花王株式会社(社長・長谷部佳宏)生物科学研究所は、オートファジーの活性が低下することにより、表皮の恒常性が損なわれ、皮膚の潤いやバリア機能を担う角層の形成(角化)が乱れることを明らかにしました。さらには、オートファジーの活性を高めることで、表皮角化の恒常性が維持される可能性が示されました。その結果に基づき、オートファジーの活性を高めることで、表皮角化を促進させる有望な植物エキスを見いだしました。
今回の研究成果の一部は、International Journal of Molecular Sciences*1 、および日本薬学会 第143年会(2023年3月25~28日・北海道)にて発表しています。
オートファジーの活性化による健全な角層を形成する技術(イメージ)
オートファジー(自食作用)とは、体の細胞に含まれる不要なタンパク質をアミノ酸に分解し、それを基に新たなタンパク質を作り出す仕組みで、ヒトの全ての細胞内で行われています。この細胞内でのリサイクルの役割により、細胞は常に新しい状態を保つことができ、個体としての健康が維持されています。
花王は、皮膚におけるオートファジーの機能にいち早く注目し、2010年の研究開始から、皮膚科学分野でのオートファジー研究の深耕とその応用に貢献してきました。2019年には、大阪大学の吉森保栄誉教授の研究指導のもと、ヒトの皮膚組織を用いてオートファジーの活性の定量に成功し、加齢や紫外線による光老化に伴い、その活性が低下することを報告しています*2 。ヒトに本来備わっているオートファジーの仕組みを皮膚において上手に活用することができれば、皮膚の細胞が健やかな状態になり、より美しい肌につながると考えられます。
今回、花王は、常に古い細胞が新しい細胞と入れ替わる表皮においてもオートファジーが深く関わっていると考え、研究を進めました。表皮では、角化細胞が成熟して角層を形成する角化という過程が行われており、この過程で潤いに重要な成分が作られ、外部刺激から皮膚を守るためのバリア機能を獲得します。そのため、角化が正常に行われることは肌を健やかで美しい状態にするのに非常に重要です。
表皮の角化とオートファジーとの関連を詳しく調べるため、肘部に乾燥やざらつきなどの肌トラブルがある30~50歳代健常人を対象とし、肘部とその周辺の腕部の皮膚を比較しました*3 。その結果、肘部において角質肥厚(角層が厚くなった状態)が認められました。また、表皮での正常な角化に重要な役割を有するタンパク質であるロリクリンとフィラグリン*4 、LC3*5 タンパク質を蛍光色素で染色し可視化した結果、それらの分布が著しく乱れていることがわかりました(図1)。また、肘部皮膚のLC3の代謝量は腕部の皮膚と比べて少なく、オートファジーの活性が顕著に低下していました。
これらのことから、角化の乱れの原因として、オートファジーの低下がその一因となっている可能性が示されました。
図1 肘部と腕部における皮膚組織、角化及びオートファジーの比較
角化の乱れにオートファジーが及ぼす影響をより詳細に検討するため、器官培養した肘部皮膚にオートファジーを活性化させる試薬を添加し、表皮の角化の状態、角化に関連するタンパク質を可視化しました。その結果、角層の肥厚が抑えられ、角化に関連する不均一だったタンパク質の分布も整いました(図2)。
このことから、オートファジーの活性を高めることで、乱れていた角化を整え、健全な角層を形成できることが示唆されました。
図2 器官培養した角層肥厚を伴う肘部皮膚組織での
オートファジー活性化による角化の変化
花王は、皮膚に使用できる200以上の素材を角化細胞に添加し、健全な角層の形成にとって有用なオートファジーの活性化素材を探索しました。
その結果、ユーカリエキスとビルベリーエキスを同時に添加した場合に、オートファジーの活性が上昇すること、また、ロリクリンタンパク質が増加することを確認しました(図3)。これらより、ユーカリエキスとビルベリーエキスを同時に添加することで、角化が整えられることが示唆されました。
図3 ユーカリエキスとビルベリーエキスによるオートファジー活性化と
角化関連タンパク質の増加
今回、ヒトの皮膚において潤いやバリア機能に重要な角層の形成を健全化するために、生命を守る仕組みとして、酵母からヒトにいたるあらゆる生物に本来備わっているオートファジーを活性化することが重要であることを明らかにしました。また、ユーカリエキスとビルベリーエキスを同時に使用することにより、オートファジーの活性が高まり、健全な角化が引き起こされる可能性を見いだしました。今後も、私たちの体で重要な働きを担うオートファジーについて研究を重ね、健やかで美しい肌を実現したい人々の思いに応えられるようさらなる技術の向上を目指します。