花王株式会社(社長・長谷部佳宏)パーソナルヘルスケア研究所、生物科学研究所、解析科学研究所は、ヒトの手指が生来持つ感染症に対するバリア機能*1 (手指バリア機能)には、手汗から分泌される乳酸のほか、手指のpHおよび温度が重要であることを明らかにしました。さらに、分子動力学法*2 (MDシミュレーション)による解析を行ない、乳酸が効果的に菌に作用するメカニズムを解明しました。今後、この知見を、手指バリア機能を簡便に予測できるシステムの開発のほか、手指バリア機能を向上・維持する製品の開発にも応用する予定です。
この研究成果は、国際学術誌「Skin Research and Technology」に掲載され、その表紙に研究成果を示す画像が採用されました*3 。
菌やウイルスに汚染されたものを触り、口や鼻などを通してうつる「接触感染」は、感染症伝播の主要な経路のひとつです。接触感染を予防する手段として、手洗いや手指消毒は有効ですが、人は無意識のうちに顔を手で触れることも多く、常にそれらを行ない、防ぎ続けることは非常に困難です。
花王は、ヒトの手指には、さまざまな菌やウイルスに対する高い不活化作用が恒常的に備わっており、その効果には個人差があること、および感染症への罹患性とも関係することを見いだし、このヒトの手指が生来持つ菌やウイルスを減少させる感染防御力「手指バリア機能」に着目した研究を進めてきました。
手指バリア機能には、手指に存在する「乳酸」が重要な成分であることをすでに確認していますが*4 、今回はさらに、乳酸による手指バリア機能がどのような条件で効果的に働くのかを解析しました。
手指の表面は菌やウイルスと直接接触する場所であるため、その性状は機能発現に大きく寄与することが予想されます。そこで、20~60歳の健常な男女106名の手指の性状を測定し、手指バリア機能との関係性を調べました(2018年7月27日~8月28日に実施)。手指の性状として、(a)乳酸量、(b)指紋の深さ、(c)pH、(d)角層水分量、(e)温度、(f)発汗速度を測定し、手指バリア機能は、手指に大腸菌を塗布し、1分後の菌の相対減少量を「抗菌活性」として測定しました。その結果、手指バリア機能は、(a)乳酸量および(e)温度と正の相関をし、(c)pHと負の相関をすることがわかりました(図1)。
さらに、乳酸量、pH、温度の3因子を用いて重回帰分析を行ない、手指バリア機能をそれぞれの指標から予測するモデルの構築にも成功しました(図2)。本モデルにより、菌を手指に塗布せずとも、簡便にヒトの手指バリア機能を予測することが可能となりました。
次に、乳酸、pH、温度が抗菌活性に及ぼす影響を、試験管を用いたモデル試験により検証しました。大腸菌を含む液と各評価溶液を30分間接触させ、菌の相対減少量を「抗菌活性」として測定しました。その結果、他の酸(塩酸)を用いた時とは異なり、乳酸の存在下でpHが低いまたは温度が高いことにより、抗菌活性が大幅に上昇することがわかりました(図3)。
先行研究では、乳酸が菌の細胞膜を透過して菌の内部を破壊することで抗菌活性が発現し、その効果はpHが低い条件において高まることがわかっていました。しかし、温度が乳酸の抗菌活性にどのように影響を及ぼすかについては詳細が不明でした。
そこで、大腸菌の細胞膜を模倣した分子モデルを作成し、MDシミュレーションを用いて、20~40℃の温度範囲で乳酸分子の透過性に関与する指標について計算したところ、高い温度で菌の細胞膜構造が緩み、乳酸分子の透過性がさらに高まることを示唆する結果が得られました。
本研究により、ヒトが生来持つ手指バリア機能には、乳酸のほか、手指のpHおよび温度が重要であることが明らかとなりました。さらに、MDシミュレーションによる解析により、温度が高くなると乳酸分子が菌の細胞膜を透過しやすくなることで効果的に作用することもわかりました。
今回の知見をもとに、菌を用いずに手指バリア機能を簡便に予測できるシステムの開発を進める予定です。さらに、乳酸をより効果的に菌に作用させる技術や製品の開発にも応用してまいります。
今後、菌やウイルスに対する手指バリア機能を高める新しい衛生習慣の提案を通じて、世界の人々を感染症から守ることに貢献してまいります。
※社外への発表資料を原文のまま掲載しています。