発表資料: 2021年11月16日

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新型コロナウイルス感染症(ハムスターモデル)の治療に成功
VHH抗体の経鼻投与法により臨床応用に大きく前進

北里大学の設置法人である学校法人北里研究所(理事長・小林弘祐、以下北里大学)、株式会社Epsilon Molecular Engineering (社長・根本直人、以下 EME)、花王株式会社(社長・長谷部佳宏、以下花王)らの研究グループは、2020年5月に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して感染抑制能(中和能)を有するVHH抗体*1 の取得に成功しています。

今回、上記に加え、慶應義塾大学医学部坂口光洋記念講座(オルガノイド医学)と同内科学教室(呼吸器)、生理学研究所が参加した研究チームは、ハムスターモデルにおいて、VHH抗体を経鼻投与*2 することにより、肺におけるウイルス増殖を抑制できることを明らかにしました。また、マイクロ臓器とも言われるヒト肺胞オルガノイドを用いた実験でも、その効果を確認することができました。さらに、新型コロナウイルススパイク蛋白質とVHH抗体の結合様式をクライオ電子顕微鏡*3 による解析によって明らかにしました。
これらの結果は、2020年5月に取得したVHH抗体が新型コロナウイルス感染症の治療薬になり得る可能性を示しただけでなく、経鼻投与という新たな投与方法による治療の可能性を示した成果であり、新型コロナウイルス感染症治療法の選択肢を広げることにつながります。本研究成果は、米国科学雑誌「PLOS Pathogens」で公開されました。

本研究成果のポイント

●ハムスターモデルにおいて、取得したVHH抗体は経鼻投与により新型コロナウイルスの肺におけるウイルス増殖を抑制した。
●VHH抗体は新型コロナウイルス感染症の治療薬となり得る。
●経鼻投与という新しい投与方法によって治療の選択肢を広げる可能性がある。

背景

重症入院症例は減少していますが、ワクチン接種だけでは新型コロナウイルス感染症の克服には十分ではありません。私達が安全で健康な生活ができるようになるには、予防薬であるワクチンだけでなく、新型コロナウイルス感染症に特化した治療薬の開発も必要です。
北里大学、EME、花王の3者は、2020年5月に新型コロナウイルスに対して感染抑制能を有するVHH抗体を取得することに成功しています。さらに、取得したVHH抗体の作用機序の解明や新型コロナウイルス感染症治療薬としての可能性を検証するため、生理学研究所、および、北里大学、花王と共同研究を行なっている慶應義塾大学医学部とともに研究を実施しました。

内容

本研究グループは、新型コロナウイルス (KUH003: Accession number LC630936)に感染させたシリアンハムスターを対象として独立した4群のVHH抗体経鼻投与試験を設定し、グループ1(VHH抗体非投与群、プラセボ2回投与群)、グループ2(VHH抗体投与群-1回投与:感染直前)、グループ3(VHH抗体投与群-1回投与:感染1日後)、グループ4(VHH抗体投与群-2回投与:感染1日後及び2日後)のシリアンハムスターの体重変動と肺におけるウイルス量の比較を行ないました(図1)。

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図1 実験の概要

実験の結果、VHH抗体を投与しなかったグループ1のみ体重の減少が確認されました(図2A)。新型コロナウイルスに感染したシリアンハムスターは体重減少の症状がみられることが知られているため、VHH抗体を投与したグループ2,3,4は新型コロナウイルスの感染によって引き起こされる症状を緩和したことが確認されました。また、肺におけるウイルス量を測定したところ、VHH抗体を投与しなかったグループ1と比較して、VHH抗体を投与したグループ2,3,4ではウイルス量が少ないことが確認されました(図2B)。これはVHH抗体が新型コロナウイルスの増殖を抑制したことを示し、VHH抗体による新型コロナウイルスの増殖抑制効果によりシリアンハムスターの体重減少の抑制につながったと考えられました。

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図2 実験の結果

今後の展開

本成果から、我々の取得したVHH抗体が新型コロナウイルス感染症に対する治療薬となり得ることが明らかとなりました。今回示した経鼻投与という新しい投与方法では、初期増殖部位の鼻咽頭、口腔そして肺へ直接治療薬を届け、効率良く治療することができるようになると考えられます。さらに、感染前にVHH抗体を経鼻投与しておくことで、症状の緩和やウイルス増殖の抑制がみられたことから、治療薬だけでなく予防薬としての新しい使い方の可能性も示されました。
研究グループでは、VHH抗体の性能向上や安価大量生産について検討を続けており、新型コロナウイルス感染症の克服に向け、さらに研究を進展させていきます。

用語説明

  • * 1 VHH(Variable domain of Heavy chain of Heavy chain)抗体:ラクダ科動物の重鎖抗体の可変領域。一般的な抗体と比較して10分の1の大きさで、高い安定性や微生物による低コスト生産が可能なことから近年注目を集めている。
  • * 2 経鼻投与:薬の投与方法の一つ。薬剤を鼻の中に噴霧して鼻粘膜を通して吸収する方法。投与の容易さが大きな利点。
  • * 3 通常の透過型電子顕微鏡は真空中で乾燥したサンプルを観察するのに対し 、クライオ電子顕微鏡は、水溶液中に存在するサンプルを瞬間凍結して観察するため、 水分子を含む自然な形状を観察できる。

本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する多価VHH抗体薬の開発」の支援により行なわれました。

原著論文

本研究成果は、米国科学雑誌の「PLOS Pathogens」誌のオンライン版に10月14日付で公開されました。
英文タイトル:
Nasal delivery of single-domain antibody improves symptoms of SARS-CoV-2 infection in an animal model
日本語訳:
動物モデルにおいて、VHH抗体の経鼻投与はSARS-CoV-2感染による症状を緩和する
著者:
Kei Haga1, Reiko Takai-Todaka1, Yuta Matsumura2, Chihong Song3,4, Tomomi Takano5, Takuto Tojo6, Atsushi Nagami2, Yuki Ishida2, Hidekazu Masaki7, Masayuki Tsuchiya7, Toshiki Ebisudani8,9, Shinya Sugimoto8, Toshiro Sato8, Hiroyuki Yasuda9, Koichi Fukunaga9, Akihito Sawada1, Naoto Nemoto7, Kazuyoshi Murata3,4, Takuya Morimoto2, and Kazuhiko Katayama1
著者(日本語表記):
芳賀 慧1戸高(高井) 玲子1松村 佑太2宋 致宖3,4、高野 友美5、東條 卓人6、長見 篤2、石田 悠記2、正木 秀和7、土屋 政幸7、胡谷 俊樹8,9、杉本 真也8、佐藤 俊朗8、安田 浩之9、福永 興壱9、澤田 成史1、根本 直人7、村田 和義3,4、森本 拓也2、片山 和彦1

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    アンダーラインは筆頭著者

所属:
1北里大学大村智記念研究所ウイルス感染制御学、2花王株式会社安全性科学研究所、3生命創成探求センター、4生理学研究所、5北里大学獣医学部獣医学科、6花王株式会社生物科学研究所、7株式会社Epsilon Molecular Engineering、8慶應義塾大学医学部坂口光洋記念講座(オルガノイド医学)、9慶應義塾大学医学部内科学教室(呼吸器)

※社外への発表資料を原文のまま掲載しています。

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