結果、脚へのシリコーンオイル付着は、蚊の追跡能力低下を引き起こしました。さらに、蚊は、体験とニオイを関連づけて記憶する連合学習を行うことを確認し、嫌な体験をした際に記憶したニオイに対して回避行動を取る可能性を見いだしました。
今回の成果は、2024年3月にNature Researchの電子ジャーナルScientific Reportsに掲載されました*2 。
デング熱やマラリアなどの蚊が媒介する感染症によって年間約100万人が命を落としており、蚊に刺されることから身を守ることが必要とされています。花王は、化粧品などに使用される低粘度シリコーンオイルを肌に塗ると、蚊が肌にとどまらずにすぐに飛び立つ*3 逃避行動をとることを見いだし、その性質を応用した独自の蚊よけを開発しています。開発の過程で、蚊がシリコーンオイルを塗った肌から飛び立った後、脚についたシリコーンオイルを拭うような動作をしていることに気がつきました。そこで、シリコーンオイルに対する蚊の反応をより正確に理解できる仮想空間を構築し、実験を行いました。
共同研究チームは、蚊が自分の意志で自由に飛んでいると感じるような“蚊に特化した”仮想空間を構築しました(図1)。この装置では、飛んでいる蚊の羽音をマイクで集めて計測することで、蚊の飛びたい方向を分析し、それに合わせて周囲の映像やニオイなどの感覚刺激を変化させます。0.005秒ごとに感覚刺激を変化させられるため、蚊の微細な行動変化を捉え、さまざまな感覚刺激がどのように受容されているかを推測できます。
通常では、仮想空間内のLEDパネルに蚊の行動に応じて動く黒い物体(棒)を表示させると、蚊は棒を追いかけ、常に棒が目の前にくるように飛びます。しかし、脚にシリコーンオイルを付着させた蚊は、棒をうまく追跡することができなくなりました(図2)。このことから、シリコーンオイルの脚への付着は、蚊の追跡能力の低下を引き起こすことがわかりました。
蚊は、叩かれそうになったときの物理刺激と、その際に嗅いだニオイを連合させて記憶し、そのニオイを回避することが報告されています。そこで、シリコーンオイルが脚についた時のニオイも記憶し、行動が変わるのではないかと推測しました。
今回研究グループは、シリコーンオイルとグリセロール*4 を蚊の脚に付着させて、仮想空間でその行動を比較しました。その際、両方とも無臭であるため蚊が嫌うニオイとして知られているシトロネラオイルを混ぜました。付着後、チューブからシトロネラのニオイを提示して飛行行動を観察した結果、シリコーンオイルが脚についた場合は、シトロネラのニオイが出ている方向を避けて飛ぶ時間が増え、シトロネラをより強く回避する行動が見られました。一方で、グリセロールの場合は飛行行動に変化は見られませんでした。蚊は、シリコーンオイルが脚に付着するという体験と、その際に嗅いだシトロネラを関連づけて記憶している(連合学習)と考えられます。この結果から、蚊が嫌な体験をした際に記憶したニオイに対して回避行動を取る可能性を見いだしました。
蚊に最適化した仮想空間の構築により、さまざまな感覚刺激に対する蚊の詳細な行動を把握できるようになりました。実験の結果、脚へのシリコーンオイル付着は、蚊の追跡能力低下を引き起こしました。さらに、蚊は、体験とニオイを関連づけて記憶する連合学習を行うことを確認し、嫌な体験をした際に記憶したニオイに対して回避行動を取る可能性を見いだしました。