國島広之先生

ウイルス感染症の感染経路は
どこまでわかっているのか?
—感染伝播に関する科学的エビデンスの現状と課題—

聖マリアンナ医科大学 感染症学講座教授
聖マリアンナ医科大学病院 感染症センター長
國島 広之先生

COVID-19という病気をどのようにとらえたらいいのでしょうか?

新型コロナウイルス感染症であるCOVID-19は症状での診断は非常に難しいです。症状が全くない人もいるし、風邪様や肺炎様の症状の人もいて、症状は様々です。
COVID-19の感染を調べるためにはPCRという遺伝子検査が通常実施されます。これは新型コロナウイルスの特定の遺伝子を増幅させて感染の有無を判定する検査です。潜伏期は平均5日程度であり、発症前からも感染性を有します。したがって熱が出るなど発症した頃には、既に人に感染させてしまっている可能性があります。一方、潜伏期間中の検査では、感染していても体内のウイルス量はまだ少なく、陽性になりません。従って、感染した日に検査をしても陰性にはなりますが、いわゆる陰性証明のような感染していないという科学的根拠にはなりません。COVID-19の感染経路は主に飛沫、加えて接触や換気の悪い場所でのマイクロ飛沫と言われています。新型コロナウイルスに対して我々は免疫をもっていないのですが、実は感染しない人の方が多いのです。したがって、20代も80代も曝露されれば同様に感染します。一人が多数の方に感染させるということはあまりありませんが、ある条件下では10~20人に感染させてクラスターが発生してしまう点がインフルエンザとの大きな違いです。クラスターが発生しやすいのはSARSコロナウイルスやMERSコロナウイルスも同じですが、理由はわかっていません。

ウイルス感染症の伝播経路はどこまでわかっているのでしょうか?

感染症とは病原体が人に侵入し、増殖して引き起こされる病気のことを言います。コロナウイルスが手についただけでは感染症に罹ったことにはなりません。人に侵入する感染経路は、飛沫核による空気感染、飛沫による飛沫感染、手や接触面を介した接触感染の3つに分類でき、病原体によって伝播様式がそれぞれ異なります。しかし、各々について科学的エビデンスが十分にあるわけではありません。例えば、結核やはしかは空気感染します。8時間以上の長時間のフライトで、広範囲で感染が成立して結核に罹患したというデータがあります1)。そのような知見に基づいて、結核は空気感染で伝播するとされています。インフルエンザの伝播経路は、主に飛沫と接触と考えられており、1人が1.3人にまんべんなく感染させると言われています。インフルエンザウイルスも空気感染の一つであるエアロゾルで感染するという論文報告があります。しかし、実際には病院で全員がN95マスクをして陰圧個室で管理するという非現実的な対応をせずとも、大きな感染の拡大は認められておらず、インフルエンザは飛沫と接触に対する感染対策が行われています。
飛沫感染の伝播距離は1~2m程度と言われています。この距離については、髄膜炎菌感染症における二次感染リスクと距離の関係について1982年に報告された論文が根拠になっています2)。距離が3フィート(約100cm)以上と以下で感染率に有意差が認められたために1mが基本となっています。しかし、状況によって1m以上でも感染するため、国や各学会の指針によっては1~2mという考え方もでてくるわけです。
このように、感染経路に関する科学的エビデンスに関する報告はありますが、それぞれが異なった結果になっている場合があります。なぜなら、何をどういう風に見たいのか、さらには、エビデンスは一緒でも見る人や国によって考え方や判断が異なってくるからです。通常のコロナは飛沫感染とするガイドラインもあれば、SARSコロナはエアロゾル感染もあるから全部の対策をすべきというガイドラインもあります。研究する病原体、研究内容、リスクの評価方法によって、世の中のガイドラインや指針が異なっているのが現状です。

感染症の予防策とその有効性についてはどのように考えるべきでしょうか?

症状や検査によって対応を変えるのは大変です。そのため、基本的な対策を組み合わせて行うことが不可欠と考えています。COVID-19は飛沫感染が主です。2m離れたらリスクは減少しますが、ゼロにはなりません。また、マスク着用で感染確率は1/6になるという報告があります3,4)。しかし、マスクをすれば感染しないということではありません。手指衛生はインフルエンザの場合、家庭内二次感染が58%5)、COVID-19でも1/3くらいに減らせるという報告6)があり、家庭内での感染予防の基本になると思います。感染対策は、全体でいかにリスクを低減するかという考え方が重要です。手指衛生をし、マスクをし、人ごみにいかない等の個々の感染対策を実践し、総合的・ユニバーサルに感染リスクを減らしていくことが必要です。
環境検査によりインフルエンザ、COVID-19などの原因ウイルスが環境中に多量に検出されたとの論文は多くあり、それらの論文の結論には、感染管理のためには消毒が必要不可欠であると記載されています。しかし、消毒することによって感染者が減少したという論文やRCT(ランダム化比較試験)の報告はなく、環境の消毒剤や除菌剤が感染症の低減に寄与するという科学的根拠はまだ少ないと考えられます。しかし、それは意味がないと言っているのではなく、現時点ではよくわかってないということです。リスクを評価する技術がまだ確立されていないからです。今回の新型コロナウイルス感染症だけでなく、未知の感染症の脅威は続きますので、私たちの将来や未来の為にも明らかになってくることを切望しています。それらの知見を基にして、リスクの有無ではなく、どこまでのリスクがあって、対策によってどこまで低減できるかということを冷静かつ客観的に評価していくべきだと考えています。

日用品メーカーの研究者にどのようなことを期待されますか?

感染経路を解き明かすためには、現実的なスタディーデザインを考えていく必要があります。いくつかのモデルはあるのでしょうが、リスクの可視化という点はまだ十分ではありません。リスクを低減できるということはわかっていても、リスクがどの程度あって、どの程度低減できるのかということはまだよくわかっていないのです。例えば家庭内で感染リスクを可視化し、病原体がどこにあるのか?どこに多いのか?を評価する。さらに、ある行動が、どのくらいのリスクの増加・低減になるのか?リスク行動をどうやったら変えられるのか?子供たちや、今回の罹患の主体である20代・・・60代、重症リスクのある高齢者など年代でどう違うのか?等を明らかにしていくことも有用だと思います。こういうことは感染疫学と感染症学、産学連携での解明が期待されます。このような研究成果を論文にして発信し、社会全体で考えていくことが必要だと考えています。日用品であれば、除菌、消毒がどういう時に必要なのか?どういう薬剤がいいのか?どういう物質なら現場でつかえるか?まだまだわからないところがたくさんあると感じています。「全部対策するのは大変なので、ここだけ徹底すればよい」というような最小限必要なことがわかれば非常に有益だと思います。そういう領域の研究に挑戦していただくことを期待しています。

参考文献

  • 1)
    T A Kenyon, et al, N Engl J Med. 1996 Apr 11;334(15):933-8
  • 2)
    Feigin RD, et al., NEJM11; 307 (20): 1255-1257, 1982
  • 3)
    hu DK, et al. Lancet. 2020 Jun 1:S0140-6736(20)31142-9
  • 4)
    Kwok YL, et al, Am J Infect Control. 2015 Feb;43(2):112-4
  • 5)
    Cowling B.J, et al. Ann Intern Med. 151, 437, 2009
  • 6)
    Doung-Ngern P, et al. Emerg Infect Dis. 26, 2607, 2020.
  • * 本コラムは、2020年12月時点のものです。
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