花王株式会社(社長・長谷部佳宏)パーソナルヘルスケア研究所は、低粘度シリコーンオイルとシトロネラオイルやDEETなどの忌避成分*1 を組み合わせることで、蚊よけ効果が大幅に向上することを見いだしました。これは、低粘度シリコーンオイルを介し、忌避成分が蚊に直接移行するためであると考えます。この技術により、極めて低濃度の忌避成分でも蚊に刺されることを防ぐことが可能になります。
今回の研究成果は、化学感覚*2 の国際学会である44th annual meeting of the Association for Chemoreception Sciences,(AChemS・2022年4月29日・アメリカ フロリダ)にて発表しました。
マラリアやデング熱のような蚊を介する感染症は、世界中で脅威をもたらす課題であり、感染予防のためにさまざまな対策がなされています。虫よけ剤は、家庭で取り入れることのできる蚊対策の中で最も一般的ですが、忌避成分によりべたつきや強いニオイを伴うことがあります。そのため、効果が高く、簡便で使い心地がよい虫よけ剤があれば、使用する人・時間が増え、蚊媒介感染症のリスク低減につながることが期待されます。
これまでに花王は、低粘度シリコーンオイルを塗布することで蚊の嫌う肌表面を作り、蚊に刺されることを防ぐ技術を報告しています*3 。化粧品に一般的に使用される低粘度シリコーンオイルを塗布した皮膚では、蚊の降着時間が短くなります。これは低粘度シリコーンオイルが蚊の脚にすばやく濡れ広がることで蚊の脚に引力が生じ、逃避行動を誘発するためと考えられます(図1)。
花王は、このようなユニークな作用メカニズムを応用することで、べたつきやニオイといった課題を解決する新たな虫よけ剤を開発できるのではと考えました。そこで、この虫よけのメカニズムや有用性をより深く知る目的から、低粘度シリコーンオイルと一般的によく使われる忌避成分であるシトロネラオイルやDEETと組み合わせた場合の忌避効果について検討しました。
忌避素材の効果を検証するため、蚊の飼育用ケージを用いて蚊の行動を観察しました(AIC試験)。25匹の蚊が入ったケージに、従来の忌避成分濃度の10分の1~100分の1のシトロネラオイルを配合した製剤(表面の付着量4 μg/cm2)を塗布した前腕を入れ、蚊の前腕への降着行動を観察しました。その結果、低濃度のシトロネラオイル単独では弱い忌避効果しか示さなかった一方で、低粘度シリコーンオイル(表面の付着量0.2 mg/cm2)と低濃度のシトロネラオイルを組み合わせた製剤では、蚊の忌避性が大幅に向上し、蚊の降着数が顕著に減少しました(図2左)。またこの効果は、単独では効果を示さない極めて低濃度のDEET(表面の付着量0.2 μg/cm2)と組み合わせた場合においても確認できました(図2右)。
この現象のメカニズムを探るため、低粘度シリコーンオイルとシトロネラオイルを組み合わせて塗布した表面に蚊の脚を触れさせる実験を行ないました。その結果、蚊の脚に付着したシトロネラオイルの量は、シトロネラオイル単体の場合と比較して多いことが確認されました。蚊が表面に降着するときに、低粘度シリコーンオイルはすばやく蚊の脚に濡れ広がります。その際に、シトロネラオイルも低粘度シリコーンオイルと一緒に蚊の脚に移行すると考えます。この現象は低粘度シリコーンオイルに特有で、例えばグリセリンのような物質では認められませんでした(図3)。
蚊は脚にある感覚受容体で化学物質を受容することが知られています。蚊の脚にシトロネラオイルが移行すると、脚の感覚受容体がシトロネラオイルを検出し、蚊が表面をより嫌なものとして感じる可能性があります。すなわち、ヒトの肌に低粘度シリコーンオイルと組み合わせたシトロネラオイルやDEETを塗布することで、蚊に刺される数を低減できると考えられます。
低濃度のシトロネラオイルやDEETでも、低粘度シリコーンオイルと組み合わせることで蚊が忌避できるという知見は、すぐれた虫よけ剤の開発に応用できると期待されます。低粘度シリコーンオイルは化粧品に広く使用される素材であるため既存の虫よけ剤に比べて塗り心地がよく、極めて微量の忌避成分でも効果が発現することから、強いニオイや使用時の負担を抑え、使いやすい虫よけ剤を作れる可能性があります。
花王は今後も、生活者がより簡便に安心して蚊対策を行えるようになるための技術開発を進め、蚊に刺される数の低減、蚊媒介感染症の予防に寄与することをめざします。
※社外への発表資料を原文のまま掲載しています。