発表資料: 2020年12月09日

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蚊の嫌う肌表面をつくり、蚊に刺されることを防ぐ技術を開発
~蚊を媒介とする感染症から守る~

花王株式会社(社長・澤田道隆)パーソナルヘルスケア研究所・マテリアルサイエンス研究所は、肌上に低粘度のシリコーンオイルを塗布することで、蚊が肌にとどまらず、吸血を阻害できることを明らかにしました。これは、従来の忌避剤(虫よけ)とは異なり、蚊の脚がもつ微細な構造に着目し、肌表面を蚊の嫌う物性に変化させることによって蚊をとまらせなくする新しい着眼点の蚊よけ技術です。
蚊は、感染症を媒介することによって、地球上で最も人類を殺している生物です。花王は、中期経営戦略で「未来の命を守る会社になる」という方向性を示しています。この技術を応用し、蚊を媒介とした感染症から人々を守ることに貢献していきたいと考えます。
今回の研究成果は、Nature Researchの電子ジャーナルScientific Reportsに掲載されました*1

  • * 1 Iikura, H., Takizawa, H., Ozawa, S., Nakagawa, T., Matsui, Y., Nambu, H. Mosquito repellence induced by tarsal contact with hydrophobic liquids. Sci. Rep. 10, 14480 (2020).
    https://doi.org/10.1038/s41598-020-71406-y

背景

近年、地球温暖化や交通網の発達に伴う蚊の生息域拡大により、蚊を媒介とする感染症が劇的に増加しています。2013年にNatureに掲載された論文*2 によると、病原体を保有するヤブ蚊に刺されることで感染するデング熱には、世界中で毎年3億9千万人が感染していると推定されており、さらにWHOも世界の人口の4割が感染リスクのある地区で生活しているとしています。
しかしながら、現在は、安全で有効なワクチンや治療法が確立しておらず、対症療法が中心なため、感染を防ぐには、蚊に刺されないことがとても重要です。その手段として、感染地域では定期的に忌避剤(虫よけ剤)を塗布し、衣類で肌の露出を抑えることが推奨されています。しかし花王が調査した結果、蚊が媒介する感染症が通年で発生しているインドネシア、タイ、ベトナムでは、8割の方がほぼ毎日蚊に刺されている実態が明らかとなりました*3

  • * 2 Bhatt S., Gathing PW., Brady JO., Messina JP., Farlow AW., et al. The global distribution and burden of dengue. Nature. 496, 504-507, (2013)
  • * 3 2020年 花王調べ(18~59歳、各国1,000名)

“濡れ現象”により蚊が肌にとどまることを防ぐ技術を開発

蚊は、肌に降り立つと、脚先を使って態勢を安定化し、その後吸血行動を始めます。したがって、蚊が肌に降り立ってもすぐに離脱すれば、吸血されることはありません。
そこで花王は、蚊が嫌う表面について調べることにしました。さまざまな表面に対して、蚊が降り立つ挙動をハイスピードカメラにて観察した結果、蚊は、水との親和性が低い特定のオイルを塗布した表面からは即座に飛び去り、さらにその後、脚を擦り合わせるようにして付着したオイルをぬぐう行為をしていることがわかりました。

この現象に着目し、蚊の脚と液体が接触したときの状態を詳細に検討しました。液体が水やグリセリンの場合、液は滴のままで蚊の脚に濡れ広がることはありません。これは、蚊の脚は特異な微細構造により、非常に高い撥水性があるためです。一方で、スキンケア商品にも配合されているスクワランや低粘度のシリコーンオイルに接触すると、液滴が蚊の脚に短時間で濡れ広がることがわかりました(図1)。

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図1.蚊の脚を模した表面に液体を滴下して1秒後の様子

こういった濡れ現象が起こると、蚊の脚には短時間で液体に引き込まれる方向への力がはたらきます。そこで、表面張力計を用いて、蚊の脚に液体を接触させたときに生じる力を測定しました。その結果、低粘度のシリコーンオイルが濡れ広がるとき、蚊の脚には約5μNの毛管力*4 が発生していることがわかりました(図2)。蚊のような小さくて軽い昆虫にとっては、この程度の引力でも脅威となり、逃避行動を誘発すると考えられます。

  • * 4 液体が濡れ広がる際に生じる力

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図2.液体への接触が蚊の脚に与える力

さらに花王は、蚊の脚に対する濡れ性が異なる液体をガラス基板に塗布し、蚊をとまらせる実験を行ないました。蚊の脚が接触してから、飛び去るまでの時間を測定したところ、蚊は、低粘度のシリコーンオイルを塗布した基板には3秒よりも長くとどまらないことが明らかとなりました(図3)。

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図3.濡れ性の異なる液体を塗布した基板への脚の接触時間

ヒトの肌を用いた試験では、何も塗っていない場合、とまったメス蚊のうち平均85%が吸血行動を示したのに対し、低粘度のシリコーンオイルを塗布した肌では、平均4%の蚊しか吸血行動を示しませんでした(図4)。

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図4.各種液体を塗布した肌に対する蚊の吸血率

カバの分泌液にも蚊がとどまることを抑制する効果があることを発見

花王は、このような濡れ現象を利用して蚊よけを行なっている例が自然界に存在するのではないかと考えました。汗や分泌液を出す動物はいくつか知られていますが、その中でもカバが肌上に分泌する“赤い汗”には、紫外線防御(日やけ止め)効果 や保湿の効果に加え、蚊から身を守るはたらきもあるのではないかと推測しました。
そこで、和歌山県のアドベンチャーワールドからカバの分泌液を入手し、分泌液の物性に近いシリコーンオイルを比較例として、それぞれを塗布した基板に蚊をとまらせる実験を行ないました。その結果、どちらの液体も蚊の降着抑制効果を持つことが明らかとなりました(図5)。
これは、カバの分泌液には、蚊から身を守る能力もあることを示唆する結果です。

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図5.カバの分泌液を塗布した基板への脚の接触時間

まとめ

今回花王は、界面での濡れ現象を利用することで、蚊の吸血から身を守る手法を開発しました。これは、従来の忌避剤(揮発性有効成分、DEET、イカリジンなど)とは異なる作用機序をもつ新たな技術です。本検討で得られた知見を、今後、蚊から肌を守るアイテムの開発につなげ、蚊を媒介とする感染症から人々を守ることに貢献していきたいと考えます。

※社外への発表資料を原文のまま掲載しています。

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